経営やコーポレート部門に携わるビジネスパーソンが知見や最新トレンドを共有し合うコミュニティとして、メルカリが企画・実施するビジネスカンファレンス「THE BUSINESS DAY」。2016年からスタートし、今回で4回目を迎えました。
3回目に引き続き、4回目もオンラインで開催。昨今の新型コロナウイルス感染拡大により、IT企業を中心にリモートワークにシフトするなか、経営・組織戦略や企業の課題は今後どのように変化していくのでしょうか。
この記事では、「withコロナ時代のコミュニケーション・ブランディングに求められる新しいビジネス様式」と題されたセッション内容を公開。新型コロナウイルスによってもたらされた未曾有の事態に、企業、そして個人はどのようなコミュニケーション、アクションをとっていくべきなのか。それぞれの考えを明かしました。
この記事に登場する人
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本田哲也(Tetsuya Honda)株式会社本田事務所 代表取締役/PRストラテジスト。「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」にPRWEEK誌によって選出された日本を代表するPR専門家。セガの海外事業部を経て、1999年にPR会社フライシュマン・ヒラードの日本法人に入社。2006年にブルーカレント・ジャパンを設立し代表に就任。P&G、花王、ユニリーバ、アディダス、サントリー、トヨタ、資生堂など国内外の企業のPR支援を手掛ける。19年より、株式会社本田事務所としての活動を開始。著書に『戦略PR 世の中を動かす新しい6つの法則』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)などがある。 -
青木正久(Masahisa Aoki)丸井グループ 取締役上席執行役員 共創投資部長。1992年に株式会社ムービングへ入社。2009年に株式会社丸井へ異動し、新宿マルイ アネックス店長やアニメ事業部長を経て、2017年に執行役員就任。2019年4月に上席執行役員、株式会社丸井代表取締役社長。同年6月よりグループ取締役に就任。 -
吉高まり(Mari Yoshitaka)三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 経営企画部副部長。IT企業、米国投資銀行等に勤務。ミシガン大学環境・サステナビリティ大学院(現)科学修士。2000年三菱UFJモルガン・スタンレー証券(MUMSS)にてクリーン・エネルギー・ファイナンス部を立ち上げ。環境金融コンサルティング業務に長年従事。ESG投資及びSDGsビジネスの領域で多様なセクターに対しアドバイス・講演・調査等を実施。三菱UFJ銀行戦略調査部、MUMSS経営企画部兼務。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科非常勤講師。UN Women-WE EMPOWER Japanアドバイザリー・グループメンバー、環境省中央環境審議会地球環境部会臨時委員等の政府委員も務める。2020年5月より現職。 -
田原純香(Sumika Tabara)メルカリBrand Managementチーム、マネージャー。大学卒業後、Accenture、A.T. kerneyにて経営戦略コンサルタントとして勤めたのち、Interbrandにてブランド戦略コンサルタントとして従事。2018年10月にメルカリに入社。社長室にてリスク管理プロジェクトやESG立ち上げプロジェクトなどに従事した後、現在に至る。
未曾有の事態は、各業界にどんなインパクトをもたらしたか
ーセッションスタート直後、最初のテーマとなったのは、コロナ禍において最もインパクトを感じた出来事について。丸井グループの青木さんが明かしたのは、全国展開するからこその発見でした。
青木:丸井グループには30ほど実店舗があります。全体的に厳しくなることは予想していたのですが、蓋を開けてみると非常に都心の店舗が厳しく、郊外は好調という結果になりました。これは、今までとまったく逆の構図。経営的にも非常にインパクトがありました。
写真左上から、田原純香、吉高まり、本田哲也、青木正久
ー続いては、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの吉高さん。金融業界全体ではなく、各業態ならではの動きについて解説しました。
吉高:今回最も影響を受けたのは“働き方”ではないでしょうか。金融機関は個人情報を扱っているためセキュリティが大変厳しく、在宅勤務のハードルは高かったんです。しかし、もうそんなことは言っていられない状況でしたね。
先日、金融業界で働く女性の集まりに参加したのですが、各業態によってインパクトは異なるようです。例えば、銀行で働いている方は「エッセンシャルワーカーとしての使命を感じた」と言ってました。しかし、証券会社で働いている方は、自宅でトレーディングをしているとお客さんから「家でやらないでほしい」と言われたそうです。金融業界と一括りに言っても、千差万別。なかでも個人として変化を感じたのは、ESG投資へのニーズの高まりです。
ー最後に口を開いたのは、PRストラテジストの本田哲也さん。PRの最前線に立ち続けている本田さんも多くの仕事がキャンセルになったと話します。しかし、生活様式が変わっていくことにチャンスも見出しつつあるそうです。
本田:コロナ禍は、広告を含めてPR業界全体にいろいろな影響を与えました。まずはイベントが軒並みキャンセル。PRや広報の文脈でいうと、記者会見なども中止になりました。メルカリはオンラインに切り替えていましたが、広報の方は相当苦労したと思います。私自身も、いくつかの仕事がキャンセルになりました。一方、生活様式が変わることで「PR戦略を再構築したい」という相談もいただくようになったのは発見でしたね。
ブランディングの定義を再考する3つのキーワード
ーそして、話は本題へ。これまで、「ブランディング=企業やサービスと顧客との関係」と定義されてきました。しかし、コロナ禍によってさまざまな常識が通じなくなった今、ブランディングの捉え方も見直していく必要があります。
田原:顧客だけではなく投資家や取引先、パートナー、あとは社内メンバーなどのステークホルダーからの期待値の変化をキャッチし、アクションやコミュニケーションに変えていく。このあたりが企業に問われていることだと思いますが、いかがでしょう?
本田:個人的には3つのポイントにまとめられると思います。1つは「ニューノーマルにおける新たなエンゲージメント」。ブランディングにとってエンゲージメントは大事な要素です。でも、ライブのように空間を共有することでつくりあげたエンゲージメントは今まで通りにはいかなくなる。単に「オンラインイベントをやりましょう」という話ではなく、「物理的空間を共有しないで間合いを詰める」みたいなところがポイントになってくると思います。
本田:2つ目は、受け手、生活者側の変化ですね。SNSによって同じ興味・関心を持った人がつながれるようになりましたが、その流れは新型コロナウイルスの影響によって加速したと思っています。性別や年齢ではなく価値観によるつながり。それが細分化されてきています。その同じ価値観を共有する小さな母集団への打ち出し方は、より深く考える必要があるのではないでしょうか。
3つ目は、ストーリーの重要性ですね。今回のことで自分都合の情報発信が回避される流れになってきていることに気づいたと思います。いかに社会のなかで共有できるストーリーを企業や個人が発信していくか。ストーリーの重要性が増していく感覚はあります。
ー「物理的空間を共有するからこそ醸成される一体感が失われつつある」と示唆する本田さん。では、オフラインで店舗を展開する丸井グループはどのような変化を感じているのでしょうか。青木さんから、デジタル化の渦中にある小売業界のリアルが語られました。
青木:確かに、今後はだんだんと共感の場が少なくならざるをえないと思います。丸井は、実店舗を中心に商売してきた歴史が長かったわけですが、数年前からEC化が進み、社会のうねりは大きく変化しました。「実店舗でモノを売る」というビジネスモデルにも限界が見え始めています。
ただ、だからこそそういった物理的空間は貴重になっていく。今までは洋服を買うために足を運んでいた丸井が、貴重なリアル体験を共有・共感する場になっていき、エンゲージメントそのものが変わっていくと思います。リアルの価値を追求していくというか。
本田:おっしゃる通り、相対的にリアル体験はどんどん贅沢化していきます。今まで嫌でしかたなかった「通勤」が、久しぶりだとすごく気持ちよかったみたいな声もありますよね。
一方、PRの立場だと、手っ取り早く共体験をつくれるため戦術として「イベント」を選んでいたのですが、それができなくなる。オフラインかオンラインかというよりも密度の高い共体験をつくっていかなければならないと感じています。
田原:オンラインとオフラインが逆転してきていますよね。オンラインがノーマル、オフラインが熱狂ゾーンみたいな。私自身、今日久しぶりに外出し、深呼吸して、「世界ってこんな空気なんだ」とけっこう感動しましたよ。そういう体験の設計は1つのヒントかもしれませんね。
アクションの伴わないパーパスに、ステークホルダーは心打たれない
ー続いては、生活者側の変化について。個人における価値観は、どのように変化していると感じているのでしょうか?
吉高:テレワークでネット証券についていろいろ調べる時間があったからなのか、漠然とした将来の不安があったからなのかわかりませんが、今回のコロナ禍で、ネット証券の口座数が急増しましたね。
本田:全体的には、利己的から他己的になっているということですね。特にミレニアムズ世代にとって顕著だというデータも示されています。
ただ、誤解してはいけないのが、企業のパーパスはSDGsやエシカル、ソーシャルグッドみたいな文脈と必ずしもイコールではないんです。SDGsの領域のどこかに無理やり関連させると、表面的なソーシャルグッドになってしまう。企業のパーパスを人間に置き換えると、僕は“自分らしさ”みたいなことだと思っていて。企業の成り立ちや企業の価値観から派生されるべきなので、必ずしも社会課題とは一致しないケースがあると思います。今回のようなときにどういう動きをするかで、法人も個人も本性がバレてくるのではないでしょうか。
田原:丸井グループは創業時から一貫して社会に対する理念をしっかりと掲げている印象を受けます。まさにそれがパーパスなのだと思いますが、どう変化を感じていますか。
青木:丸井グループでは、店舗以外に「エポスカード」というフィンテック事業もやっていまして、たまったポイントを寄付する動きが非常に多くありました。それがこのコロナ禍で、グッと増えましたね。若い方を中心に、社会課題が身近な関心ごとになってきていると思います。あとは、企業が本気でSDGsやECGに取り組んでいること。企業は顧客に選別される立場にあるとすごく感じていて。同じモノを買うなら、社会に目を向けている企業じゃないと今後商売として生き残っていけないと考え始めています。
ーでは、パーパスを伝えていくうえでうわべだけのコミュニケーションにしないためにはどうすればいいのではないでしょうか。本田さんの考えは「言語化すること」。
本田:まずは言語化することですよね。でも、言語化したことをそのまま新聞広告に出してもしょうがない。そもそもつくり上げるというより、暗黙値化している企業のDNAを現代風にアップデートしていくことであぶり出すような話なので。これがパーパスの策定業務だと思います。
ただ、きれいにまとまったとしても、そのまま広告に出したり、WEBサイトに提示するのはまた違う。まずはアクションに落とし込んでいくわけです。今回のコロナ禍でもアクションベースで動いた企業とそうでない企業が散見されましたよね。マスクをつくったり、啓発的な広告を出したりは、アクションベースです。アクション、すなわち実行していること自体が最強のブランディング。その裏にパーパスがあるという状態です。
田原:すごく勉強になります。パーパスとは見えるモノだが、見せるモノではない。本当にその通りですね。
サスティナブルな価値を見せる重要性
田原:では、今のお話にステークホルダーの視点をちょっと加えてみたいと思います。もう少し広い視野、投資家や取引先、パートナーのお話をお聞かせいただきたいのですが、丸井グループはステークホルダーにどのようなアクションをされたのでしょう?
青木:店舗では全館4〜5月とほぼ2ヶ月間休業。4月の段階で、「2ヶ月分の家賃を取引先さんに請求するのはやめる」という判断をしました。取引先は、ステークホルダーでもありますし、一緒にやってきた仲間ですからね。取引先が苦しんだら、結果、丸井が苦しむことになってしまう。「だったら一緒になって苦しみを分かち合おう」という経営判断をしました。結果としてより強固なパートナーシップが築けたと思います。
田原:これこそが“アクション”ですよね。吉高さん、投資家の方から見たときに企業価値の評価の仕方はどう変わってきているんですか?
吉高:まず、今の青木さんのご説明は、投資家が非常に評価すると思います。経営者がすぐ対応できるのは、ステークホルダーの視点で評価されるポイントです。投資家が求めるのは、ステークホルダーの視点を取り入れ、エンゲージメントしながら、パーパスをつくっていく姿。サスティナブルな価値を見せていくことが重要だと思います。
日本の場合、これまで環境報告書とかで真面目にデータを見せることが主流で、将来に対するパーパスを語るような情報開示が非常に不得手なんです。投資家が欲しい情報と記号が出す情報にはギャップがある。そういった観点で考えると、SDGsはある種のコミュニケーションツール。SDGsのファンドもできてチャンスは増えていると思うので、日本企業はもっとコミュニケーション力を磨いていただきたいと思います。
田原:本当にいろいろな面で変化が起きていますよね。情報開示の仕方もいわゆるマス目みたいになっていて、「ここを埋めていけば及第点」という状態ではなくなってきている。将来へのまなざしみたいなものを含めたコミュニケーションが求められています。丸井グループは、ESG投資家からの評判がすごくいいですが、そのあたりはいかがですか?
青木:やはり、実店舗でお客さまと接点があるのは、かなりアドバンテージになると思っています。現在、丸井では再生可能エネルギー100%を目指しており、新宿の丸井本館では実現しています。店舗へと足を運ぶことでお客さまが再生可能エネルギーを知り、ご自宅も切り替えるきっかけを提供できる企業になれたら幸いです。
吉高:投資家に対するコミュニケーションもそうですが、生活者や従業員をちゃんとエンゲージメントできているか。そのあたりを投資家はよく見ていますよね。
不確実性の高い未来に、企業がコミュニケーションしていくこと
ー新型コロナウイルスだけに関わらず、今後もさまざまなリスクが想定されます。不確実性の高い未来に対して、企業はどのようにコミュニケーションをとっていけばいいのでしょうか。
本田:今回のコロナ禍でよかったことがあるとしたら、世の中のバリューチェーンが可視化されたことだと思います。要は、世の中がどうやって動いているのか。普通に生活していると、案外見えないんですよね。裏を返すと、企業もいろいろなステークホルダーのなかでバリューチェーンがあって、世の中を形成している。当たり前の話なんですが、前よりも世の中から見やすくなったのは、大きな変化だと思います。だからこそ、ステークホルダーへのコミュニケーションを強化していくべき。ステークホルダーへのコミュニケーションがさらに外側に伝播し、それこそ“コミュニケーションバリューチェーン”みたいな動きを起こしていくことが重要だと思います。
田原:おっしゃる通りなんですが、ブランディングを考えるとき、そのあたりの設計がすごく難しいですよね。最初に、誰に伝えるか…。
本田:そうなんですよ。ただ、今後はステークホルダー同士の境界線は曖昧になってきて、実態としては全部溶け合っているような状態です。だから、従業員へのコミュニケーションが、実は投資家に良い価値を提供していて、そこにマスコミが反応することもあります。単にメディアリレーションしていればいいという話ではないんですよね。
田原:投資家からの評判は良くても、生活者やユーザーの指示が追いついていないとそれは評価に値しないってことですよね。これからは、コミュニケーションする相手のつながりみたいなところもウォッチしていかなければいけないので、すごく舵取りが難しい部分ではあります。
ー最後に、事前質問で挙がっていた「新型コロナウイルスがSDGs解決にもたらす影響」について。それぞれが見解を明かしました。
吉高:基本的にSDGsは全部当たり前のことなんです。特に先進国ができないとなると、国自体が残念なことになるので、SDGs解決への歩みが止まることはないと思います。ただ、SDGsに当てはまらない価値もあるので、企業はもちろん、投資家もそちらに目を向けなければいけない。環境問題に関しては、あと4〜5年がすごく重要だそうです。特に気候変動は、あらゆる人間の生活に影響してくるので。そしてまさにこれから必要になるのは、人権などの「S」の部分なのではないでしょうか。
青木:この4月〜6月にかけて、生活者の社会に対する認識がクリアになりましたよね。「この企業のSDGs、ESG、人権擁護はホンモノか」とまなざしも鋭くなりました。今後厳しくなるのは、アフターコロナ、withコロナです。丸井グループをさらにアクセルを踏むことはあっても、減速するフェーズではないと思っています。むしろアクセルを踏まないと淘汰されてしまう。そういう危機感はありますね。
本田:SDGsもいろいろ領域がありますが、コロナ禍での事象として注目されたのは大きいですよね。わかりやすいところだと、「空がキレイになりました」とか。あとはStayHomeによる女性へのDV問題にもフィーチャーされました。社会のオピニオンリーダーが多いのは、SDGsにとってはいいことなんじゃないかと思います。
―それぞれの「SDGs」の動向予想を語ったところでセッションは終了。今ようやく認知され、存在感を強めつつあるSDGsだからこそ、企業としての関わり方も強く問われていきそうです。