「技術をアウトプットするところに技術が集まる」とは、メルカリのエンジニア組織のカルチャーです。しかし、これはエンジニアリング以外も同様では?ということで始まったのが「メルカリ勉強会」でした。
第1回目に開催したメルカリ勉強会のテーマは「リスクマネジメント×経営戦略」。登壇したのは、元東京海上日動火災保険株式会社常務執行役員で『価値と資本のマネジメント―金融機関のCFO、CROのための手引き』(金融財政事情研究会)の監訳者でもある玉村勝彦さん、そしてメルカリ・メルペイのリスク管理をリードするCRO(Chief Risk Officer)の羽村友城。玉村勝彦さんが監訳した書籍情報はこちらから。
勉強会当日は、参加者から事前に集められた質問をもとに進行。リスク管理で課題になりやすいのが「どうやって日々の業務に落とし込むか」「経営陣の巻き込み方」ですが、そのような質問を前に、保険会社でリスク管理を担当してきた玉村さん、そしてメルカリ羽村が語った回答は?今回のメルカン記事では、勉強会のレポートをお伝えします。
<当日の勉強会に寄せられた、おもな質問内容はこちら>※クリックすると飛びます
・ 事業推進のために効果的なリスク管理をするには?
・ 経営層をリスク管理に巻き込む方法は?
・ 事業会社としてのリスクファイナンスや資本の有効活用をどう考える?
・ 事業会社で、アクチュアリー経験は活かせるのか?
※本記事は「メルカリ勉強会 リスクマネジメント×経営戦略」で話された内容をメルカン編集部で編集したものです。
事業推進のために効果的なリスク管理をするには?
ーリスク管理は、企業がお客さまや事業そのものを守るために欠かせない要素の1つ。同時に、コストがかかりやすく、日々の業務に組み込むには多くの課題があります。勉強会で寄せられた最初の質問も、まさにその課題感によるものでした。
羽村:最初の質問が「リスクヘッジだけでなく、事業推進のために効果的なリスク管理とはどのようなものでしょうか?」。私からお話しさせていただくと、メルカリはリスク管理と経営戦略が1つになるような組織図になっています。リスク管理とは、それによって発生するコストと収益のバランスをとりながら行うことがゴール。リスクに対するヘッジコストに見合う収益や利益のバランスを経営戦略にどう結びつけるかを考えながら進めていく必要があるのです。
ー 一方、「すごく難しい質問ですね」と前置きしたのが玉村さん。
玉村:なぜ「難しい」かと言うと、リスクの概念が一人ひとり、企業あるいは業態によって違うからです。保険会社や銀行など金融機関では、積極的にリスクをとることで収益の源泉になっています(=コアリスク)。しかし、事業会社であるメルカリが直面するリスクの中には望んでとるものではないものがメインです(=ノンコアリスク)。これは、まったく別の考え方です。金融機関はコア・ノンコアリスクの両方を管理する必要があります。そもそも「ERM(統合的リスク管理)」という言葉自体、金融機関以外ではあまり使われないものでしたしね。
玉村勝彦さん(IFA株式会社 執行役員CSO、みらいコンサルティング株式会社顧問)
ーでは、メルカリを含め、事業会社にとってノンコアリスクへの対策はどうするべきなのでしょうか?
玉村:事業会社であるメルカリは、限られた経営資源のなかでリスクをバランスよく対処していくことが重要なのでしょうね。これは金融機関も同様です。ただし、経営資源と言っても金融機関の場合は、リスクに対応するものは「資本」のウエイトが高く、事業会社の場合は「費用」がメインになる場合が多いように思います。「費用」の典型が保険料ですね(笑)。経営資源すべてをリスクヘッジに費やすわけにはいかないけれど、だからと言って何もしないのは非常に危険です。事業会社も金融機関もリスク管理と経営資源が両輪にあり、そこで「リスクをどう考えるか」を導き出す体制が求められます。
ーディフェンスとオフェンスの話になりつつあるところ、2つ目に寄せられた質問が「リスクをチャンスに変えるためにできる具体的な行動があれば教えてください」でした。
羽村:先ほど、リスクの概念は企業や業態によって違うという話がありました。リスク管理に関する名著『リスク、神々の反逆』(日本経済新聞社)では、「リスクは勇気を持って試みること」とあります。つまり、勇気を持って試みるフレームワークが、リスク管理なんですよね。メルカリは推進力がとてもある会社なので、「失敗するリスク」より「何もやらないほうがリスク」という考えが強い。そのため、勇気を持って新しいことに飛び込む前提で経営戦略とリスク管理を行う思想がありますね。
羽村友城(メルカリCRO)
玉村:リスクの概念として、先ほどコア・ノンコアということをお話しましたが、別の側面もあります。例えば株式をハイリスクと考えた場合、プラス・マイナスの幅が大きく、また、ボラティリティが大きいことを指しています。天災リスク、サイバーリスクなどはマイナスだけです。リスクと言ってもいろいろな意味合いがあります。「リスクとは何か?」を整理することは、リスク管理を効果的にするだけでなく、チャンスにつなげるうえでも大事です。
経営層をリスク管理に巻き込む方法は?
ー続いて寄せられたのは「経営層をリスク管理に巻き込む効果的な方法は?」。経営層のリスクに対する意識が高くても、日々の業務に追われているなかでは優先順位が下がってしまうもの。この課題に対する、玉村さんと羽村の答えは?
羽村:メルカリの場合、幸いなことにトップのメッセージに「リスクを減らさないと、事業推進できない」「だからリスクを減らす施策を考えよう」があるんです。メルカリのグループ会社にはペイメント事業を行うメルペイがあります。ここでも、リスクを減らして事業を推進するよう、僕も他の経営陣とともに日々取り組んでいます。
ー「そこで肝になっているのが、リスク管理の伝え方です」と、話を続ける羽村。
羽村:「『こんなリスクがあります』と伝えているのに、経営陣が動いてくれない」という話をよく聞きますが、僕自身もメルカリに入社してから苦労していました。リスク管理の概念はわかるけれど、具体的に何をすればいいのかわからない。ただただリスクの可能性を伝えるだけでは、伝わらなかったんですね。それに、リスク管理自体がテクニカルに聞こえて、なんだかつまらないとの声もありました(笑)。そのため、リスクの話をするときには、説明が複雑なものはポイントを絞って的確に、シンプルに伝えるように心がけています。そのうえで今、リスク管理をよりわかりやすく伝えるためにフレームワークを立体的にしようとしているのです。とにかく伝え方を「デザイン」したリスクマネジメントの実践により、経営陣により刺さるリスク管理を模索しているところです。
玉村:リスク管理において、経営層の意識は大事です。僕も東京海上勤務時代は、いろいろなマニュアルをつくったりしていました。そして、会社の意思決定のなかにリスク管理を組み込んでいく。例えば、保険会社で新商品をつくるとき、あるいはM&Aを行うなど、重要な意思決定には、必ずリスク管理部門のチェックが入るフローにして、リスク管理的な論理を組み込むようにする。そうすると否応なしにリスク管理や経営企画に関係のない役員も含めて、社内は勉強しなくてはいけなくなるし、社内のリスクマインドは高まり、リスクカルチャーは醸成されていくと思います。リスクは管理するだけでなく、「何が良かったのか・悪かったのか」を事後的に評価することも必要です。
羽村:メルカリでは「発生可能性」「リスクが顕在化したときのインパクト」をもとにリスクを見える化して、業務の優先順位をつけています。また、担当者が変わっても陳腐化しにくい円滑な業務プロセスをつくる「メカニズム化」という取り組みも進めています。
ー続いて紹介された質問は「定量的なデータではなく、定性的なシナリオを元にリスク評価を行う手法の新潮流とは?」。
玉村:10年ほど前は、例えば1000年に1回の頻度で発生する事象を考えるといったバリュー・アット・リスク(Value at Risk)の全盛期でした。言葉のとおり、シナリオごとにリスク量を測定し、企業に与える影響と対応策を考えるプロセスです。ストレステストはバリュー・アット・リスクの補完的な位置づけだったものが、だんだんリスク管理の判断の主役になってきたように思います。僕がリスク管理部長だったころは、ちょうどリーマショックや東日本大震災があり、バリュー・アット・リスクの検証材料としても話題を集めていたころでした。シナリオがあるからこそ、経営層にも刺さりやすいし、具体的な行動にも移しやすいメリットがあります。
ーさらに、シナリオがあることによるメリットを語る玉村さん。
玉村:シナリオがあることで、「◯%の確率で発生するリスクが顕在化した際にはこうする」みたいなものも具体的になります。そうすると、頭の体操としてシミュレーションするので、優先順位もクリアになる。僕も実際に行いましたが、経営層も真剣に取り組んでくれて、けっこう効果的だった記憶がありますね。
ー玉村さんが例に挙げた「バリュー・アット・リスク」「ストレステスト」。それに対して、羽村が有効な手段として話したのは「エマージングリスク」でした。
羽村:メルカリはIT企業なので、サイバーアタックやクラウドがダウンしてしまった場合どうするのかなど、将来を見つつ現在のリスク管理を試行錯誤しながらつくろうとしています。そこで役立つと考えているのが「エマージングリスク」です。エマージングリスクとは、海外の事例などを見ながら未来に起こりうる事象を想定して現状のリスクを整理する観点です。僕の場合、時折参考にしているWorld Economic Forumの「The Global Risks Report」などの海外の事例です。こういったものを見ながら「何が倒れると、何に影響するのか」を想像力を働かせて考えるリスク管理は、とても面白く役立ちます。とは言え、メルカリではエマージングリスクの本格的な活用はこれからですが。
事業会社としてのリスクファイナンスや資本の有効活用をどう考える?
ー玉村さん、そして羽村が勉強会のところどころで言及している「リスク管理にかかるコストと収益のバランスをとる難しさ」。質問にも、「リスクファイナンス(財務面でのリスク対策)の考え方と資本の有効活用は?」と問われたものがありました。
羽村:「事業会社」としてお話しすると、何かリスクが顕在化したとき、会社の運転資金や資産が潤沢にあり、ゴーイングコンサーン(継続企業)にするために必要なものをどう定義するかによると思います。そこから、見合った費用かどうかを検討する。難しいのは、サイバーアタックのように予見できない巨大ロスも起こりうること。リスクの予防に時間をかけられるけれど、いざ顕在化したときの対応があまり進まない事態はよくあります。だからこそ「いざというとき、いくら必要なのか」を明確にしておく。とは言え、メルカリも模索中なので、リスクファイナンスは経営課題の1つでもあります。
玉村:リスクファイナンスを経営課題としている事業会社は、多いと思います。違いがあるとすると、リスクファイナンスの目的あたりでしょうか。守るべきは経済資本か規制資本か、貸借対照表か、損益計算書かなど、会社にとって何が大事なのかは異なります。これをはっきりさせるには、平時のうちにリスクを定量化すること、会社の弱みに適したファイナンス手法を明確にすること、そして有事の際のファイナンスの発動タイミング、どの手段を頼りにするのかなどメニューを考えておいたほうがいいです。
事業会社で、アクチュアリー経験は活かせるのか?
ー当日はリスク管理に関するものだけでなく、キャリアやスキルに関する質問も寄せられていました。
羽村:「FinTech企業のリスク管理において、特に金融機関での経験が活きる(または活きた)と感じる事例を教えてください」という質問についてです。僕自身、監督当局対応、リスク管理や資本・資金管理のフレームワークづくりなど、金融機関での経験や知見が非常に役立っています。一方、先端技術を事業に取り入れている部分も多く、例えば機械学習に関する「リスク管理」は前例がなく、まさにパイロットケースをつくっていかなければならないと考えているところです。
ーそして、「アクチュアリーの経験は活きているのかどうか」「アクチュアリーの伝統的な業務をしていた人たちが他の企業へ行ったときのために知っておくべきこと」。自分自身もアクチュアリーである羽村の答えは、はっきりとした「No」でした。
羽村:答えはNoです。大学時代に学んだ経済学がそのまま業務に活かせるわけではないように、アクチュアリーで学んだ知識をそのまま持ち込むことは難しいです。ただ、メルカリにはメルペイというペイメント事業があり、モデルリスク管理、信用リスク管理、流動性リスク管理など、アクチュアリーの考え方や数学の素養が活かせるところが多々あります。当然ですが、アクチュアリーという職種に絞られると、業務のスコープが狭まります。重要なのは、自分のComfortable Zoneから飛び出ていくこと。データのその先にあるもの、例えばペイメント事業だと、購買データの先には店舗での購買行動があって、そこにはマーケティング戦略も紐付いている。こうしたことを数理的に捉えながらリスク管理していきたいと思います。
玉村:東京海上でも私の部下にアクチュアリーが何人もいましたが、CFO、CROといった経営ボードに入ることを目指すのか、あわよくば社長とか(笑)。それとも専門職の道を極めるのか。そこをフラフラしている人には、キャリアビジョンを決めたほうがいいと話していました。あとは、羽村さんの言ったとおり。勉強しただけでは役に立たない。そこでは勉強で培った知識をベースに実務レベルでいろいろ思考を凝らすようにする。ベースとなる学問を究めたら、そこから広げていく。それをくり返す習慣を付けたら、それは武器になると思いますね。
ー当日は「まだ話し足りない」という雰囲気のなか、幕を閉じた今回の#メルカリ勉強会。リスク管理と言えど「何をリスクとするか」は企業によって異なりますが、抱える課題や悩みは共通していることが今回の勉強会ではっきりしました。今後もメルカリでは、グループ内での知見を発信し、アウトプットが集まる場づくりをしていきます。次回の勉強会も企画中ですので、またメルカンでも取り上げていきます!
-
玉村勝彦(Masahiko Tamamura)
東京海上火災保険株式会社(現東京海上日動火災保険株式会社)にて資産運用・経理・経営企画業務などに従事。M&A関連業務も担当し、国内初の保険持株会社(株)ミレアホールディングス(現東京海上ホールディングス(株))の設立。持株会社体制の構築にも尽力する。その後、東京海上日動あんしん生命保険株式会社企画部部長、同社経理財務部長を経て、2010年より東京海上日動火災保険株式会社及び東京海上ホールディングス株式会社リスク管理部長として、東京海上グループのERM体制を構築。同社執行役員、常務執行役員を経て2018年退任。 現在はIFA株式会社 執行役員CSO、みらいコンサルティング株式会社顧問を務める。
-
羽村友城(Tomoshiro Hamura)
東京海上火災保険株式会社(現東京海上日動火災保険株式会社)にて、経営企画、リスク管理、経理、商品開発等を歴任したのち、2014年よりSwiss Reでチーフ・リスク・オフィサー・ジャパン(CRO Japan)として、リスク・ガバナンス、リスク認識、リスク文化の醸成に従事。 2018年12月より株式会社メルカリに参画。2019年7月よりChief Risk and Compliance Officer(CRCO)、2019年9月よりChief RiskOfficer(CRO)を務める。日本アクチュアリー会正会員。