「無意識バイアス」という言葉をご存知ですか?ようするに、普段の生活や文化による影響で、無意識下に培われた「思い込み」。代表的なものには「子どもを持つ女性は仕事に専念できない」「外国籍だから言葉が通じない」などがあります。さらに、この思い込みが組織の多様性を妨げる要因にもなっているのです。
ということは、「無意識バイアスをなくす」は組織にとって最優先事項なのか?メルカリが全マネージャーを対象に実施した「無意識バイアスワークショップ」で注目したのは、「なくす」より「気づく」でした。
そして、2020年初めにスタートした無意識バイアスワークショップは、12月にマネージャー全員の受講が完了しました。このタイミングだからこそ、メルカリCHROの木下達夫(@tatsuo)と、無意識バイアスワークショップのプロジェクトオーナーでHRBPメンバーのCheng Tsz Kiu(@Liz)、受講者だったCREチームPM Headの國分佑太(@yuta_bnbn)で振り返ってみました。
この記事に登場する人
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木下達夫(Tatsuo Kinoshita、@tatsuo)P&Gジャパン人事部に入社し採用・HRBPを経験。2001年日本GEに入社、北米・タイ勤務後、プラスチックス事業部でブラックベルト・HRBP、2007年に金融部門の人事部長、アジア組織人材開発責任者を務めた。2011年に8ヶ月間のサバティカル休職取得。2012年よりGEジャパン人事部長。2015年にマレーシアに赴任し、アジア太平洋地域の組織人材開発、事業部人事責任者を務めた。2018年12月にメルカリに入社、執行役員CHROに就任。 -
Cheng Tsz Kiu(@Liz)2014年香港中文大学を卒業後来日。2017年12月にメルカリに入社し、メルカリのグローバル採用とD&Iプロジェクトを立ち上げた後、2019年4月からD&IとLeadership Developmentのサイドプロジェクトを持ちながらHRBPに従事。 -
國分佑太(Yuta Kokubun、@yuta_bnbn)ITコンサル1社、スタートアップ2社を経て、2018年7月にメルカリへジョイン。職種はプロダクトマネージャで、入社後はお客さま満足度向上・利用制限の改善・dポイント連携などを担当。2020年7月からCREのPM Headに着任。
「無意識バイアスは必ず起きる」からこそ、マネージャー対象のワークショップ化
@tatsuo:「無意識バイアス」とは、自分自身が気づいていないものの見方や捉え方にある歪み・偏りのこと。「マイノリティを無視するような発言はよくない」とわかっていても、普段の生活のなかで深く根ざした習慣などからくる考え方の歪みに気づくことはとても難しい。採用や評価などの大事な意思決定を左右する可能性があるので、自分の無意識バイアスを気づき、取り除くことが大事なんです。
写真左上から@Liz、@tatsuo、@yuta_bnbn
@tatsuo:では、どうすれば「無意識バイアス」を抑えることができるのか?これには、大きく次の2つのステップが必要です。
1:「無意識バイアスは必ず起こる」と理解すること
2:他人の無意識バイアスに気づくこと
@tatsuo:大前提として、無意識バイアスは必ず起こるもの。この事実を知っているだけで、意思決定の精度も上がります。続いては「他人の無意識バイアスに気づくこと」。つまり、それは自分以外の人でも起こっていると理解することですね。
しかし、2は比較的簡単ですが、1を実践するのはけっこう難しい。ならば、「無意識バイアス」をマネージャーの共通言語にすることにより、評価キャリブレーションの場などでお互いにフィードバックして意思決定の精度を高められるのではないか?そこで今年から始まったのが、全マネージャーを対象にした無意識バイアスワークショップです。世界中から集まったメンバーが出身や属性関係せず、ミッションのために一緒に頑張って結果を出したいので、なるべくバイアスを除いてみんながパフォームできるようにしたいですね。
@tatsuo:…と、こう話すと、メルカリでの無意識バイアスワークショップは今回が初めてのように思われるのですが、実は当初、@Lizさんと他の有志者でつくり上げたコンテンツでした!改めて聞きたいのですが、このワークショップを始めたのはなぜだったんですか?
@Liz:ワークショップが生まれたのは、2019年3月でした。2018年年末〜2019年頭に、社内で英語話者であるメンバーが増え「海外から来たメンバーが…」というキーワードが多く聞くようになりました。D&Iはカテゴリーの話でなく、この世のすべての人が当事者なので、もっとみんなに当事者意識を持ってほしくて教材をつくり始めたのです。
実際に現場では、日本語話者・英語話者に限らず、さまざまな無意識バイアスが起きていました。例えば、マネージャーが独身のメンバーに「他のチームメンバーが結婚しているから、あなたが出張へ行ってくれ」「僕は男性だから、この状況をロジカルに分析して説明しますね」と言っていたり…。現場でのコミュニケーションは、インクルージョンに直結します。無意識バイアスの概念をより社内に広めることで、D&Iを促進する目的もありましたね。
そして、2019年3月に初めてPeople & Cultureグループのマネージャー陣を対象に、パイロットで実施。うれしいことに好評だったので、その後、一部声をかけてくれたチームにも実施してみました。そこから徐々に知られていくようになり、2020年に入ってから、メルカリグループのマネージャーは受講必須のワークショップにしました。
@Liz:でも、今回の無意識バイアスワークショップを「マネージャーは受講必須化」としたのは、@tatsuoさんからの強い意志がありましたよね?
@tatsuo:そうですね。メルカリでは、「マネジメント定義」を3つ提示しています。それが「戦略マネジメント」「業務マネジメント」「チームマネジメント」。3つ目のチームマネジメントには、「多様な人達が活躍しやすい環境をつくる」という非常に明確な項目を設けていました。そのなかで、マネージャーは無意識バイアスを意識してマネジメントに取り組んでいくことはとても重要だと考えていたため「受講必須化」にしたのです。
実際に受講して知った「無意識バイアスに気づけない」ことの怖さ
@tatsuo:今回は「無意識バイアスワークショップは実際にどうだったのか?」も聞きたいと思っています。そこで、受講した@yuta_bnbnさんにも交えて、話を進めていきます。ワークショップは、どうでしたか?
@yuta_bnbn:たくさんの気づきがありました。特に印象的だったのは、無意識バイアスの恐ろしさの話。無意識バイアスは「気づかない」から、謝らないし、関係性を修正できない。そうすると、「あいつはどうせ…」「あいつはこういうやつだから」とタグ付けをし、ちゃんと対話をしないまま、自分が見たい現実しか見えないことになります。
@yuta_bnbn:また、ワークショップを通じて「自分が何を気づけていないのか」「自分の無意識バイアスはわからない」という事実にも気づけました。
@tatsuo:わかります。あと、善意からくる無意識バイアスは、一番危険だなと思っています。根本に「善意」があるから、周囲のメンバーも「歪んだ認識がある」と気づいても意見しにくい。例えば、子どもがいる女性メンバーを「子どもがいるから出張は無理だろう」と気遣いから自己判断し、出張の候補から外すなど。その女性メンバーの家庭で育児サポートができる状態であれば、マネージャー独自の意思決定でデモチベーションさせることになります。
@Liz:@yuta_bnbnさんは、マネージャーとして今まで現場でどういう無意識バイアスを見たことありますか?
@yuta_bnbn:「海外から来たメンバーがこの話を聞いてどう思うんですかね?」といった相談を時々受けます。僕からすると、本人たちに伝えてみてから判断してすればいい。それに、そもそも「海外から来たメンバー」という名前の人間はいません。みんなそれぞれに名前があり、人格がある。パーソナリティーを国籍でカテゴリー化して見るのは、ちょっと違うかなと思っていますね。
そのほかにも、マネジメントするうえで役立つ話がいろいろありました。人間が学習するために大事なのは「気づく」のステップ。マネジメントでも、「いかにメンバーが改善点に気づけるか」がほぼすべてて。その「気づく」のステップを飛ばして直接アクション案を提案すると、拒絶され、何も聞き入れてもらえなくなる恐れもあります。
メルカリで働くメンバーは、みんな成長意欲が高く、自分に必要なことをきちんと学ぼうとする人ばかりです。このワークショップの大前提は「気づく」だったこともあり、やはりマネージャーに求められるのは「メンバーに気づいてもらう」のステップへ促すことなんだなと思いました。
@Liz:一人ひとり、それぞれ違いますよね。そういえば@yuta_bnbnさん、無意識バイアスワークショップを受けたあと、自らファシリテーター志願してくれたんですよね!とてもうれしかったです!
@yuta_bnbn:そうですよ!無意識バイアスへの認知が広がったほうが、組織はよりよくなる。みんなに知ってもらう価値があると思ったので、ファシリテーターを引き受けました。何より、ファシリテーターとして無意識バイアスを伝える側に回れば、自分もより深く学べるし、自然と気付けるようになるんじゃないかと(笑)。今後はより多様なバックグラウンドを持つメンバーと一緒に仕事をする機会が増えるので、無意識バイアスは欠かせなくなると感じていました。
人事・採用における「アンバイアシング(偏見の排除)」の重要性
@tatsuo:@yuta_bnbnさんの話を聞いて思い出したのですが、人事領域で最近よく耳にするのが、行動経済学からきた「ナッジング」。これは、何かを強制させるのではなく、気づかせるために働きかけるというコンセプトです。例えば、採用やマネージャー登用プロセスのなかに「他の属性のメンバーを検討したいか」を考える要素を加える。そうすると「自分はもっと幅広いタレントプールを検討すべきかもしれない」と気づく機会を与えられる。最近では、いろいろな人事の仕組みにこういったステップを組み込もうとする働きもありますね。
採用においても、多様な環境のなかで無意識バイアスに気づくことは非常に大事。同じ属性の人たちだけで面接すると、どうしても似た人材を多く採用してしまう傾向があります。いろいろな属性の面接官に入ってもらうことで、多角的に候補者を評価し、結果的には優秀な人材を採用できる。最近では、面接官をアレンジする際も、多様なメンバーで担当できるようなプロセスを採用チームと構築しているところです。
@Liz:そのほか、HRBPチームでは評価時期に、各マネージャーに対して「評価時によく起きる無意識バイアス」の資料を展開。評価時にバイアスが起きたとき、マネージャーが気付けるように…それに加えて、私たちHRBPも指摘できるようにしています。
@yuta_bnbn:無意識バイアスに関しては、メルカリグループだけにとどまらず、社外にも展開していくとより世の中が働きやすい状況になるのではないかと思いました。日本ではまだ「少し外れた人」に対する許容度はまだ低いので。そういった意味では、無意識バイアスを知ることで、許容度を高め、社会に価値を出せるいい機会になる。今回のようなワークショップだけでなく、施策も考えていきたいですね。
@Liz:そうですね。今はマネージャー向けワークショップしか実施していませんが、受講した一部マネージャーからは、自分のチームにもやってほしいとリクエストをもらっています。そこで、コンテンツをアレンジして、チームビルディングの一部として実施したこともありました。
そのほか、自分のチームに教材を共有して、指摘を求めるマネージャーも多数いました。マネージャーが自ら指摘を求めると、メンバーにとってフィードバックするハードルが下がるメリットもあります。このように、受講したメンバーによって、社内で「無意識バイアス」という言葉を聞く機会が少しずつ増えていますね。
@tatsuo:無意識バイアスワークショップのほか、社内向けとして実施しているLGBT+ Sharing sessionなど、メルカリではボトムアップでナレッジを伝える文化があります。トップからの指示を待つのでなく、現場からお互いに教育し合っている。そこで得た気づきを@yuta_bnbnさんのように各々のメンバーが持ち帰るのは、本当に素敵だなと思っています。無意識バイアスも、メルカリの文化で培われてきたと実感しますね。
「意識できること」と「指摘できること」はまったく違う
@tatsuo:とはいえ、メルカリのアンバイアシング(偏見の排除)の道はまだ始まったばかり。今ようやく、無意識バイアスをわかってもらえた段階なので、ここから先は「共通言語」にしていくフェーズです。そういう意味でも、メンバーレベルでもっと知識を広めていきたいですね。メンバーそれぞれが無意識バイアスの基礎知識を持っていれば、マネージャーもフィードバックしやすくなるはず。それに、知識だけでなく心理的安全性も大切です。
@Liz:私も非常にアグリーです!無意識バイアスに関するインプットはできましたが「意識できること」と「指摘できること」はまったくの別物。たとえ共通言語があっても、心理的安全性が担保されていないと話しにくかったりします。なので、無意識バイアスに関しては、まだまだやらなきゃいけないことがたくさんあるなぁと思っています。
@tatsuo:本当にそうですね。まずは2021年からPeople & Cultureグループのメンバーに無意識バイアスのワークショップを受けてもらうなど、人事メンバーの気づきをもとに、新たな施策を展開していけるといいですね。
@Liz:素敵です!来年からは、ファシリテートガイドを公開し、より多くのメンバーが無意識バイアスを学ぶ機会を届けたいです。ぜひ一緒にやっていきましょう!