
AI-Native化を掲げるメルカリでは、AI活用が日々加速しています。プロダクトへの実装、社内業務の自動化、エージェントの導入。スピードが上がるほど、AI活用に伴うリスク・倫理・プライバシー・セキュリティ等の判断は同時多発的に現場へ降りかかってきます。
そのナビゲーション役として、2025年10月にAIタスクフォース(AI-TF)の直下に発足したのが、横断組織「AI Governance」チーム。
リーガル/プライバシー/セキュリティ/パブリックポリシーの専門家が「兼務」で所属し、社内のAI関連リスクの相談を一元的に受け止め、ガイドライン・ポリシー整備、ハイリスクユースケースのレビュー、技術的ガードレールの実装までを担っています
今回は、チームの哲学と発足から約8ヶ月の歩みを、Jason・Mattsun・Yukaの3人に聞きました。
この記事に登場する人
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Jason Fernandes(@json)
2018年に株式会社メルカリに入社。多岐にわたるセキュリティ・プライバシーの取り組みを推進し、C2C、B2C、フィンテック、スポットワーク、越境取引などの事業拡大をプロダクトからエンタプライズまで多面的に支援。テクニカルプログラムマネージャー、エンジニアリングマネージャー、情報セキュリティ・プライバシーディレクターを歴任したのち、2024年7月VP of Security & Privacyに就任。2025年4月からAI Securityチームを始動、2025年10月からAI Governanceも設立することに。
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松橋 智美(@mattsun)
2019年に株式会社メルカリに入社。メルペイでのコンプライアンス業務を経験後、2021年よりPublic Policy にてAI与信ライセンス申請、ステークホルダーコミュニケーション、ルールメイキングなどに従事。Public Policyの観点からAIガバナンスに関わり、AI活用基本ポリシーの策定・公表に貢献。AI倫理ワーキンググループ発足当初からのメンバーとしてAIガバナンスを支えてきた。一橋大学大学院法学研究科ビジネスロー専攻情報法プログラム修士課程を2026年3月に修了。
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落合 由佳(@Yuka)
日本電気株式会社を経て、ソフトバンクグループ株式会社に入社。法務として、ボーダフォン日本法人やダイエーホークス等の企業買収案件や、多数の国内外投資案件等を担当。その後、スタートアップに飛び込み、会社の立ち上げを経験。オープンドア株式会社の法務部長を経て、メルカリに2020年1月入社。Legalを経験後、現在は、AI Governance チームとIP&New Laws teamのマネージャー。全社のAI Task Force PMOも兼務。社内外でAI活用セミナー講師も務める。ニューヨーク州弁護士。ペンギンおたく。夢は南極旅行。
AIタスクフォース直下、メンバーは「兼務」
—— まずあらためて、AI Governance チームがどんなことをしているチームなのか、もう少し詳しく聞かせてください。
@json: 一言で言うと、社内のAI活用に関するリスク相談をワンストップで受けて、ポリシーやガイドラインを整え、ユースケースについてレビューをして伴走するチームです。
組織としてはAIタスクフォースの直下にあり、横からダメ出しをするような立場ではなく、社内AI活用を推進するエンジンの一部としてAX(AI-Transformation)を前に進める役割を担っています。
@Yuka: メンバーは、リーガル/プライバシー/セキュリティ/パブリックポリシーの専門家。みんなそれぞれの部署に所属したまま、兼務でこのチームに入っています。
—— 専任ではなく、あえて全員「兼務」にしているのも意図があるんですよね。
@json: 組織によってはセキュリティの中の機能としてAIガバナンスを置いていると思いますが、AIの活用において考えないといけない観点はセキュリティに限らず多岐にわたります。
リーガルだけ、プライバシーだけ、というのも同じで。セキュリティもリーガルも全部束ねて多様性のあるチームにしたほうが、相談に対して多面的に評価できる。そういう意図を持って、各機能からの兼務のチームとしています。今後は本格的に採用もする可能性もあると思いますが、速やかに体制を構築するという意味でもまずはこれまで関わっていたメンバーから構成しました。

@Mattsun: 兼務のメリットとしては、各メンバーが自分の部署とのハブ(橋渡し役)になる、というのも大きいですね。例えばプライバシーの話が出てきたら、すぐにプライバシーチームに繋げる。これができるだけで、連携がすごくスムーズになります。こうして色んな専門性のあるメンバーが集まっているからこそ、判断の質が高まる感覚があります。
—— 2025年10月の正式発足以前から、ワーキンググループとして動いていたとも聞きました。
@json: はい。AI倫理ワーキンググループとして、月1回くらい集まってAIに関する議論をしたり、ガイドラインを作ったりしていました。
ただ、2025年7月にAIタスクフォースが発足して、社内のAI活用が一気に広がる中で、リスク側の相談先も一本化したほうがいい、と。そのタイミングで、ワーキンググループのメンバーをほぼそのまま正式なチームとして立ち上げたのが2025年10月です。
@Yuka: 2023年に生成AIが急速に普及してから、社内のユースケースがどんどん広がっていきました。今年に入ってからはAIエージェント的な使い方も増えていて、人間がやっていた仕事をAIエージェントが担うようになってきている。検討しなきゃいけないものが、それまでとは比較にならないくらい増えたんです。そうした社会的な動きの変化も、このチームができる背景になっています。
「止めるガバナンス」ではなく、「挑戦を進めるガバナンス」
—— チームのスタンスを表す言葉として、「『止めるガバナンス』ではなく『挑戦を進めるガバナンス』」というフレーズを掲げているそうですね。どんな考えが背景にあるんでしょうか。
@Yuka: チームのみんなが、もともと「イノベーションを前に進めたい」という気持ちで集まっているのが大きいと思います。リスクを軽減した上で、どう挑戦を後押しするか。私たちの仕事は本質的にはそこなので、この姿勢を表現するとすれば、「止めるガバナンス」ではなく、「挑戦を進めるガバナンス」。そういう意図です。
@json: このようなガバナンスの姿勢を、私は2つの軸に分けて比喩として話すことが多いです。
ひとつは街づくり。AI活用を促進する上で、メルカリの社内をどんな街にすればいいかを考える、という発想です。駐車場を数百個作っても多すぎるかもしれないし、警察を張り巡らせて全部止めてしまったら誰も動けない。
道路に信号があるからこそ、人も車もきれいに、効率的に走れる。ルールは止めるためのものじゃなくて、流すためのものだという考え方です。ルールがあったうえで潤滑に回る街をいかに作れるかがガバナンスの意義で、そこで促進力となるバランスを探っています。
もうひとつはF1の話でレースカーに例えています。コースやガードレールがきちんと整備されているからこそ、車は最速のスピードを出せる。エンジンの強さやブレーキの効きを単体で考えるんじゃなくて、コース全体の設計があって初めて成り立つものですよね。

——だとすると「ここから先は危険だよ」「ここではわりと自由に走れるよ」と教えてあげるガイドの役割も必要ですね。
@Yuka: 私たちはいわば、ガバナンスでAI活用のスピードを爆速にするためのチーム。AI活用を事故なく最速で進めるためには、ガバナンスも横で同じ景色を共有していないといけないので、まさに助手席に座ってナビゲーターとしてこの先をガイドするようなつもりで取り組んでいます。
@Mattsun:社内のAI活用がドラスティックにものすごく早いスピードで進んでいる中、同じぐらいのスピード感でAIガバナンスの構築も進んでいます。今の状態は他社を見渡してもなかなか稀有なのではないかと思っています。

「やらない」ではなく「どうすれば進められるか」
—— 実際にはどんな相談がチームに集まってきていますか?
@json: 事例が多岐にわたり、まだ未公表のいろんな社内の検討事項や実証実験について相談されることが多いですね。代表的な事例があるというより、日々新しいInnovativeなアイデアの相談が寄せられています。
それぞれの相談ごとに見る観点も異なり、倫理、知財、セキュリティ、プライバシーなどの観点から、総合的に議論をもって評価する流れです。直近では、こうした評価のフローにおいてもAIの活用を進めています。
—— ガイドライン的にはOK、契約上もOK、でも倫理的にどうか、という相談もあるんですか。
@Yuka: ありますね。たとえばメルペイの「しゃべるおさいふ」機能(注: 現在は非提供)。決済画面を開くと、その時々の支払い傾向に応じて一言コメントが表示される機能ですね。
法律に抵触するわけではないですが、お客さま視点で見ると、属性のラベリングや自分の行動を監視されているように感じて気持ち悪い、という反応も出てきます。
さらに、支払い履歴の明細を参照して「ちゃんと野菜取ったほうがいいよ」と言われたら、自分の生活を批判されているように感じるかもしれない。そういう倫理的な観点をどう設計に織り込むかは、私たちが関わる大事な領域です。
@Mattsun: チャットボット導入の相談も来ますね。「どう高度化すればいいか」というざっくりした相談でも、質問の範囲を絞る、学習させるデータを限定する、センシティブな内容の質問にどう対応するか。具体的な設計に落としていく支援をします。
@json: シングルサインオン連携や監査ログのような、技術寄りのセキュリティ要件についても、コストに見合うプランをチームと一緒に組み立てていくこともあります。

—— 「やめましょう」ではなく、「こうすれば進められますよ」というフィードバックが基本なんですね。
@Yuka: そうですね。全社のAIリスクレビュー(社内のAI活用ユースケースを横断で点検する取り組み)でも、ハイリスクなユースケースを見つけて止めるために進めているわけではありません。各チームにヒアリングをして、リスク低減の方向性を一緒に考えています。「やめましょう」と結論を出すことは、一部を除き、ほとんどありません。
@json: AI Governance チームが、AI活用に関する相談のワンストップ窓口を設置したのも、そのためです。まずは私たちのところに来てもらえれば、裏でセキュリティやリーガル、プライバシーに繋ぐ。そうすれば、あちこちのチームに相談を回らなくて済むし、観点の漏れも減るんです。
8ヶ月で描いた、未来の地図
—— 2025年10月の発足から約8ヶ月。AIリスクレビュー、ポリシー・ガイドラインの文書化、成熟度アセスメント、技術的ガードレールの実装……ここまでの取り組みは多岐にわたります。これだけ短期間でチャレンジを重ねてこられたのはなぜなんでしょうか。
@Yuka: AIタスクフォースが走り出して、社内のAI活用がどんどん進んでいる。そのスピードに追いつかないといけない、という気持ちがやはり強かったですね。あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ、と動いてきた8ヶ月でした。
—— その背骨になっているのが、チームでまとめているロードマップという「未来の地図」なんですよね。
@Yuka: はい。外部基準などを参考にして、当社のAIガバナンスについて、どこができていて、どこができていないかを洗い出すアセスメントをしました。社内ガイドラインの整備状況、説明用のウェブサイトの有無、相談窓口の機能。チェックリストに沿って自分たちを測って、ロードマップを描いていく。地図を持って走り出した、というイメージです。
▼@Yukaが社内向けに公開したAIガバナンス発表資料の一部

@Mattsun: その地図に基づいて、AI活用基本ポリシーをきちんと文書化したのが大きな一歩でした。生成AI利用ガイドラインも改めて整理し直して、Notion上の社内ポータルにAIに関する社内ルールの情報を集約しました。そこで、Notion AIに聞けば、ガイドラインを全て読まずとも欲しい答えが得られるようにしています。
@json: 全社AIリスクレビューも今年の大きな成果ですね。全社33領域のチームのユースケースをAIで一次評価して、その上でチーム内で二次評価をする。今後ハイリスクユースケースになり得るものにつき、各チームに「いつから検討しているのか」「実装の意志はあるのか」とヒアリングをかけていきました。
これにより、当社ではどういう類型のユースケースがハイリスクになるのか、特定することができました。AIタスクフォースの中にAIセキュリティチームと一緒に入っていることで、ガバナンスで考えるベースラインと、技術的なガードレールの実装を、連動して動かせるのも強みです。継続的におっていける仕組みを作っていくのも現在のチームの一つの大きな取り組みでもあります。
AIガバナンス自体をAIで拡張する
—— では、ここから先に挑戦したいテーマも聞かせてください。
@Yuka: 個別の相談がこれだけ増えてくると、人間が全部判断する前提では追いつかなくなる、という感覚があります。次に手掛けたいのは、AIガバナンス自体をAIで拡張すること。現場がAIエージェントに相談して、ある程度自分たちで判断できるようにする。
ローリスク案件はAIエージェントが主役となって人間はサポートに回る、ハイリスク案件は人間が伴走して重点的に見る、という分担を作っていきます。今も既に、現場がAIリスクを壁打ちできるアドバイザーAIエージェントはあるのですが、より高度で精緻なものにアップデートしていきたいと思います。
ガイドラインを作る作業自体も、AIエージェントにドラフトまで任せたいと思っています。AIを巡る外部状況は目まぐるしく変わり、それを人間がすべて追うのは難しくなっています。そこで、外部ニュースや社内相談ログを元に「こんなガイドラインの案ではどうですか」とAIエージェントがドラフトする。人間はそれをレビューする。実は、もうこちらはAIエージェントを構築済みで、稼働を始めています。「AIで拡張するAIガバナンス」が、今後に向けたキーワードです。
@json: ガイドラインから、ガードレールへ、という流れもあります。文章として「こう使ってください」と書いておくのではなく、AIツールの中にガードレールとして組み込んでしまう。
そうすれば利用者が意識せずとも、自然と正しい使い方になっている。そんな状態を目指しています。今年はそこをどこまで具体化できるかが勝負だと思っています。
@Mattsun: 今後は外部との関わりももっと広げたいですね。AIガバナンス協会への入会も完了したところで、業界全体のルールづくりへの提言や、各省庁・有識者、他社のAIガバナンス担当者、政策渉外担当者との連携にももっと踏み込んでいきたい。自分たちの取り組みや悩みを外部に伝えることで得られるインプットも多いと感じています。
@Yuka: いまの時代、AIガバナンスの課題はどの会社も同じように抱えていると思います。だからこそ、私たちも当社の取り組みをオープンにして、コミュニティと一緒に作っていきたい。透明性を高めながら走るのが、結局いちばん速いやり方だと考えています。
道は、走りながら切り開いていくものだと思っています。AI活用が次にどこへ向かっても、その少し先までAI Governance チームが道を見極めておく。そんなナビゲーターであり続けたいですね。
AI Governance チームが目指しているのは、AI活用を「止める」ことではなく、「爆速で、安全に走らせる」ためのナビゲーターであり続けること。
次回からは、プライバシー、セキュリティ、パブリックポリシーという各領域の専門家に登場してもらい、それぞれの視点から「ナビゲーター」としての仕事を掘り下げていきます。
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