2019年6月19日。メルカリはESG/サステナビリティに関する考えや取り組みを発表しました。ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)の頭文字を取ったもので、企業の中長期的な発展のために必要な成長要素として、欧米の企業を中心に世界中へ広がっている考え方です。
なぜ、メルカリは事業の成長だけではなく、事業を通じた社会・環境問題の解決へと踏み込んだのでしょうか。今回は、取締役社長兼COOで、ESGのプロジェクトオーナーである小泉文明、そしてプロジェクトメンバーで社長室の田原純香、深見和樹、市川明子にインタビューを実施。「メルカリらしいESG」への追求やその過程、繰り返し利用可能な梱包材 「メルカリエコパック」に込めた想いなど、話は多岐にわたりました。
また、インタビューの途中で「これまでのメルカリは自己矛盾を抱えていた」と話す小泉。その言葉に含まれている意味とは。メルカリが東証マザーズに上場し、ちょうど一年。「社会の公器」になりつつある今、向き合うべき未来について、じっくり話を伺いました。
この記事に登場する人
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田原純香(Sumika Tabara)アクセンチュア、A.T.カーニーにて戦略コンサルタントとして、製造業をはじめとする多業種の企業に対して、コスト削減や成長戦略立案、新規事業の立ち上げ支援などを行ったのち、Interbrandにてブランド戦略のコンサルティングに従事。2018年10月にメルカリへ入社。社長室のメンバーとして、様々な全社プロジェクトに携わる。現在は、ブランディングプロジェクト、及びESGプロジェクトのリードを務める。 -
深見和樹(Kazuki Fukami)調査会社のマクロミルを経て、2017年9月メルカリ入社。事業開発部にてシェアサイクル事業メルチャリの立ち上げを担当。現在は社長室にて鹿島アントラーズなどのスポーツスポンサードやESGプロジェクトを担当。 -
市川明子(Akiko Ichikawa)日興コーディアル証券にて法人・個人の資産運用を担当したのち、NYにてPreMBAコースを修了し、ガンホー・オンライン・エンターテイメントにて海外業務を含む社長室業務、及び社長秘書に従事。その後ベンチャー企業でIPOプロジェクトに従事。2018年9月にメルカリへ入社。社長室にてESGプロジェクト、及び社長秘書を務める。 -
小泉文明(Fumiaki Koizumi)株式会社メルカリ取締役社長兼COO。2003年大和証券SMBC(現・大和証券)入社。投資銀行本部にてインターネット企業の株式上場を担当した後、07年ミクシィ入社し、取締役CFOに就任。13年12月メルカリに入社。14年同社取締役に就任。17年4月から現職。
ESGは経営そのもの。事業を通じて、社会に価値を提供する意義
ー今回はESGにフォーカスしてインタビューを行いたいと思います。まずは、なぜメルカリがESGに取り組むのか。その背景について教えていただけますか。
小泉:メルカリという事業がそもそも持つ価値と、循環型社会の実現をはじめとした「SDGs(持続可能な開発目標)」や「ESG」の考え方には、ともに通ずるものがあると思っています。ある人にとって不要なモノが、誰かにとっては価値のあるモノになる。この価値のギャップを「メルカリ」というマーケットプレイスを通じて、有効に循環させることで、環境にもやさしく、お客さまも豊かになり、私たちも収益をいただくことができています。ビジネスと社会性を両立させる事業こそ、メルカリが持つ価値の優位性だと思うんです。他方で、メルカリは創業して6年が経ち、メンバーはグループ連結で1,800人を超えました。今や、約40の国や地域から仲間が集まっています。今後、よりグローバルなサービスへと成長するためにも、改めてメルカリの社会に対するスタンスやメッセージを明確に伝えたいと思ったんです。ESGは、それにもっとも相応しい機会でした。
小泉文明(取締役社長兼COO)
ー日本だけではなく、海外も視野に入れたメッセージングなんですね。
小泉:そうです。なので、グローバルの尺度で統一されたメッセージが必要でした。世界を見渡すと、「SDGs」や「サーキュラー・エコノミー(資源を循環させる経済)」という考え方が一般化されつつある。このなかで、「ESG」という考え方が資本市場をはじめ、広く企業でも浸透してきたこともあり、メルカリもESGを通して、社会へのスタンスを伝えようと思ったんです。結果的に企業価値の向上にもつながるので、これはやるべきだと。
ーESGに取り組む国内の企業は、まだそう多くないという印象を受けます。
小泉:そうですね。「もったいない文化」に象徴される日本人特有の気質や考え方は当然ありますが、グローバル尺度のメッセージングはあまりしてこなかったと思います。今や、グローバルな企業ほど、社会に対してどういう価値を提供しているのかを、積極的に伝えているんです。もしかすると、企業規模の大小を問わず、全ての企業が持つ「社会性」を、自ら伝えるような動きが、今後潮流になるかもしれませんね。こういうメッセージがないと、社会やお客さまからも支持されないし、一緒に働くメンバーからも選ばれない企業になってしまうかもしれません。
ーそのくらい企業にとって重要なエッセンスだということですね。今回、ESGを取りまとめるにあたり、目指した方向性は何だったのでしょうか。
小泉:ESGと似ている考え方に、「CSR(企業の社会的責任)」がありますが、事業とは関係の薄い活動に取り組む企業も見受けられます。もちろん、それはそれで素晴らしい取り組みだと思っています。しかし、本質的には自らの事業を通じて、社会に価値を提供した方が、より継続的な取り組みになると思ったんです。メルカリはそれを目指しました。
ーなるほど。今回のESGは、COO室主導のプロジェクトとして始動しましたよね。これには何か意図があったのでしょうか。
小泉:一般的にESGと言えば投資家向けの取り組みなので、IRなどの部署が主導するケースが多いと思います。しかし、ESGは極めて経営の根幹だと思うんです。創業者である進太郎さん(代表取締役会長兼CEO)の想いをはじめ、経営陣の総意で取り組まなければ意味がない。また、私自身、PRやマーケティング、HRなども経験してきたので、対外的なコミュニケーションに関するノウハウがありました。「社会やお客さまに対して、どういうメッセージングをすれば伝わるか」という視点は、ESGも必ず求められるはず。そのような観点も含め、COO室主導がベストな選択だと考えたんです。
メルカリのSustainabilityサイトには創業者である山田進太郎のメッセージが掲載されている
定石に囚われない「メルカリらしいESG」を問い直す
ーそれでは、実際にESGのプロジェクトが発足した直後の話を伺っていきたいと思います。具体的に何からはじめたのでしょうか。
田原:まず最初に取り組んだことは、マテリアリティ(重点課題)を決めるまでの「事前準備・調査(リサーチ)」ですね。ESGは、これだけグローバル・スタンダードになったとはいえ、まだまだ全貌が明らかになっていません。「各企業がESGという社会からの問いに対し、どのような答えを出しているのか」「そのために、どのような情報を、どのようなガイドラインに沿って開示しているのか」、さらには「企業の特徴をどのように出すか」など、ケースバイケースが多いんです。グローバル企業のESGレポートや学術誌など、かなり細かくリサーチを行いましたね。調査からマテリアリティを決定するまでが、もっとも時間を費やしたと思います。
マテリアリティには、「循環型社会の実現」「循環型社会の実現に向けた文化醸成・教育」「地域活性化」「安心・安全・公正な取引環境の整備」「コンプライアンス・リスクマネジメントの強化」の5つが特定された
ー全てのリサーチを社内で行っていたのですか?
小泉:一般的なESGには、コンサルティング企業が社内に入り、調査から戦略策定、対外コミュニケーションまで一気通貫して行うケースが珍しくありません。でも、それはやめようと。そうなると、誰が見ても同じようなESGレポートになる気がしたんですよ。そもそもメルカリという会社は「考える組織」を目指しています。自分たちの手で調べて、議論を重ねながら、マテリアリティを決め、戦略を立てる。このプロセスにこそ、ESGの意味があると思っているんです。ESGを通して伝えたいのは、社会へのスタンスやメッセージです。議論を重ねることで、自分たちの新たなスタンスに気づくかもしれませんからね。
ー先ほど、田原さんから「企業の特徴をどのように出すか」という話がありましたが、実際にどのような方法でESGレポートを作成したのでしょうか。
田原:小泉さんの言う通り、既視感のあるESGレポートにはしたくなかった。でも最初につくったレポートを機関投資家や有識者、ステークホルダーなどのみなさんに見せに伺うと、「第三者が入って作成した資料ですね」「メルカリらしさがないですね」などのフィードバックをいただいたことがあって。
田原純香(社長室)
ーつまり、オリジナリティがないと。
田原:そうです。どこかで「守り」に入っていたのかもしれません。無意識に定石的なアプローチをしていたんです。でも、そこで気づきがありました。調査した材料はあくまでベースに過ぎません。既存のアプローチに固執することなく、「メルカリらしさ」を追い求めて、ゼロからつくってみようと、改めて思うようになりました。その結果、たどり着いたのは「メルカリを創業した進太郎さんの原体験や想いを忠実に伝える」ということ。先ほど小泉さんからも話がありましたが、メルカリの事業そのものがESGの思想や循環型社会の実現と直結しています。それを私たちらしく、そしてグローバルのスキームに乗せて、どうメッセージングしていくかが重要だと考えたんです。
市川:機関投資家や有識者、ステークホルダーなど、みなさんのご意見は、確かにおっしゃる通り。ただ、それだけを鵜呑みにするのは違う。自分たちも腹落ちしながら、プロジェクトを進めていけるよう、意識していたと思いますね。
市川明子(社長室)
ーESGを通して、メルカリを見つめ直す機会にもなったわけですね。
深見:本当にそう思います。ESGを通して、メルカリの社会に対する「幹」ができたのではないでしょうか。これまでCSRをはじめ、様々な施策がありましたが、それぞれが「枝葉」でしかなく、基盤となる「幹」がない状態だったんです。
ー例えば、どういうことでしょうか。
深見:仮に「循環型社会の実現」や「安心・安全・公正な取引環境の整備」と聞いても、何となく「メルカリ」を純粋想起できないじゃないですか。それを一つひとつ、棚卸しして、整理し、正しく言葉と実績を紐づけました。改めてメルカリが持つアセットや創業の想い、これから実現したいことなどについて、メッセージングできたのは、メルカリという企業にとっても、良い機会だと感じています。
「メルカリエコパック」にみる、梱包材への意識の変化
ー6月5日、メルカリは循環型社会の実現に向け、繰り返し利用可能な梱包材 「メルカリエコパック」を発表しましたよね。社会的にも注目された取り組みになったと思いますが、これにはどういう想いがあったのでしょうか。
深見:「メルカリ」は、誰かにとって価値がなくなったモノが、他の必要な誰かに届けられる社会を目指しています。その一方で、「メルカリ」をはじめとするEC市場の成長により、商品を梱包する資材の消費も増加している。メルカリだけでも多くの梱包材を消費していて、宅配市場全体からみても大きな割合を占めつつあります。メルカリが実現したい社会を考えたときに、この数字は決して無視できません。そこで、メルカリで取引される商品同様、梱包材についても何度もリユースできるよう、「メルカリエコパック」を開発しました。
小泉:正直に話すと、これまでメルカリは「自己矛盾」を抱えていたんです。自分にとって価値がなくなったモノが、必要な誰かに届く社会を目指す一方で、大量のダンボールを消費しているという自己矛盾。これは私たちも感じていたし、私たち以上にお客さまが感じていたことでもありました。エコパックを発表すると、お客さまからは「新しいコンセプト」という声よりも「そうそう、こういうのが欲しかった」という声が多かったんです。
ー想いをかたちにすることができたということですね。エコパックを開発するにあたって、もっとも意識した点は何でしょうか。
深見:意識したのは、エコパックを通じて「お客さまに、どういうメッセージングをしていくか」ですね。単に梱包材を開発することが目的ではなく、エコパックを手にしたお客さまの「梱包材への意識」を変えること。これこそが今回のエコパックの目的なんです。エコパックは手段でしかありません。キーメッセージは「リユースを世界の当たり前に。」とし、プレスリリースにもメルカリが持つ企業や事業の社会性について書かせていただきました。今後、あらゆる梱包材もリユースする習慣や文化をお客さまと一緒につくっていけたら、と思っています。
ーエコパックがある一方で、メルカリが販売するオリジナルの梱包材もありますよね。こういうのも一つひとつ変えていくのでしょうか。
深見:変えていく必要があると考えています。これも私達が抱えている自己矛盾の一つ。お客さまのユーザビリティを考えると、ゼロにするわけにはいきません。ただ方法はあると思っていて、現在検討中です。ダンボールだけでなく、ガムテープや緩衝材も同様、メルカリらしい解決策を提示していきたいですね。
深見和樹(社長室)
田原:自己矛盾はプロダクトに関することだけではなく、企業としても問われると思うんです。例えば、社内では多くのペットボトルやプラスチックが捨てられている。ESGやエコパックを皮切りに、「これってメルカリとして、おかしくない?」という気づきをメンバー同士が共有し合うようになったんです。今回、ESGやエコパックの発表を通じて、プロダクトや企業が抱える自己矛盾に向き合うことができたのは、非常に良い機会だったのではないでしょうか。ブランディングという観点においても、一本の筋が通っている会社になれる気がするんです。
ー冒頭に小泉さんが話していた「考える組織」という意味にもつながる話ですね。
小泉:そうですね。ESGやエコパックを通じてメンバーのエンゲージメントが高まったと思います。とくに外国籍のメンバーからの反響が多かったのは嬉しかった。当然、海外からジョインしたメンバーは「メルカリ」というサービスを使った経験がないわけです。でも「メルカリのこういう思想が好きだ」という声を多く聞くことができました。ESGもエコパックも、グローバルの尺度で情報発信ができたからこそ、彼らにも届けることができたのではないでしょうか。
目指す社会はメルカリだけでは実現できない。業界、パートナーとの連携も強化
ーでは、最後に今後について伺っていきたいと思います。まずは田原さん、いかがですか。
田原:そうですね。まずは今回、特定した5つのマテリアリティについて、社内で目標指標を設定しているのですが、それらを達成するため、各マテリアリティの担当オーナーを中心にアクションや情報発信をしていきます。もう一つは、投資家のみなさんとのコミュニケーションです。今後面談を増やしていき、私たちの目指す社会や長期的な企業価値の向上についての考え方をご理解いただき、それから新たなフィードバックをいただくこと。そうすると経営そのものの高度化にもつながると考えているので、積極的に取り組んでいきたいと思っています。
ー今度はESGを武器としてコミュニケーションを図れるわけですね。
田原:その通りです。私たちとしては、四半期の「PL(損益計算書)」や「BS(貸借対照表)」 だけで、企業価値を評価をするという考え方から、「中長期的に企業が実現したいこと」「そのために何に投資をするのか」などを中心に評価していただけるようになっていくと良いと思います。昨今、これまで以上に社会課題や環境課題の変化によって、中長期的な財務の見通しが難しくなっていることもあり、投資家のみなさんもいわゆる「非財務情報」を通じてメルカリはどんな企業価値の向上を目指しているのかを知りたがっています。今までと異なるアプローチでコミュニケーションを図れるという意味でも、今回のESGは価値があったと、振り返って思いますね。
ー深見さんはいかがですか?
深見:自分たちが実現したい社会にするためには、当然ですが自社だけでは限界があると思っています。業界やパートナー企業さんなど、ステークホルダーをどんどん巻き込んだ方が、社会的なインパクトも大きくなるし、問題解決までの道筋も明確になると思うんです。なので中長期的ではありますが、サステナブルな仕組みをつくることが目標ですね。
田原:それは本当に重要……エコパックだって、メルカリだけが取り組んでも大きなインパクトにはつながりませんからね。梱包資材を、完全にリユースしようとした場合、世の中のアパレルメーカーやEC事業者と一緒に取り組まなければ解決しません。
小泉:お客さまの声を集めて、アクションを強化し、仲間を増やしていくしかない。何にしても、はじめの一歩が大事で、誰かが「この指とまれ」をしないと続かないんですよ。今回のESGやエコパックを皮切りに、どんどんアクションを起こし、共感した仲間が気軽に参加してくれるようなコミュニティをつくっていきたいですね。
市川:私も同感です。今後は、今ある施策をどのようにスケールさせるかということにフォーカスして取り組んでいきたいですね。企業だけではなく、地方自治体やNPOとも連携できることもあるかもしれません。変にスコープを決めず、可能性をどんどん広げていきたいですね。
ー5つのマテリアリティのなかには、「地域活性化」も入っていますよね。
市川:そうなんです。例えば、地方自治体に「メルカリ」の公式アカウントをつくり、市民が不要になったモノを市役所に届ければ、それがお金になり、モノで納税できる、というのも今は不可能かもしれませんが、可能性はゼロではない。そんな突拍子もないアイデアも、チャレンジしていきたいですね。
ー「モノ納税」……メルカリらしいアイデアですね! では最後に小泉さんお願いします。
小泉:経営者としては、このメッセージを言い続けることが重要だと思っています。企業のメッセージって、どうしても発表した直後は盛り上がりますが、半年や一年も経てば薄れ、誰も意識しなくなるという傾向に陥りがちです。そうならないためにも、お客さまやメルカリのメンバーの変化をしっかりと見つめながら、アクションを図っていくことが求められる。メルカリのミッション(「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」)やバリュー(「Go Bold」「All for One」「Be a Pro」)も経営が、何度も何度も言い続けたことによって、社内に浸透させることができました。メルカリで働くメンバーのプライドにもつながると思いますし、お客さまにとっても「メルカリ」を利用する動機につながると思うんです。企業やサービスを通じて、どこまでできるかわかりませんが、メルカリが持つ価値を誰もが享受できる社会にしていきたい。これからがスタートですね。