
資金決済法の改正。AIのガイドライン。まだ法律にすらなっていないルールや、倫理をめぐる議論。どれも、メルカリの事業の「これから」を左右します。そしてその多くは、規制が固まるずっと前、まだルールが形になっていない場所で動いています。
前回紹介した、AI活用のリスクや倫理を横断的に見る「AI Governance」チーム。
その中で、社会とのルールづくりの最前線に立つのがパブリックポリシーです。フィンテックを担当する@Ryoと、AI規制・ガバナンスを担う@Mattsun。
「ロビイング」という言葉だけでは捉えきれない、この仕事の実態を聞きました。
この記事に登場する人
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小池 遼(Ryo Koike / @Ryo)
フィンテック領域のパブリックポリシー担当。リーガルのバックグラウンドを持ち、主にメルペイ・メルコインが関わる決済・資産の事業に関連する規制対応や政策提言を担う。 2013年に弁護士登録。法律事務所、官公庁、電気通信事業を営む事業会社を経て、2021年7月に株式会社メルペイに入社。Biz Legalチームでメルカードの立ち上げ等、決済・与信領域の法務業務に約3年半従事し、2025年より株式会社メルカリのパブリックポリシーチームに異動。
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松橋 智美(Tomomi Matsuhashi / @Mattsun)
政策企画チーム。AI規制・AIガバナンス領域を担当し、AIタスクフォース内でAI活用推進のPJM(プロジェクトマネージャー)も兼務。「AI活用基本ポリシー」の策定にも携わる。 東京海上日動火災保険株式会社、通信系金融決済事業者を経て、2019年に株式会社メルカリに入社。メルペイでのコンプライアンス業務を経験後、2021年より政策企画にてAI与信ライセンス申請、ステークホルダーコミュニケーション、ルールメイキングなどに従事。一橋大学大学院法学研究科ビジネスロー専攻情報法プログラム修士課程を2026年3月に修了。
フィンテックとAI。二人がカバーする最前線
——まず、お二人の役割分担から教えてください。
@Ryo: 私は元々メルカリグループのなかでも、メルペイやメルコインが関わる決済や資産の事業に関連したフィンテック領域のパブリックポリシーが主な担当領域です。リーガルのバックグラウンドもあるので、いま進んでいる消費者契約法の改正の議論や、スマホ競争促進法(いわゆる「スマホ法」)への対応にも関わっています。
@Mattsun: 私はAIガバナンスとも兼務しているので、AI規制全般と社内のガバナンス構築への貢献が中心です。昨年7月から立ち上がったAIタスクフォースのなかで、AI活用推進のPJMと呼ばれる役割も担当しています。
@Ryoさんの担当領域は「規制業種」と呼ばれていて、金融業界ならではの規制が厳しい領域です。規制やガイドラインがまずあり、そこから当社事業やフィンテック業界全体として、どのように規制を変えていくかを考える領域。一方で、私はどちらかというと、AIというテクノロジーがどんどん新しく進化していくなかで、そもそも法律やルールが追いつかない領域にどう対応していくかを、業界団体、有識者、他社と連携しながら一緒に考えていく、という感じのことをやっています。
「ロビイング」のイメージと、その実態
——まずは@Ryoさんのフィンテック領域を詳しく教えてください。
@Ryo: 最近大きなテーマとしてあったのが、資金決済法の改正です。2026年6月に施行された大きな改正でした。この件が最初に公の場で具体的に議論されたのが、2024年9月に始まった金融審議会「資金決済制度等に関するワーキング・グループ」(以下「WG」)で、ちょうど私がパブリックポリシーの業務に入り始めたタイミングだったので、WGをフォローするところから関わっていきました。
トピックの中には、いわゆる「クロスボーダー収納代行」(国境をまたいで行われる収納代行)を規制対象とする点が含まれており、これは影響範囲がとても大きくなる可能性のある論点でした。メルカリはいまWeChat Payと連携し、インバウンドの中国からの旅行者の方がメルペイの加盟店でWeChat Payを使って買い物できるサービスを提供しています。ここに影響する可能性があった。つまり、重たい規制対応を強いられる可能性があったので、自社としても、業界団体としても、粘り強く対応してきた領域です。

——いわゆるロビイングと呼ばれる動きですよね。実際にはどのようなアクションがあるのですか?
@Ryo: WGのタイミングでは、委員である著名な弁護士や大学教授といった有識者の方との対話などを通じて、業界の実情とWGの議論が乖離しないように奔走しました。また、法令やガイドラインの作成段階を含め、議論が始まってから施行の直前まで、業界団体で足並みを揃えて意見を出し合い、それをもとに金融庁と直接お話をしたり、場合によっては政治家の方ともお話をしたりということもありました。
決して誰かと敵対するということではなく、考えうるさまざまな関係者の方々と対話しながら、法令改正によって本当に規制が必要な領域に配慮していく。その趣旨に反しない範囲で、業界全体や当社の事業が、本来の規制趣旨にないような思わぬ影響を不当に受けないように動いていく。それが大きな流れかなと思います。
@Mattsun: パブリックポリシーというと、政治家へのロビイングや自社に有利になるような法改正対応で、“暗躍している”みたいなイメージがやっぱり強くあると思うんですけど、実際はそういうところだけではなくて。
いろんな有識者だったり、業界団体だったり、他社の担当者の方々だったり、社外のステークホルダーと連携をして、社会的な信頼を築く仕事なんです。会社が長期的に、安全に事業を展開していけるように支える。短期的には成果が出ないかもしれないけれど、それを支えている仕事だなと、思うようになりました。

規制が動く「数年前」から、先回りする
——規制がプロダクトにどう影響するか。どう見極めているんですか?
@Ryo: 自分の場合はリーガルのバックグラウンドがあるので、いまメルカリがやっている事業、やろうとしている事業が、どういう規制にかかっていて、逆にどこが規制にかかっていないのか、をある程度わかっていなければならない立場です。そうすると、規制が変わるタイミングでは、必ず何らかの変化が生じるので、「ここが変わったら、この辺りのサービスに影響が出るかもしれない」という当たりがつく。逆に、事業と規制の現在地がわかっていないと、見落としのリスクがある。
加えて、中長期的な目線を含めた事業理解も必要になります。例えば法律が変わるときは、議論が始まってから施行されるまでに、数年単位の時間がかかる。最初に情報をキャッチしてから、施行されて実際に影響が顕在化するまでの間に、当社がどういう事業をやろうとしているのかをロードマップと照らしながら、「もしかしたらこういうことをするかも」と見立てを立てる。
あるいは、事業側から「こういうことをやろうとしているんだけれど、影響はないだろうか」という情報が入ってくるようにしておく。まだ自分が十分にできているかと問われると反省が残るところですが、社内的にはそういう営みが必要なんじゃないか、という感覚はあります。
——@Mattsunさんの領域にも共通していることはありますか?
@Mattsun: AIに関しては、今のところ法律(ハードロー)というよりガイドラインなど、いわゆる「ソフトロー」と呼ばれる領域で、事業者の自主的な対応を求められている状態です。事業者にとって過度な負担になるようなものが出てきたときに、業界団体を通じて意見を提出したり、新しい技術やサービスが話題になったときに、どのような対応が求められるのかを他社や有識者から情報を集めたり。とにかく一次情報をいかに集めるか、という点は共通していますね。
——他社とのつながりはどのように築かれているのでしょう。
@Mattsun: 最近だと、当社内の「AIジャンボリー」というAI利活用のLT発表会のフォーマットを使って、「AIガバナンスジャンボリー」というイベントを主催しました。他社でAIガバナンスに関わられている方や近い領域の方々など、20社40人くらいの参加者の方々と、情報交換・交流をするカジュアルで大変賑やかな会になりました。

参加者それぞれがLT形式で、自社ではどのような対応をしているか、どんな課題があるかを発表していく。法律やルールになっていない状況で、技術だけが日に日に進んでいくので、力を合わせて情報を交換していく。結果的には、それぞれの会社の悩みや共通の課題が見つかるような会になりました。
このようなイベントで知り合う方を増やしたり、有識者の方に連絡をして意見交換したりと、さまざまなつながり方があります。最近は特に、研究者の方とお話しする時間も大事だなと感じはじめています。

——研究者と話すことが重要だ、と。それはなぜ?
@Mattsun: 本当に答えがない領域だからですね。海外規制の動向、ガバナンス、倫理、法哲学など、AIをめぐる分野についてものすごく深く考えている方や、技術的にも知見がある方々と話して、「ここについてはまだ誰もわからないけれど、とりあえずこういう仮説が成り立つんじゃないか」と議論し、実践する時間がなければ、AIガバナンスのこれからは考えられません。
ただ、哲学的な話ばかりに行ってしまうと抽象的になりすぎるので、それを実用的に考えなければいけない。私たちはあくまで実務者なので、ビジネスのなかでどういう判断をするのか、社内ルールをどう作るのか、どういう技術的な設計をして、どういうプロダクトにするのか。研究者の方と話して得た視点や仮説を、施策や取り組みへと具体的に落とし込んでいく。
そして、実際の取り組みの成果をもとに、再び研究者の方との議論材料にする。そういったサイクルを築いていくことが重要かなと思っています。
社内を整えることが、社外のルールメイキングにつながる
——「AI活用基本ポリシー」は、どうできあがったんですか?
@Mattsun: この議論は昔からあって。基本的には、エンジニアの方々が海外の論文やテックニュースを見ていて、AI倫理やAIガバナンスの話が海外では議論されているのに、うちの会社ではどうすればいいのか、という社内の疑問から発生したんです。生成AIが流行り出したタイミングで、日本の社会のなかでもリスクが認識され始めました。
「AI-Native企業」を掲げるのであれば、当然「責任のあるAI活用」にも、社会的な期待に応えていくことが求められますよね、というのを、経営陣や関係者と話しながらすり合わせていきました。
——ひと言で「作った」と言っても、相当大変だったのでは?
@Mattsun: そうですね。簡単な言葉ほど、「これはどういう意味なのか」と、社内でものすごくコメントが入ったりする。20人以上からコメントをもらって、それをまとめて有識者にも意見交換してもらいながら、ブラッシュアップする。社内・社外からの観点を踏まえて修正する、という工程を何回か踏んで、最後に経営陣と対話をして、いまのメルカリらしい考え方を反映して作っていく。足かけで言うと、2021年の夏くらいから、5年弱くらいですね。
しかも、ポリシーだけを出すのではダメで。「どういう体制でやっていくか」という運用の面も一緒に公開したのが、結構ポイントだったりします。
社外の研究者の方から、「ポリシーを出している企業はたくさんある。ただ、それをどうやって運用していくかが求められるポイントですよ」とご助言いただいたので、セットで出さないとダメだ、と。信頼を担保するための透明性だったり、責任を持って対応するためですね。これで完成とはまだ思っていないので、リビングドキュメントとして更新していく必要がある。バージョン1、もしくはバージョン0として公開した、という感じです。
——社内のガバナンスと、社外のルールづくり。独立しているように見えるこの2つは地続きなのでしょうか。
@Ryo: AIに関して言うと、影響範囲がとても広くて、かつ動きが早すぎて規制が追いついていない。今後、官民が連携しながら、ソフトローや各業界の自主規制等の形でルールが形成されていくのか、成熟すれば法令としてルールができていくのか。いずれにしても、ルールはできていくんだろうと思います。その過程で、必要なことを必要な場所でインプットするために、どういう事業者が議論に参加し、あるいはリードできるのかが、事業者にとってはすごく大事になってくると思うんですよね。
@Mattsunさんがやってくださったように、まず基本の考え方を作って、それを対外的にアピールしたことは、その観点からはすごく大きいと考えています。「メルカリはAIに対して感度が高い」「ガバナンスを真剣に考えている」と認知されれば、いざルールを作ろうとなったときに、早い段階で声をかけてもらえるかもしれない。議論をリードできるかもしれない。
そうやって、まずは事業者として社内にありたい姿をちゃんと言葉にして外に示すこと自体が、まず大事だなと思っています。AI以外の場面でも、先んじて言葉にすることで得られる、先行者利益のようなものは絶対にあると思っていて。先に言語化することで、当社のありたい姿に、ある意味問題意識やルールが集約されていくことも望めるんじゃないかな、と。それこそ、AIガバナンスジャンボリーがあれだけ盛大なイベントになったのも、その成果の一つなんじゃないかと思います。

「規制を変える道はある」
——成果が見えづらい領域だと思いますが、手応えはどんな瞬間に感じますか?
@Ryo: 前提として、メルカリって、求められるバリュー(Go Bold、All for One、Be a Pro、Move Fast)がシンプルですごくクリアだなと感じています。ロードマップも社内には開示されていて、これからどういう方向に進んでいきたいのか、何に力を入れたいのかという解像度が広く共有されている。しかも、大きな方向は示されるけど、実務はボトムアップ、つまり裁量を持って動ける。パブリックポリシーに携わる身として、バリューに従い、どう動けば事業の成長につながるのか、自分の考えに基づいて動ける自由度が高いと感じています。
そのなかで、自分なりに考え抜いてアウトプットしたものが、業界としての意見に直結したりする経験は何度もあって、「規制は、変えられるんだな」というマインドに変わりました。これはパブリックポリシーに入って、ある意味初めて体験した感覚で、手応えを感じる瞬間でもあります。
「規制はなかなか変えがたくて、事業者は受け身なんだ」という感覚ではない。問題提起をするだけではなく、規制強化の動きのなかにも、単に守りだけではなく事業の成長につなげられる、事業者として前向きに提案できる余地は多くあって、それが最終的に制度や規制に影響することもある。それを体験できた瞬間は、すごく得がたい体験だなと思うし、それが結果として事業部門の力となり、会社の成長として目に見える形になったとき、心からやってよかったと感じます。
@Mattsun: メルカリのミッションは「価値の循環」だと思うんですけど、それを実現するためには、さまざまな課題があって。
道があんまり整備されていないぞ、そもそも道がなくて草だらけだぞ、みたいなところに立ち向かわなきゃいけない場合もある。それを実現するために、まず道を切り開く、草を刈る、道を作る。パブリックポリシーは割とそういう仕事だったりするので、事業を作る土壌づくりや環境づくりに関われるのは、この仕事ならではかなと思います。
——では最後に、これから挑戦していきたいことを。
@Ryo: さっきの「規制は変えられる」という話に通じるんですけど、自分がこれをやったぞ、という成果が外に現れる仕事って、コーポレート系の部署ではなかなかないんじゃないかと思っています。パブリックポリシーとして、あるいは個人として、自分が発見した課題について「変えた」と思える実績が作れれば、最高なのかなと。そんな感覚は持っています。
@Mattsun: AIなど新しいテクノロジーの発展や未知の領域への課題に対して、常に好奇心を持ちながら考えて、社会全体に貢献していきたいなと思っています。現代はAIの登場や世界秩序の変化など、今まで体験したことがないほどの時代の転換点だと感じています。
そのような外部環境の中でも、ビジネスの先にいるのは必ずお客さまです。あらゆる人々の生活が、安全に、便利に、楽しくなることが一番大事だと思っています。お客さまに不利益がない形でメルカリのミッションを実現していく。そこにもっと突き進んでいきたいですね。
規制が固まる前から、社会と対話し、時にルールそのものに関わっていく。成果はすぐには見えないけれど、その積み重ねが、事業の「これから」の道をつくります。その手応えを持って走る二人の姿は、前回語られた「挑戦を進めるガバナンス」を、社会との接点で体現するものでした。
AI Governanceチームの内側を、セクションごとに訪ねていく連載。次回は、プライバシー/セキュリティの専門家が見ている景色をお届けします。
写真:タケシタ トモヒロ
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