(ある日の編集部での会話)
ということで今回、@natukifmの体験談に多少物怖じながらも?「やさしいコミュニケーショントレーニング」は本当にやさしいのか、@koseiが現場を取材してきました。
この記事に登場する人
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ウィルソン雅代(Masayo Willson @Maz)LET 日本語トレーナー/コーチ & やさしい日本語トレーナー。外資系国際物流会社を経て、2013年より日本語トレーナーとして活動。留学生やビジネスパーソン、看護師・介護士候補者への日本語教育を担当。2018年7月よりメルカリ日本語トレーナー。日本語プログラムとスピーキングテストを開発・実践。また、やさしい日本語トレーナーとして「やさしいコミュニケーション」の社内トレーニングを主導。 -
ジョン・ヴァンソムレン (John VanSomeren @JohnV)LET 英語トレーナー/コーチ & やさしい英語トレーナー。2010年から、インハウスのビジネス英語トレーナーとして従事。(旧)ジンガジャパン株式会社、株式会社ディー・エヌ・エーで勤務。2018年5月にメルカリに入社。英語のコーチの業務に加え、「やさしいコミュニケーション」を主導する。2021年1月よりLETに加えてIRチームにも参加、IRオフィサーとして投資家とのコミュニケーション強化に努めている。
そもそも「やさしいコミュニケーショントレーニング」とは?
英語と日本語の両言語が使用されているチームを対象にメルカリLET(Language Education Team)が提供しているトレーニングプログラムのことです。そしてやさしいコミュニケーションが大事にしているポイントは
●言語カルチャーとして大切にしているのは“Meeting Halfway”(歩み寄り)
●英語が得意でない人、日本語が得意でない人が混在するチームで、お互いの苦労や困難に寄り添い、よりよいコミュニケーションの方法を見つける
●日本語を目的化しない、英語を目的化しない、コミュニケーションの本質を重視
●そのため、ミーティング中、日本語話者が日本語で話すことも、英語話者が英語で話すこともOK。だけど全員がわかる言葉で。
つまり、英語か日本語どちらを話すかに関係なく、それぞれの言語学習者にとって何が難しいのか共感する。そのうえで「やさしい」コミュニケーションをしていくことで、コミュニケーションそのものをより効果的にしていこう!という取り組みなのです。このあたりの概要については過去記事でも解説しています。
実際のトレーニングを取材してみた
※実際の雰囲気をできるだけ伝えるため、あえて日本語、英語を織り交ぜています。
トレーナーの@Mazさんと@JohnVさん、今回受講されたIRチームのみなさま
まずはトレーニングの目的を改めて共有
早速ミニプラクティスが始まる
受講者:「さらっと説明→簡潔に説明」はどうでしょう?
@JohnV:That sounds even more difficult to understand. (lol)
@Maz:うん。もっと難しくなっちゃってますね。
受講者:「さらっと→手短に」とか?
@Maz:@JohnVはどう思いますか?
@JohnV:ええっと…ちょっとわかりません…。
受講者:「がちがち→緊張している さらっと→かんたんに よしとする人もいる→良いと考える人もいる」。
@Maz:いいですね。@JohnVはどう思いますか?
@JohnV:うん、Better!!
ここでやさしくない英語のサンプルも
@JohnV:Do you know what any of these phrases mean? Any guesses?
@Maz:私は何回も見てますが、全然覚えられないです(笑)。みなさんはどうですか?
受講者:ほとんどわかりません。
受講者:Shake things up は change completelyとかそんなような意味だったような。
@JohnV:Nice!!
続いてチームでのディスカッションに突入
まずは「チームのことをメルカリメンバーに知ってらうために何ができるか」というテーマでディスカッションスタート!
@Maz:はい、終了です。みなさんの中で、今回特に気をつけたことはありますか?
受講者:普段長く話してしまいがちなので、話が長くならないように気をつけていました。
@Maz:なるほど。どうしても言葉をつないで長く話してしまいがちですが、できれば1センテンス1ミーニングで区切って話すほうが良いですね。@JohnVは会話を聞いていてどうでしたか?
@JohnV:I could follow about 70% because I understand the topic and context, but maybe 30% is not very clear.
@Maz:うーんなるほど。@JohnVの日本語レベルは決して低いわけではないのですが、何が原因だったのでしょう。私が今ディスカッションを聞いていて気づいたのが「漢字の言葉が多い」こと。例えば「能動的」「理解促進」とか。
@JohnV:うんうん、無理です(笑)。
@Maz:@JohnVは英語圏出身ですが、彼ら彼女らにとって一番ハードルが高いと言われているのは「漢字」なんです。だから漢語の言葉より、できるだけ和語の言葉がわかりやすいと言われています。例えば「一例」→「1つの例」「明確」→「はっきりわかります」「能動的に」→「私から相手に〜します」などの言い換えをしてみましょう。あとは会議の途中で「今の言葉、わかりましたか?」と直接聞いてみるのもありです。そうしていくことで@JohnVのわからなかった30%がもう少しクリアになるかもしれません。
次はチームのコミュニケーション・ベスト・プラクティスについて話してもらう
@Maz:@JohnV、チームの会話を聞いていてどう思いましたか?
@JohnV:I feel it was clearer than the earlier discussion. So yeah, things improved!
@Maz:先程のワークに比べて「言い換えること」を意識した場面が増えましたね。ただ実際に@JohnVがどこまで理解しているかを把握するのは難しい。なので、例えば話の中でわからない言葉が出てきた時に質問しやすい「間」をつくることも大切です。これは英語を話す場合も、日本語を話す場合も同じですね。@JohnVの使った英語でわからないことがあれば「今のもう1回聞いて良い?」と質問をしたほうが良いし、それがしやすい雰囲気づくりが大切です。
そしてトレーニングは続いていく
これでトレーニング終了かと安堵していると、次のステップ説明が!
なんと、トレーニングを経て考えたベストプラクティスは、実際にチーム内で使ってみて、さらにフィードバックがされるのです。コミュニケーションをやさしくするには継続と改善も大事なんですね。
トレーニングを終えて、@Mazさんと@JohnVさんに話を聞いてみました。
ーおつかれさまでした。取材していた私自身も気付かされる内容が多く、端的に話すこと、難しい漢字を分解して言い換えてみることを早速実践しようと思いました。ちなみに今回IRチームにトレーニングを実施した背景は何だったのですか?
@JohnV:IRは英語話者と日本語話者が混在するチームです。ほぼバイリンガルの人もいますが、英語と日本語がそれぞれ中級レベルのメンバーもいます。このようにIRのメンバーは、チーム全員が包括的(インクルーシブ)な状態で、ミーティングやディスカッションを効果的に進めていくためのベストな方法(=ベスト・プラクティス)を見つけるのにぴったりだったので、今回やさしいコミュニケーショントレーニングのターゲットとなりました。
@Maz:今回@JohnVはLETのやさしい英語トレーナーでありながらIRチームのメンバーとしてもトレーニングに参加した、珍しいケースだったんです。
@JohnV:これは興味深い経験でしたね。事前に「やさしいコミュニケーション」のポイントをIRチームに説明する機会があったのですが、チームがコミュニケーションをインクルーシブにしていくためにすでに多くの努力をしていることを知っていたので、このトレーニングが役に立つと確信していました。ちなみに、私がなぜIRチームのメンバーなのかは少し長くなるのでまた別の機会に…。
ジョン・ヴァンソムレン (John VanSomeren @JohnV)
トレーナーにとっての“Meeting Halfway”(歩み寄り)とは
ー@JohnVさんにとっては、トレーニング時の伝え方ひとつでIRメンバーとの今後の関係性にも影響がありそうです。今回トレーナーとして気をつけたことはありますか?
@JohnV:私にとって自然なコミュニケーションは、常に「直接的に伝える」ことです。トレーニングを実施するときは、トレーナーとしてしっかりとフィードバックをすることと、受講者を励ますことのバランスを取ることが重要です。今回は、トレーニングの直後にチームの定例ミーティングがあったので、これは特に重要でした。
ー確かにトレーニングの中で、メンバーにわからない日本語を聞いて解決したあとに必ず「ありがとう」と言っていたのが印象的でした。
@Maz:先程のトレーニングでは@JohnVの「歩み寄り」が見えにくかったかもしれませんが、@JohnVはどんなミーティングでも「すいません、今の英語はやさしくない英語でした!意味わかりましたか?」とフォローを入れてる場面を良く見ます。あとはやさしくない英語のリストを書き溜めていたり…。
ーやさしくない英語のリスト…?
@JohnV:そうそう、もうずいぶん前にこのリストを作り始めました。自分が参加したミーティングやイベントで出た「やさしくない英語」をリストにしたものです。最初はトレーニングで使える例を集めたいと思って始めました。でも作りながら気づいたのは、これは私自身にとっていいトレーニングだなということ。英語母語の人、英語が堪能な人が使っているけど、英語学習者にとって難しい単語やフレーズを正確に把握することは、とてもよい練習になります。これも私にとっての“Meeting Halfway”(歩み寄り)なんです。
今もことあるごとにこのリストを追加しています。そのうちこのリストから「やさしくない英語話者トップ3」を選出しちゃうかもしれません(笑)。
ーさらっと恐ろしい事を言ってますが…(笑)。こういった小さな歩み寄りがトレーナーとしても大切なんですね。
「やさしいコミュニケーション」を続けた2年間と、現在地
ー@Mazさんは約2年間「やさしいコミュニケーション」の取り組みを続けてきています。社内の様子で変わったこと、感じていることはありますか?
@Maz:もう2年も経ったんですね…。確か最初のトレーニング実施は2019年8月だったかな。
いろいろな変化がありますが、例えば社内イベントがある時、LETが何も言わなくてもMCがスライドを挟んで「やさしい日本語」や「やさしい英語」の注意喚起をしているところ。そういう意識をメンバー個人が持てていることは凄いと思っています。
特にメルカリのメンバーは、間違いを恐れず、今のレベルで最大限の取り組みをするんです。間違ってもいいからどうにかして伝えるというスタンスを持っていて、同時に、完璧な英語や日本語じゃなくて良い、多様な英語と日本語を認め合うカルチャーがある。
ウィルソン雅代(Masayo Willson @Maz)
ー相手に完璧さを求めない、というスタンスをメンバーが持てていると、話すハードルが下がりますね。@JohnVさんは何か感じますか?
@JohnV:メンバー同士が英語や日本語のどこで苦労しているのかを理解して、共感できる人が多いです。あとは「完璧な言語」がゴールではなく、あくまで「コミュニケーションできることがゴール」ということを理解しているメンバーが多いなと感じますね。
ー社内的なトレーニングも充実しているので、メルカリ社員はみんな「やさしいコミュニケーション」が身についているのかなと思うのですが、実際はどうなんでしょうか。
@JohnV:これまでグループの30チーム以上でトレーニングを実施し、400人以上のメンバーが受講していますね。
@Maz:ただ受講してもらうだけでなく、トレーニング前とトレーニング後でアンケートも実施しています。指標となるポイントは2つで「自分が相手に配慮できているか」「相手が自分に配慮しているか」。受講後のスコアが2〜3週間後にどうなっているかを測り、改善が見られるかを確認しています。
ーメルカリグループ全体で1,800人以上メンバーがいることを考えると、受講者の人数という点でまだまだ課題がありそうです。どのような原因や解決策がありそうですか?
@JohnV:最近までLETは、実際に直面している課題を解決するため、チームを慎重にターゲティングしていました。つまり困難に直面しているチームを見つけ、そういったチームのニーズに正確に合うようにカスタマイズしたトレーニングを実施していました。ただ、それには多くの時間と労力がかかっていたんです。
@Maz:そうですね。今後は対象となるチームを広げて、より多くのチームがトレーニングを受講できる仕組みを整えていく予定です。これによって、社内でよりやさしいコミュニケーションの大切さが意識されるようになると思います。
メルカリにとどまらず、社会をもっと「やさしく」していきたい
ーでは、これからの「やさしいコミュニケーショントレーニング」をどうしていきたいですか?
@Maz:社内トレーニングの実施を続けていくと同時に、同じように言語コミュニケーションの課題を持っている他社とケーススタディを持ち寄って勉強会を開催、シリーズ化する予定があります。これについては最近1回目を実施しました。やさしいコミュニケーションの考え方が多くの企業で求められていることがわかり、手応えを感じています。
あとは、日本語が母語ではない方にとって日本で仕事をするのに高い壁となるのがやはり日本語。そして日本語母語話者にとっては英語が高い壁です。やさしいコミュニケーションによって言語の壁を低くし、日本全体がみんなにとって働きやすい、生活しやすい、やさしい社会となるようにしていきたい。そのために他社にもトレーナーを育成していきたいんです。
@JohnV:@Mazが言ったように、私たちは今後もメルカリの内部と外部の両方で、やさしいコミュニケーションの認識を広め活用していけるようにしていきます。とても楽しみですね。
ここでいつの間にか聞き手が交代…?
@Maz:ところで今回は「やさしいトレーニングは本当にやさしいのか」という取材記事でしたよね?
@kosei:そうなんです。編集部内で「厳しかった」という声があったもので…。
@Maz:@koseiさんは実際にトレーニングを見学してどう思いましたか?
@kosei:すごくさっぱりした言葉で話しているな、というのが印象でした。
@Maz:というと?
@kosei:「さっぱり」がやさしくないですね(笑)。例えば冒頭トレーニングの説明をする場面。「LETチームが説明をします。時々みなさんにも質問をします。答えてください。」というように、普通に話していたら一続きで喋ってしまうような言葉を、あえて一文ずつ区切っていたのが印象的でした。ただ同時に「答えてください。」という言葉1つで見ると「答えない」という選択肢は無いのか…という印象を持つ人もいそうだなと。
逆に、受講者にやさしい日本語を考えてもらうパートでは、アイデアに対して「とってもいいですね」と褒めたり、「今の日本語はやさしくなかったです」と気づいた受講者に対しては「〇〇さんありがとうございます」と感謝を伝える。このあたりも印象的でした。
ただ個人的に、あまり厳しいとは感じなかったです(笑)。
@Maz:さすがです!そうですね、私たちはよく「答えていただけるとありがたいです」のように、相手に断る余地を与える言い方をしますね。だから「答えてください」というと、断るという選択肢を与えていない印象になるので厳しいと感じることはありますね。
@kosei:日本語には「含み」や「余白」をもたせる表現が多く、それが良い場面もあれば、やさしくない場面もありそうです。そういった要素を極力削った言葉が厳しく聞こえてしまうのは、日本語を母語とするメンバーならではかもしれません。
@Maz:でも反対に、同じ内容を英語で言われたら、厳しいという印象より、自分のするべきことがはっきりとわかってありがたいと感じると思います。「自分が相手の立場だったら」と想像することで、より理解されやすい言い方はどちらかなと考え、言葉や言い方を選択できるようになります。
@kosei:すごくわかります。「英語だからストレートな表現も仕方ない」という、言語としての、大きな意味では文化的なバイアスもあるかもしれませんが、スッと入ってきます。
言葉に含みを持たせるのもある種のやさしさかもしれませんが、多少強く聞こえても理解されやすい言葉を使うほうがもっとやさしいですね。
@Maz:それとお気づきの通り、自分が配慮してもらったことへの感謝や周囲のサポートへの感謝の言葉を「ありがとう」とはっきり示すことで、心理的安全性が保たれて、よりやさしい言語もためらいなく使えるようになります。
@kosei:周囲の「やさしさ」がコミュニケーションをさらにやさしくさせるということですね。当たり前のように思えますが、これがしっかりできていることで、アウトプットの数や質が変わる。トレーニングもより効果的になりそうですね。
ー厳しく聞こえてしまう指摘も、最終的にはコミュニケーションの「やさしさ」に繋がっている。メルカリではそんな「厳しいようで、やさしい」トレーニングが行われていました。
ちなみに、冒頭で「厳しい」と感じたという編集メンバーに「どんな言葉を指摘されたのか?」と聞いてみたら、「突撃隣の晩ごはん」という回答が。それ、文化的背景と年代に左右される表現やん…(笑)。どうやらやさしくないのはメンバーの表現だったようです。