生成AIの進化は、働き方も、事業のつくり方も、社会の前提そのものを変えつつある。生産性の飛躍という光と、電力消費という影。その両方に直面しながら、メルカリは何を実現しようとしているのか。
全社のAI-Native化を率いる木村と、量子コンピューティングの経営を担いながら、社外取締役として経営を監督する立場にある北川が語り合った。
*本稿は2026年度版「Impact Report」で企画された対談の全文を掲載したものです
この記事に登場する人
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木村 俊也
株式会社メルカリ 執行役員 CHRO 兼 CAIO
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北川 拓也
株式会社メルカリ 社外取締役 QuEra Computing Inc, President兼取締役
生産性に、いきなり直撃した技術
── いまのAIの局面を、過去の技術転換と比べてどう感じていますか。
北川:インターネットが出てきたときも、スマートフォンが登場したときも、みんなワクワクしていましたよね。夜な夜な部屋でアイデアを考え、コーディングをするだけで世界中にインパクトを与えられる。あの感覚が、さらに進化して「コーディングが得意でなくとも、よりクリエイティビティが活きるかたちで、ワクワクが100倍になった」と感じています。
ただ、決定的に違う点があります。インターネットはエンタメ領域から盛り上がりはじめました。ゲームや動画から広がり、生産性やGDPへの影響が見えるまでには時間がかかった。一方でAIは、科学の発見も数学の証明もコーディングも、産業革命のど真ん中である生産性にDay 1から直接的に影響を及ぼした。過去の産業における変化と比較しても非常に高い時価総額がついている背景も、そうした面から来ているのだと思います。
数時間前にも、私が携わる量子コンピューターの領域でAnthropic社との共同研究が発表されました。Claudeでハードウェアを制御する仕組みでレーザー制御を試したところ、人がやると十数分かかる作業が数秒で終わった。インターネットやソフトウェアだけでなく、こうしたハードウェアにおけるものづくりの世界にも変化をもたらしているということです。数学でも、フィールズ賞受賞者のテレンス・タオ氏が「証明可能な答えは飽和しつつあり、むしろそれを解釈する側が足りていない」と指摘している。何が貴重で何が足りないのかが、根本から入れ替わるタイミングだと読んでいます。
── メルカリの変革を進める中で、明確な変化を感じた瞬間はありましたか。
木村:この1年でワークフローが完全に変わり、 大きな変化を感じた年だったといえます。AIツール利用率は100%に達し、初年度で49.5万時間分の効率化に繋がる成果もあがった。とくに先行したのは開発領域です。コーディングは答えを検証できるので、AIとの相性が非常にいいのだと、あらためて確信しました。
苦労したのは、コーポレート部門などの非エンジニア領域でした。しかし、ビジョンを示し続け、全社員で丸一日エージェントをつくる「AI Agent Day」のような場も重ねてきたことで、各チームが自分たちでエージェントをつくり始めている状態にまで成熟しました。広報チームは広報戦略のエージェントを自分たちで改善し、GRC(Governance / Risk / Compliance)領域ではガイドラインや法規制の情報を自動で収集してサービスとのギャップを点検している。もうエージェントなしでは業務フローが回らないといえますね。

AIの課題から、目を逸らさない
── AIによる技術革新が進む中、その負の側面、とりわけ電力消費について話題に上りますが、こうした課題についてはどうお考えですか。
北川:電力は運ぶことや貯蓄することが難しいローカルな資源なので、地域単位で見なければならない。米国ではすでに「データセンターのせいで電気代が上がる」という問題が起きています。前の産業革命でも、新しい技術が走り始めるときには同じ種類の摩擦があり、そこから逃げずに取り組んだところが、結果的に今に繋がる大事な貢献をした。そのため、AIにまつわる課題も、各企業が正面から取り組むべきものだと思います。
その上で期待したいのは、AI自身がつくり出すエネルギー技術の進化です。新しい電池、新しい発電のあり方、CO2の固定化。いわゆる「AI for Science」によって環境の問題が解かれていく可能性も同時にある。人類は、AIが生む負荷と、AIが生む解決策と、どちらが早いかというレースに参加しているのだと思います。ただし、これは自動的に起こることではありません。AIを使って何を良くしなければいけないのか、強い意思を持って人間が実行することこそが重要。その点でメルカリは、モノの製造を減らしていくことが実現可能なプラットフォームというポジションにいることが、とても重要な意味を持っていると思います。
── メルカリはこの課題をどう認識していますか。
木村:AI-Native Companyをめざすメルカリにとっても、非常に重要な課題だと考えています。GPUやサーバーが足りないという話は以前からありましたが、この1年で「次のボトルネックは電力だ」とよく聞くようになった。電力が足りなくなれば、そこで発展が止まってしまう。消費電力をいかに抑え、AIをいかに効率的に使うかなど、今からAIの課題に向き合い、さまざまな対策や工夫を検討することが重要です。
正直に申し上げれば、クラウドやAIの利用に伴う排出はScope3に含めて算定・開示していますが、AI起因の排出だけを切り出した詳細な開示や、それに対するさらなる削減策までは、まだメルカリもできていません。業界全体でも手法が固まっていない領域なので、いまは手探りで議論を重ねている段階です。どうすれば透明性を確保しながら最大の効果をもたらせるか。ここは課題として認識しています。
その上で強調したいのは、メルカリの価値は「価値循環」にあるということです。捨てられていたはずのモノが、またどこかで使われる。それがCO2の削減につながる。AIによってメルカリが使いやすくなれば、お客さまはより簡単に出品でき、買い手は欲しいものが見つけられる。その循環を、より高速に回せるようになります。AIを使えば電力は当然消費します。けれど、それを上回るだけの価値循環を生み出していく。それが私たちの考えるプラネット・ポジティブです。
[編集部注]世界のデータセンター電力消費は2024年の415TWhから2030年に約945TWhへ倍増する見込みで、増加の最大要因はAIとされる。一方でIEAは、AIの応用による排出削減ポテンシャルをデータセンター排出の3〜4倍と試算しつつ、「自動的に実現される保証はない」と留保している(IEA『Energy and AI』2025年4月)。

「AI-Native」で、何を変えるのか
── メルカリが「AI-Native」と言うとき、既存事業へのAI導入と何が違うのでしょうか。
木村:AIのポテンシャルを活かしきった開発とは何かを、ゼロから考え直すということです。キーワードは「越境」と「少人数」。AIが専門性を補ってくれる以上、開発における専門性は薄れていく。まずドメイン内の越境として、バックエンド、モバイル、ウェブを一人のエンジニアが一挙に担う「AI Pods」を始めました。次は、ドメインそのものを越える。エンジニアがUIデザインやプロジェクトマネジメント、コンプライアンスやセキュリティのチェックまでを担っていく。
難しいのは、これがエンジニアだけの話ではなくなる点です。例えばリーガル領域がAI-Nativeにならなければ、いくらものづくりが速くなっても、リリース前のレビューのスピードが上がらなければ全体のスピードは上がらない。会社は全体として働き方を再設計しなければならない。そこに時間をかけているのが、いまの状況です。
── メルカリの事業構造とAIのシナジーをどう評価されますか。
北川:非常に深いと思っています。一つは、メルカリがホビージャンルに強いこと。こだわりの強い領域は文脈が深いため、その文脈を読み取ってパーソナライズされた購買体験をつくれるということは、AIにものすごくフィットした個性です。マニアックな領域にすら、痒いところに手が届くように網羅できる可能性があるということ。
もう一つはクロスボーダーです。国が変わると、言語だけでなく買い方も、モノの選び方も、規制も変わる。その文脈へのアダプテーションを深く行って各国に届けられる。AIがなければ、ここまでの適応は難しかったはずです。いまのメルカリにとって、まさにふさわしい技術だと思います。
木村:クロスボーダーは本当に肝ですね。AIが支えてくれるのは、機械翻訳だけではありません。『メルカリ』上で行われる値下げの相談や商品への質問といったコミュニケーションの違いも、その国の習慣や話し方に適応できるようになる。法規制も、これまでは一つの国に広げるだけで調査と実装に膨大な時間がかかっていましたが、調査も実装もスピードが上がったことで、より多くの国へ、より多くのお客さまへ『メルカリ』の体験を拡げていくことができる。国境・文化によるハードルを、AIが確実に下げていると感じています。
ただ、こうした景色をあらかじめ想像できていたわけではありません。AIの進化が想像を超えていて、私たちの思考のほうが追いついていない。未だ「工数がかかるからできない」「人が足りないから新規事業ができない」という発想が染み付いてしまっていて、仮にロードマップを敷いてみても、まだAI以前の思考によって想像力が制限されていることも多いです。生産性が5倍、10倍になったときに、あらためて我々はどこまで到達できるのか、とマインドをアップデートしないと、フル活用はできないと強く思います。

「循環の摩擦」を下げることが、社会に生む価値
── AIでお客さま体験が変わることは、社会にとってどんな価値になりますか。
木村:一番のポイントは、「循環の摩擦」が下がるということです。出品時の商品情報が自動で補完されれば出品完了率が上がり、情報が整えば購入側のAIエージェントも探しやすくなって売れる確率が上がる。「商品が届かない」というときも、その商品がいまどういう状態にあり、どんな解決方法があるのかをAIが把握してサポートできる。
この一つひとつは地味に聞こえるかもしれません。ですが、いまだに「出品は大変だ」という声が多いなか、こうした点がスムーズになれば「大変だから捨ててしまう」ことがなくなり、「使わなくなったものはメルカリに渡しておけばいい」というマインドへと切り替わっていく。累計出品数がすでに50億品を超え、これからより多くのお客さまに『メルカリ』が拡がっていくことを思うと、お客さまの体験を改善することが、そのまま世界の価値循環への貢献に繋がっていくと信じています。
── メルカリのような企業に、社会は何を期待すべきだと思われますか。
北川:三つあります。一つは、木村さんがCHROとCAIOを兼任しているという、世界的にも類を見ない役割のあり方そのものです。AIを推進していくためにはツールの導入では不十分で、より深くAIに基づいた組織に変化していこうとすると人事は避けて通れない領域。世界がなんとなく必要だと思っていることを率先して実践し、それがどう価値に変わるのかを見せる。メルカリはその価値創出の最先端を走っている。その外部性は非常に大きいと評価しています。
次に、お客さまがAIの果実を直接感じられる体験の創出です。C2Cサービスはお互いに背景があり、やりとりをする中ですれ違いによる必要のない摩擦が生まれてしまうことが多いもの。そこへAIが少し介在するだけで、お互い気持ちよく、しかも問題は解決する方法が生まれる。そういう体験が届けられる余地があると思います。
そして、三つ目は最も本質的な難しさに関わる期待です。AIの価値を出しきるためには、AIに意思決定を委ねていく必要がある。けれど同時に、最終的には人間が責任を取るという構造をつくらなければなりません。AIに任せる範囲を広げながら、責任の所在は人間が持つことで、お客さまはより安心してサービスを使えるようになる。そこまで到達できれば、世界に類を見ないAI-Native企業になり、お客さま体験へも還元されていくと思います。
── では5年後、メルカリはどうなっていたいですか。
木村:5年後には、おそらく「AI-Native Company」とわざわざ言わない状態になっていると思います。かつては「インターネット企業」と名乗る会社が多かったけれど、いまはもう言わないように。
目指しているのは、日本国内に限らずグローバルで本当に価値が循環している状態。そのためには、まだAIモデルの進化速度に対して、人と組織の適応速度にギャップがある。モデルはすぐにでアップデートされますが、人への期待値や評価制度はそのスピードでは変わりません。CHRO兼CAIOとして、技術の進化と社内の変化を、組織を適応させる人事制度や組織設計へと翻訳していく。これは今年から来年にかけ、高速にやりきらなければいけません。
そして「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」というミッションの後半、「あらゆる人の可能性を広げる」という観点でも、やはり「越境」がキーワードになるでしょう。越境とは、これまでチャレンジしたくてもできなかったことができるようになるということ。エンジニアだけでなく、人事を中心としてコーポレート領域も、それぞれが隣接領域へと越境していく。手が届かなかった専門領域にチャレンジできる状態をつくることで、個々人のスキルやキャリアにも大きな可能性が拡がる。それが、いま私が目指している組織の姿です。

取り組みの詳細は、『FY2026.6 Impact Report』で公開しています




