2020年12月9日、メルペイCTOの曾川景介とCBOの山本真人が「Fintechの過去・現在・未来」について語るオンラインイベントを開催しました。
テクノロジーを活用した金融サービスは年々アップデートしていて、気がつくと新しい仕組みが普段の生活で使われるようになっています。絶えず変化のあるFinTech業界ですが、2020年で起こったもっとも大きな変化は何だったのでしょうか?また、2021年どのような動きがあるのか?イベントで語った内容をお届けします。
この記事に登場する人
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曾川景介(Keisuke Sogawa)京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻修士課程を修了。
2011年にIPA未踏ユース事業に採択。大学院修了後にシリコンバレーの FluxFlex社にてWebPayを立ち上げる。ウェブペイ株式会社の最高技術責任者(CTO)としてクレジットカード決済のサービス基盤の開発に従事、LINEグループに参画しLINE Pay事業を経験。2017年6月メルカリグループに参画。 -
山本真人(Masato Yamamoto)2004年 東京大学大学院 学際情報学府 修士課程修了。NTTドコモを経て、2008年よりGoogle JapanのEnterprise部門 Head of Partner Salesを務める。2014年にはSquare JapanにてHead of Business Development and Sales、2016年からはApple JapanにてApple Pay 加盟店事業統括責任者を務める。2018年4月にメルペイに参画し、CBOとして金融新規事業(Credit Design)や加盟店開拓など、ビジネス全般を担当。2021年1月よりCOOに就任。
1998年に産声を上げた「FinTech」、約20年の歩み
山本:まずはFinTech業界の歴史から振り返っていければと思っています。とはいえ、FinTech業界にもさまざまなジャンルがあります。全部を網羅していこうとすると、すごく時間がかかってしまうので、今回は決済領域に近い部分を中心に曾川さんと話していきます。
曾川:FinTech業界のファースト・ムーブメント、いわゆる”第一世代”は今から約20年前くらいに遡ります。Googleが立ち上がったのが1998年なのですが、実はオンライン決済サービスのPayPalの立ち上がりも同じくらいのタイミングです。このころはインターネットで買い物する行為は一般的ではなかった。日本でもクレジットカード決済できる仕組み自体はあったと思いますが、あまり使われていなかった印象です。
山本:もともと、決済は“対面で行うもの”。そこから少しずつ支払う側も支払われる側も「いかに非対面でセキュアに決済を行えるか」という課題が生まれてきた。それに対するいろんなサービスが出始めたタイミングだったかなと思います。
曾川:その6年後、2004年に日本で面白い決済サービスが生まれました。それが「おサイフケータイ」です。今でこそiPhoneユーザーはApple Payで支払いをしたり、Androidユーザーはおサイフケータイで支払いをしたりしていますが、実はおサイフケータイが誕生したのは2004年なんですね。これを遅いと見るか、早いと見るか。よくFinTechの話をすると「日本はダメだ」という人がいますが、おサイフケータイが2004年に登場していたのはすごいことです。ただ、あまり使っている人がいなかったようですが。
山本:当時、自分はおサイフケータイが搭載された携帯電話を使っていましたね。最初はEdyしか対応していなくて、チャージもコンビニでしかできなかった気がするので。ただ決済機能を載せた感じはありました。とはいえ、携帯だけ持って外に出て買い物ができるのはすごいと思い、当時から使っていましたね。
曾川:衝撃でしたよね。世界では「携帯電話=通話する道具」と思われていたころにお財布機能が搭載された。とても示唆深い。それに加えて、2004年はもう1つ重要なことがあって。Alipay(アリペイ)が設立された年なんです。AlipayはECが伸びたことで成長していくのですが、実は、おサイフケータイと同じくらいの歴史があるんです。
FinTech第二世代が目指すのは「バージョンアップ」
山本:端的に言うと、第一世代はどうやって決済をインターネットやモバイルで安全に行えるようにするか。これにチャレンジし始めた位置付けですね。逆に第二世代ではどのように変わっていくんでしょうか?
曾川:第二世代は“バージョンアップ”していった側面が強い。先ほどのPayPalを軸に話を進めていこうと思いますが、PayPalが2013年に買収したAPIやSDK(ソフトウェア開発キット)などオンライン決済のために必要なサービスを提供する「Braintree(ブレインツリー)」が立ち上がったのは2007年です。
また、決済サービスプロバイダのAdyen(アディエン)が登場したのは2006年。決済サービスであるStripe(ストライプ)が登場するよりも早くに生まれているんですよね。Braintreeが2013年にPayPalに買収されてから直近3年でかなり成長しているという記事が出ていたのを覚えています。
このころにiPhoneなどのスマホが登場しアプリが使われるようになります。そして、FinTechでもアプリに組み込むSDKが登場。誰もがWebアプリをつくるようになりました。それにより、いろんなビジネスに決済機能をつける傾向が強まったのです。
写真左から、曾川景介(メルペイCTO)、山本真人(メルペイCBO)
山本:スマホが出始めたことで、それが加速した感じですよね。
曾川:リーマンショック前後にBraintreeやAdyenが登場してFinTechの流れが明確になっていきました。また、同時にビットコインが登場。このあたりがFinTech業界の第二世代ですね。
山本:2009年にビットコインの運用が始まり、2010年に初めてビットコインが決済に使われたんですよね。また2010年付近でvenmo(ベンモ)やSquare、Stripeが登場し始めました。
曾川:Squareが初めて登場したときは、ドングル型(クレジットカードを専用端末に差し込むことで決済を行うスタイル)のクレジットカード決済サービスを提供していましたよね?
山本:2009年ごろはまだUberがなく、タクシードライバーやフードトラックの運営者がクレジットカード決済を受付けられていなかったんです。それを可能にしようと、ドングルを活用してクレジットカード決済をできるようにしたのがSquareですね。
曾川:その後、2010年にStripeが登場するんですよね。StripeはSDKを出していたり、APIが簡単だったりしました。
Stripeは、カナダのEC向けプラットフォーム「Shopify(ショッピファイ)」と密に連携。Stripeを成長させたのはShopifyで、Shopifyを成長させたのはStripeだと言われているくらい、相互のエコシステムが発展したことでともに成長できた。これは決して偶然ではなく、必然で伸びたものだと思います。
ちなみに、Stripeって最初は「/dev/payments」って名前にしてて、エンジニアにしか伝わらない会社名だったんですよね。
日本が先行していたはずのFinTech、後手になった理由は?
山本:加盟店を便利にするサービスの提供会社と、加盟店自体が伸びていくケースはけっこうありますね。最近ではAffirm(アファーム)がまさにそう。フィットネス動画サブスクリプション「Peloton(ペロトン)」の決済の多くがAffirmで行われているそうです。
また、Squareも最初はコーヒー業界との連携が強かった。例えばスターバックスのハワード・シュルツはSquareの社外取締役にも就任。Squareはスターバックスで導入されたことで安心感が増し、伸びてきました。その後、ブルーボトルコーヒーで使われて一緒に伸びた。事業者を支援するtoB向けのサービスが加盟店とセットで伸びていくのは、面白いところですね。
曾川:venmoは送金アプリだと思われていますが、最初はクレジットカード番号をアプリ間でシェアできるSDKみたいなサービスでしたよね。そういう意味で、Braintreeが2012年に買収。2009年ごろにvenmoが登場します。Affirmはそのあとくらいのタイミングですよね?
山本:たしか、2012年ですね。
曾川:FinTechという言葉が使われ始めたのも、それくらいのタイミングでした。昔からファイナンスとテクノロジーが掛け合わさった領域だと誰もが思っていたのですが、FinTechという言葉が造語として誕生したのが、このころだと思います。2013年になってからWeChat PayやSquare cashがスタート。同時に、venmoも送金できるサービスが始めていました。
山本:Square cashを始めたときには、venmoはかなり使われているサービスになってましたね。アメリカはデビットカードで銀行口座と接続する手数料が数円しか発生しないので、日本でこれをやったら成り立たない。しかし、手数料が安いと、こういうサービスが立ち上がるのかと思って見ていましたね。
曾川:ちなみにvenmoに関して、最近こんなツイートを見たのですが、面白いなって思いました。これをみると一時はvenmoが圧倒していましたが、square cashが盛り返してきている。見逃せないのは地域ごとにシェアが移り変わっていくこと。これは送金アプリにある種のローカル性があると伝えてくれています。使われる場所やシーンに注目して、私たちもシェアを伸ばしていきたいですよね。
that competitor you thought you didn't need to worry about due to your unimpeachable network-effect-derived moat pic.twitter.com/V9OZuqyFJB
— Brett Winton (@wintonARK) December 21, 2020
曾川:その後、Apple Payが登場。昔は、日本がモバイル決済を先行していたはずなんですけど、気が付いたら追いかける立場に変わっている。自分たちがつくっていたキャリア中心のプラットフォームから、いわゆるOSを持っている人たちのプラットフォームに主戦場が変わっていったため、後手になってしまったのです。Android Payも登場しましたが、あまり使われずGoogle Payにつくり替えられました。そして、2019年にメルペイをリリース…と、そんな歴史ですね。
山本:インターネット・モバイルで安全に決済を行えるようにすることで世に広げていくプレイヤーが、1998年に初めて登場しました。そこから約20年かけて現在に至る、という感じですね。
2020年にFinTech業界で起きたのは、業界再編
山本:2020年は新型コロナウイルス(以下コロナ)の影響で、いろんな動きがありました。この1年のFinTech業界の動きを曾川さんはどう見ていますか?
曾川:コロナによって変化が起きた1年ですね。「現金を使いたくない」とスマホ決済を使う人が増え、ECも活発になり、オンライン決済が利用されるようになりました。
FinTech業界の人たちにとってEC化率やキャッシュレス比率が上がることはポジティブなことなので、私たちにとっては推進したい社会的なイシューが前進しました。ただ、みんなが困っている状況下で起きたことなので良かったとも言いにくい。コロナ禍で普及率が上がったあとも使い続けてもらえるようにすることが大事です。
山本:皮肉なことに、テクノロジーが世に広がるタイミングと、社会的に大きな出来事が重なると影響力も大きくなる。例えば、クラウドサービスも「持たない経営」ができ、コストを押さえられる理由でリーマンショック直後に伸びていきました。
キャッシュレスも前から重要性は言われてましたが、コロナ禍でより伸びているのは皮肉ながらも関連性はあるのかなと思います。
曾川:そういう事態が発生したとき、テクノロジーは我々をエンパワーしてくれる。何のために技術があるかと言うと、人がよりよく生きるためだと思っているので、エンジニアとして貢献できるのは嬉しいですし、このタイミングでできていることは準備してきて良かったです。また、この後も使い続けてもらえるようにサービスとしては信頼性を高めることに取り組んでいかなければいけない。
ただ、FinTech業界としては毎年起こるインシデントに関しては頭を悩ませていて。自分たちも当事者の一人として、きちんと対応しなければならないと思いますね。
山本:エンジニアや技術という観点から、インシデントをどう捉えていくべきか。どういう活躍ができるか。そこはどうですか?
曾川:2019年にいろいろな問題が発生したときから、LINE PayやPayPayとともに「インシデントが起きたときは何をしているか」など、セキュリティに関する情報交換を実施。それが、うまくワークしていると思います。各社に対して似たような攻撃があるので情報交換をすることは重要ですし、そうした知見は業界全体に広がった方がいいからこそ実施したものでもありました。またキャッシュレス推進協議会もあるので、私たちが何を考えているか、攻撃に対してどのような対策が必要化なども伝えています。
あとは2020年はメルペイがOrigamiを買収したり、PayPayとLINE Payをそれぞれ持っているZホールディングスとLINEの経営統合など、業界の再編が起きたタイミングだったなと思います。
山本:また、パートナーシップで言えばメルペイはNTTドコモのコード決済サービス「d払い」と連携し、共通した1つのQRコードで双方の決済が行えるようになりましたね。そういう意味でも、業界の再編は大きなテーマですかね。
曾川:ある程度サービスが使われるようになったり、伸びたりしたことで、FinTech業界が棲み分けられるようになったので、再編が起きたのかなと感じます。あと、2004年に誕生したAlipayがIPOを失敗してしまいましたが、次のフェーズへ進もうとしている。1998年にできたPayPalがその10年後に生まれたビットコインを組み込んだのも、大きなパラダイムシフトでしたね。
山本:Squareもビットコインで大きく伸びるなどありましたね。複数のサービスの統合や、技術的に異なるものの連携と言う観点で、エンジニアとして難しい部分、逆にできることの広がりなどはありますか?
曾川:FinTechは他の人たちが使ったり、他の人たちと一緒にやったりすることで価値を発揮するサービスです。統合によって相互のサービス連携が進むので、エンジニアとしてはいかに外部サービスとの連携を深めていくかが重要になります。
メルペイが考えるFinTechサービス「チャネルはなんでもいい」
ーキャッシュレスの歴史として、フィジカルカード・非接触・QRと登場していました。そして、最近はPANレス(カード番号をカードに印字していないカード)やマグレス(磁気ストライプを持たないICチップだけのカード)、ライアビリティシフトによってフィジカルカードも復権し始めています。決済のインターフェイスの変遷は、今後どうなっていくと思いますか?
曾川:やっぱりフィジカルカードは無視にできない、と思うんですよ。与信やお金を管理している部分に対して認可を与える方法はアプリやQRコード、物理的なカードでもいい。いつも言うことですが、チャネルはなんでもいいんですよね。
ただ、物理的なカードに番号を印字するのは、これからは避けていきたいですよね。現在、クレジットカードはお客さまに対してクレジットカード番号を発番し、それに与信が紐づいています。でも、個人的にはもっとクレジットカード番号をたくさん持っていてもよくて、短いライフサイクルで使ったら捨てれるものもつくれたらいいなと考えているんです。
クレジットカードを使わない理由は「とられたら面倒くさい」「不正利用されたら面倒くさい」など、漠然とした不安もある。ならば、使い捨てられるクレジットカード番号をつくったり、PANに名前をつけ、それ以外で決済されたらおかしいと言ってくれるサービスをつくれるのではないかと考えているんです。
山本:クレジットカードが誕生したときに想定されていた使い方から、テクノロジーの進化によって変化させることはできると思います。マグレスやPANレスなど、昔ならできなかったことを、テクノロジーやモバイルを使ってクレジットカードを再定義するのは面白いかもしれませんね。
ー価値の保存と活用の両立、「なめらか」さ、シームレス化に向けて、メルペイさん側で活用方法を模索している方向性があればお教えてください!
曾川:価値の保存では、ビットコインは大事。例えば、メルカリで不要なものを売る際、すぐにお金が必要な人とそうじゃない人がいる。貸付投資サービス「Funds(ファンズ)」との連携で始めた「メルカリ サステナビリティファンド#1」もそうですが、今までは資金移動業で資金を動かすためだけをやってきた。でも今は、少しずつお金を保存する機能があるとさらに便利だと思っています。
今は銀行口座に資金を置いておいても利息がつかないので、銀行に置くよりも価値ある形で保存したいと思ったときに、「ビットコインで保存しよう」とできてもいい。
ただ、それをすぐ使えないと面白くない。ビットコインを注文板に出して取引所で売るのは面倒ですし、自分のローカルのウォレットに入れて取引所に持っていくのは大変なので、大きい金額は難しい。けれど、それをシームレスにやれるようにしたいですね。
FinTechで今も昔も変わらない重要な技術は?
ーFinTechの広がりに伴って、重要になってくる技術はなんですか?
曾川:答え方はいろいろありますが、昔のことも含めて黎明期はレガシーシステムとの接続が大事。金融機関やクレジットカードのネットワークもそうですし、さまざまなものが古い仕組みだったので、それを上手く使えるようにするのが重要でした。
最近は、中間レイヤーも育っているので、意識せずとも使えるものが増えている。インフラも直接繋がないといけないこともありますが、ネット経由で繋げるようになっている点に関しては、技術的な変化が起こっていると思います。
今も昔も変わらない重要な技術は、信頼性やセキュリティです。もちろん、他のサービスでも大事ことなのですが、信頼性をどう上げていくか、それを担保する仕組みがFinTechサービスは特にです。
すごく個人的な話で恐縮なのですが、僕はよくFinTechのサービスをつくるとき、「型があるプログラミング言語でプログラミングした方がいい」と言っています。ようするに、全部テストを書くのであればいいのですが、どうでもいいことをテストするのは大変。ちゃんとコンパイラが調べるのは大変なので、型のある言語を使った方がいいです。
また、決済は「認証と認可」であるという話もしています。認証は「誰であるか」を確認して、認可はそのお客さまに対して「この操作をしていいよ」と許可を与えるもの。お店でクレジットカードを使うと、クレジットカード番号はIDでお客さま本人であることを確認し、いくら使ってもいいと許可を与える。セキュリティの問題はこういうところで起きやすい。認証と認可をちゃんとやるのは重要です。
ー事業者側としてOpen APIをはじめとして、基盤を用いた事業の展開や障壁について考えがあれば聞かせてください。
曾川:いろんなAPIがオープンになるべきだと思っています。しかし、日本はエコシステムが育っていない部分もあるので、APIを公開してもすぐには使われません。
スマホゲームのAPIを公開したときはスマホゲームが盛り上がっていて、パブリッシャーがプラットフォームのAPIを使ってアプリを公開して利用できる状態でした。僕たちがAPIを公開するのは、メルカリのお客さまのお金を外の事業者が何かしらの決済に利用したり、メルカリのアセットやリソースに対してアクセス可能にする必要があるとき。メルカリ、メルペイが大きくなり、もっと使いたいお客さまが増えてきたり、他の事業者と連携していったりするとAPIが整備され、ディベロッパーサイトができる。ただ、最初からそれ目的にしてしまうのは難しい。ビジネスの拡大とセットでできたらいいなと思っています。
曾川&山本の対談イベント第二弾、開催決定!
2020年12月に開催したイベントでは、Fintechの過去と現在までをお話ししました。この続きとして、「メルペイCTO & CBOによる Fintech Talk vol.2|現在のトレンドと未来予測」を2021年1月20日に開催予定です。
ご興味のある方はぜひご参加ください。