決済サービス「メルペイ」のリリースに向けて、決済機能やフリマアプリ「メルカリ」との連携機能とともに開発が進められていたシステムがあります。それが、アンチマネーロンダリング(以下、AML)システム。これはサービス内で不正取引やマネーロンダリング(資金洗浄)などが行われようとした際に即時に検知する役割があり、あらゆる金融サービスを展開するうえで、法律やガイドライン上で整備することを義務付けられている監視システムです。
通常、AMLや不正検知関連のシステムはセキュリティ会社やロイターなどの金融情報を提供する会社が開発したパッケージシステムを導入するパターンがほとんど。しかし、メルペイのAMLシステムはゼロからつくりあげた完全オリジナルです。社外から導入することもできたであろうシステムを、なぜゼロからつくりあげることになったのでしょうか?
今回のメルカンでは、メルペイAML Systemチームのマネージャー中村奎太とプロダクトマネージャー伊藤宏志、テックリード大谷勇毅にインタビューしました。メルペイでゼロからAMLシステムをつくることになった経緯、そしてAMLシステムとともに築きあげようとしている「なめらかな世界」とは?
AMLシステム開発は「決済サービスでの多様な動きに対応するため」
ーAMLシステムとはサービス内の不正取引検知のほか、反社会的勢力の排除、犯罪収益を源泉とした取引などが発生しないうようにするためのシステムですが、具体的にどのような監視が行われているのでしょうか?
伊藤:大きく分けて、2つの要素があります。1つ目が、疑わしい人を見つけ出す「ユーザースクリーニング」、2つ目が疑わしい取引を監視する「トランザクションモニタリング」です。
伊藤:決済サービスに限らず、金融事業を行う事業者は利用者や取引の監視を行うことが法律上で義務付けられています。僕たちは、そのシステムの開発をゼロベースから検討を行い、システムをつくりあげてきました。
伊藤宏志(AML Systemチーム、プロダクトマネージャー)
ーゼロからつくりあげなくてもいいケースがあるのですか?
中村:そうですね。よく見られるのが、セキュリティ会社などで製品化されているAMLシステムパッケージをそのまま導入するパターンです。もちろん、そのやり方でも不正を検知できるので問題はありません。しかし、メルペイの場合はそうはいかないんです。
ーなぜですか?
中村:例えば、銀行や証券会社などではお客さまと対面でのやりとりが比較的多く、口座状況なども目視で確認することが可能です。そして、提供しているサービスによっては閉店後は取引を監視する必要がないので、24時間365日稼働しなくても問題ありません。
ーメルペイのような決済サービスは、24時間365日動いている必要がありますよね?
中村:そうなんです。また、対面でやりとりしていない分、データ上から細かな動きを検知しなければならない。メルペイの場合はメルカリ内で売買される物品の情報や配送先の情報、さらには加盟店の情報など、普通の金融機関の取引モニタリングでは絶対に使用しないお客さまの属性情報や取引情報などを活用して監視する必要がありました。こういった動きや機能すべてに対応したAMLシステムを探すことは困難で、かつ、メルカリグループ全体での今後のサービス展開にあわせて改修できるベンダーはほぼない状況でした。そこで、ゼロから自分たちでつくりあげることになったんです。
メルペイAMLシステムのヒントは、ブロックチェーン技術
ーメルペイのAMLシステムは、いつごろから開発が始まったのでしょうか?
中村:メルペイの開発と同時にスタートしています。でも、当時はKYC(Know Your Customer、顧客確認)チームと一緒に動いていましたね。それが今のAML Systemチームとして独立し、僕がマネージャーとして、メルペイのリリースにあわせてシステム開発を進めていきました。
中村奎太(AML Systemチーム、マネージャー)
ーオリジナルをつくっていくなかで、難しいと感じたところはどこですか?
伊藤:やはり、データ管理ですね。メルペイに集まるのはお客さまや加盟店さまの情報、そしてお客さまのメルカリ内での取引情報など多岐に渡ります。しかも、それぞれ分散している。そういったデータをいかに掛け合わせ、モニタリングしていくかはけっこう悩みました。
中村:そこでヒントになったのが、ブロックチェーン技術です。僕自身、メルペイに異動する前まではメルカリグループの研究機関「R4D」でブロックチェーンを研究していました。メルペイのAMLシステムでは、ブロックチェーンの分散処理に近い技術を一部取り入れています。これがうまくいって、無事にメルペイとともにAMLシステムも無事故でリリースできました。
大谷:でも、僕たちの仕事はこれで終わりではありません。僕が個人的に着手したいのは、言語の統一です。というのも、メルペイは開発手法としてマイクロサービスを取り入れていることもあり、AMLシステムも各関係部署に合わせた言語を組み合わせて開発してきました。それを、今後はGo言語に統一したいと思っているんです。あとは、速度ですね。
大谷勇毅(AML Systemチーム、テックリード)
ー速度?
大谷:メルペイのAMLシステムの動作は現状でも決して遅くはないのですが、もっと速度を上げられると思っています。それこそ即時で不正取引を防げるような速さを目指したい。
中村:そうですね。メルペイを使うお客さまが増えれば、当然ながらデータ量も増えます。そうすると、不正を検知するまでの時間もかかりやすくなってしまう。不正を検知するスピードを上げ続けることは、僕たちの永遠の課題でもあります。
伊藤:そういう意味では、メルペイのAMLシステムにはメルカリ・メルペイのさまざまなデータが収集されています。自由自在にデータを扱えるアプローチができるので、それが強みになるんじゃないかと思っているんです。
大谷:確かに、そこはオリジナルで開発していく醍醐味かもしれません。メルペイではサービスの成長とともに強くできるので、独立したAMLシステム開発ができますね。
3人がメルペイAML Systemチームへ異動した理由は「チャレンジしたかったから」
ーそういえば、大谷さんはメルカリでサーバサイドエンジニアもしていましたよね? メルペイAML Systemチームへは自ら希望して異動したのですか?
大谷:そうですね。僕自身はこれまで、メルカリで新規サービスをつくり続けてきました。でも、ある程度やり切った感があって。そこへ、メルペイAML Systemチームの話を聞いて「すでにあるサービスを中長期的に良くしていく」ことがおもしろそうだと感じたんです。それに、AML自体にはやるべきことが無限に広がっています。このうえなくチャレンジングだなと思ったんですよね。
伊藤:それは僕も同じ考えです。僕はこれまでメルカリのカスタマーサービスの改善に取り組んできました。ですが、お客さまが直接触れる部分はつくってきたけれど、その裏側のシステムをつくり込む経験があまりなくて。AMLシステムの開発は、まさに自分自身にとっても成長できる良い経験になるんじゃないかと。
ー中村さんは?
中村:先ほどお話ししたように、僕はR4Dでブロックチェーンの開発を行っていました。そこでいろいろな事例を見てきたのですが、特に気になったのがフィンテック業界のマネーロンダリング対策がまだまだ弱いということでした。メルペイが金融事業を展開するためにも、AMLシステムという土台をしっかりつくらなければならないんですよね。
ー全員、バラバラの方向から……。
伊藤:あはは、確かにそうですね(笑)。
目指したいのは「誰にも意識されないAMLシステム」
ー先ほど、リアルタイムでの不正検知を実現させたいと話していましたが、その先にはどういった構想を描いているのでしょうか?
中村:メルペイのミッションは「信用を創造して、なめらかな社会を創る」。でも、そんななめらかな社会の裏側には不正が起きやすい世界も広がっています。これは、メルカリとメルペイが便利だからこそ不正にも使われやすいということでもあるんです。まさに「不正に最も強いメルペイにする」のが僕たちのミッションですね。
大谷:それをやるからには、ゆくゆくは、誰にも意識されないAMLシステムにしていきたいですよね。例えば、メルカリでアカウント登録するとき、何もなければすんなり進めるけれど、不正を行う目的の人だけがはじかれる。僕たちのサービスを使っていただきたいお客さまには、何も意識させないかたちを目指したいですね。
中村:「意識させない」は重要なポイントですね!
伊藤:同感です。今後は機械学習などの技術を用いながら、さらに不正に強いメルペイ作っていく予定です。不正をいち早く検知し、お客さまに不正を意識させないAMLシステムをつくり込んでいく。これは、メルペイだけでなくメルカリを使ってくださっているすべてのお客さまを守るためのものでもあると思っています。
プロフィール
中村奎太(Keita Nakamura)
大学在学中にインターン生としてサイバーエージェントでプログラミング教育サービスの立ち上げや、DeNAで動画サービスでの感情分析基盤導入などを行う。その後、メルカリの研究機関「R4D」にインターン生として参加。2018年に新卒入社後はブロックチェーンエンジニアとして、R4D内で進められていた「mercariX」プロジェクトに携わる。その後、グループ会社であるメルペイへ異動し、分散台帳開発チームとAML Systemチームのプロダクトマネージャーを担当。Twitterは@keita0q。
大谷勇毅(Yuki Otani)
自社パッケージソフトウェア開発やWebベンチャー立ち上げ、受託開発などを経験後、メルカリに入社。US版の開発や日本版の数々の新規機能開発を行った後、現在はメルペイAML Systemチームのテックリードを務める。
伊藤宏志(Hiroshi Ito)
高専在学中に電気電子、通信を専門に勉強し2016年筑波大学に編入。大学在学中にメルカリのほか、ニコンやサイバーエージェントなどでインターン生として参加。メルカリではメルカリNOWの立ち上げやカスタマーサービスの改善を担当し、2018年に新卒入社後は問い合わせ削減施策やAIチャットボットプロジェクトのPMを担当。1月よりメルペイ に異動し、AML Systemのプロダクトマネージャーを務める。Twitterは@hirorirorn。
関連募集要項
Software Engineer, Backend [Merpay]
Product Manager, AML [Merpay]