物流サービスの企画・開発・運営を行うことを目的に、メルカリの100%子会社として2021年10月に設立した株式会社メルロジ(以下、メルロジ)。「多様な価値をつなぎ、やさしい生活を創る」というミッションのもと、データとテクノロジーの力で、物流に関わるすべての人と社会にやさしい物流サービスを提供を目指してきました。
設立から約1年。新たなメンバーも続々と加わり、ミッション実現のために思考し、試行し続ける日々の中で見えてきたのは「メルカリというサービスの中で、ロジスティックのチカラを使ってできることがまだまだある」ということだ。
同社代表取締役CEOの進藤智之に、ここまでの道のりとともに、この言葉の意味するところを聞きました。
この記事に登場する人
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進藤智之(Tomoyuki Shindo)大学卒業後に、ヤマト運輸に新卒入社し、法人支店長などを歴任し、2007年に、日本IBMへ入社。コンサルティング事業部にて、運輸・物流事業会社の事業戦略・プロセス改善などのプロジェクトを担当。2013年にアマゾンジャパンに参画し、主に物流ネットワークの中長期戦略及び、新規ネットワークの立上げ責任者を務める。その後、2020年にイオンネクスト準備株式会社の理事物流部長として、次世代ネットスーパーの構想策定に携わる。2021年10月より現職。
物流のイメージから縁遠い「やさしい」という言葉を使う意味
──まずは、メルロジの事業やミッションから改めて教えてください。
はい。メルロジは「多様な価値をつなぎ、やさしい生活を創る」というミッションのもと、2021年10月会社をスタートさせました。
具体的になにを推進しているのか説明すると、リアリスティックな物流の現場というのは、人力に頼るの部分がまだ多く負荷が高い、そういうところに私たちはデータとテクノロジーを上手く使うことで、効率を上げていこうとしています。ここで「効率性」と言ったときに、得てして「コスト削減」とか「省人化」を思い浮かべると思うのですが、私たちとしてはそれが「やさしさ」につながるとは思っていません。
いま物流の現場で働いている人が、メルカリが保有しているデータとテクノロジーを上手く使うことによって、作業時間を減らせる世界を目指していきたい。ただし、私たちは実物流を持つ会社ではないので、実物流を持つ会社とコラボレーションしていく必要があると考えています。
──そもそも「やさしい」という言葉を選んだのは?
世の中から見たときに、物流は「やさしい」という言葉が縁遠いイメージですよね?
メルカリというビジネスは「セラー」と「バイヤー」の架け橋となる、需要と供給をマッチングするビジネスです。ただし、アプリの中でデータをマッチングさせているが、実際は「ものの売り買い」なので、出荷されて届けるところまで完結させるところまでを考える必要があります。
当時のコアメンバーとは、「つなげる」「つなぐ」「とどく」というところをどうクリアしていくかに、最初はフォーカスした議論をしていました。
ただ、「多様な価値をつなぎ、やさしい生活を創る」というミッションの、「多様な価値」というところが大事なポイントで、メルカリのビジネスは単なる消費だけではなく、消費にストーリーがつながっていると思うんですね。通常の消費より、多様な価値観、お客様の思いをより大切にしている。
そのうえで「やさしい生活」をつくるという言葉を最終的に用いたのは、「多様な価値」をつなぐ物流の会社さんに向けたメッセージです。私たちが大切にしたい「多様な価値」のために無理を強いていいのかというと、それはやはり違うと思っています。
世の中の流れは、「より早く届ける」や「お客さまが指定した時間に届ける」方向に向かっています。これはもちろん大事なことなんですけど、いまの日本のオペレーションはやっぱり物流の会社さんに無理を強いて成立しているものだと思うんです。
「多様な価値」をつなぐために、サステナブルではないビジネスのままでいいとは思えない。つまり「やさしい生活」を犠牲にするべきではないという結論に至りました。「やさしい生活」をつくったうえで「多様な価値をつくりたい」という思いがミッションに込められています。
メルカリの膨大な保有データをテクノロジーで活用する
──この「やさしさ」という言葉を提示したことの意味は大きいですね。冒頭でデータとテクノロジーの活用について触れていましたが、メルカリのどのようなアセットを指しているのですか?
メルカリは、サービス開始から10年近くの間に多くのデータを保持してきました。商品データや、お客様のパーソナライズされたデータなどさまざまです。その中で、私たちが注力しているのは「ものを運ぶ」上でのデータです。
日本全体の年間宅配便取扱個数50億個のうち、5〜10%をメルカリの荷物が占めるだけでなく、コンビニ発送のうち約80%がメルカリの出品物の発送になっています。言い換えると、日本の宅配便が「どこから出て、どこへ行くのか」というデータの5〜10%を保有しているということです。
いままで物流業界では「どこから出て、どこへ行くのか」というのは、あくまでオペレーションの流れのなかで使われていました。メルカリがこれまでいろんなデータを蓄積するなかで、どのあたりが発生源で、どのあたりで受け取る機会が多いのかがかなりわかってきています。
それを上位のデータで紐付けることで、届けるところをまとめたりとか、もしくは出荷のところもメルカリポストだけでなく、ほかのスマートロッカーと協業しながら、出荷場所をどんどん増やしていっています。Eコマースがいくつもあるなか、ひとりのお客さまが一日に何件も受け取ることがあった際に、出荷元が異なるだけでなく、同じメルカリの荷物であっても、ドライバーさんが複数回届けにいくことがあるわけです。それをできる限り減らしていきたいですね。
しかし、正直なところ、いままでメルカリポストは需要があろうところに置いていたのではなく、置いていただけるところに設置していただいていたのが事実です。
これだけのデータを保有しているなら、どこに置いたらより使われるのかということがわかってきている。そうなると、いちばん使われるであろう場所に置いていけばいい。もっと踏み込んで言えば、まだまだメルカリのお客さまが少ないところに、出荷しやすい状況、新たな出荷場所をつくることで「循環型社会の実現」という観点からも貢献でき、お客様により使っていただける世界を広げていける、そういうカタチでのデータ活用を考えています。
──なるほど。新たな出荷場所をつくることが「循環型社会の実現」につながるんですね!
データをそういうふうに使うためには、そのあとにテクノロジーが必要になってきます。まとめて配送するのであれば、まとめて配送するためのプロダクトが必要になってきますし、メルカリポストにしても、よりリアルタイムのデータが必要になるのであれば、どういうプロダクトが必要になるか、メルカリポストから自分たちで荷物を引き上げるのであれば、その車の効率化をどうしていくか、そういうところでテクノロジーが役割を果たすんですね。
机上の空論ではないことを証明するために
──メルロジを設立してから、順調なことばかりではなかったと思います。この1年の歩みはいかがでしたか?
私たちを取り巻くステークホルダーはまずはお客さまがあって、メルカリグループがあって、その先には私たちのパートナーである物流会社さんがあります。物流会社さんの協力なしに「やさしい生活」をつくることはできないのですが、物流会社さんからすると「やさしい生活」をつくるということを掲げてきた荷主が出てきたことはやはり衝撃的だったようです(笑)。
ある意味想定はしていたものの難しかったこととしては、私たちの目指していることは理解を得られるようで、かんたんに理解を得られない。要は「机上の空論」に感じられてしまうんですね。
メルカリは、セラーさんとバイヤーさんとのお届けするリードタイムにコミットしていないものの、セラーさんが努力して早く出荷している以上、「より早く」は届けられることは期待される。これはメルカリに限らず、世の中のEコマースはほとんどそうした流れになってきている。
私たちはそこに対して「本当にそれが正しいのか?」「すべてのお客様がそれを求めているのか?」という問いから入っている。お客様が過剰に求めていないなかで、無理な闘いをしているのではないか、という。物流会社からすると、まさかそんな問題提起をする荷主が現れるとは思わないので、言葉を選ばずにいうと「口だけだろう」と思われるところから挑戦しているんですね。
ただ、私たちはここに本気で取り組んでいます。
会社スタート時から、世田谷区で実証実験をさせていただき、その中でテストを繰りかえしました。そういうファクトをもとに提示することで、物流会社からも「メルカリは本気で考えているんだ」という一定の理解の得られてきた。そして本気でスケールさせていくために、一緒にどうやっていくかという議論の土台を築けた。
ヤマト運輸株式会社と共同で、5月23日(月)から6月30日(木)までの期間、東京都内一部エリア(江東区亀戸、江東区豊洲、杉並区高円寺南、杉並区高円寺北)において「メルカリ」で取引が成立した商品の集荷梱包サービスの実証実験を実施。
私もコマース出身だからわかるのですが、「本当にそんなことできるの?」と思われるようなことを仕掛けたので、ステークホルダーからの反応は想定どおりでした。ただ一方で、日本の物流ネットワークにとっては必要なことだと思っているので、そういった意味では総論で賛成してくれている。いまは仲間が増えてきている実感を少しずつですが感じています。
──これまでの「より早く」にユーザーとして慣れすぎていますが、それが進みすぎた先に無理が生じ、長期的見たときに社会全体のためにならないですよね。こうした考えはコロナ以降に顕在化したように思います。
そうですね。でも、物流会社だけで努力できることというのは実は限定的です。結局、物流会社は荷主からの要請を受けて、それを実現しているので、7割とか8割は荷主さんからの期待で決めている。これも要請以上の期待に応えようとしています。では、荷主さんはなにをもとに決めているのかというとお客さまからの期待で決めている。
私たちの取り組みは1〜2年でみるのではなく、5年10年先のスパンでみたときに評価されるものかなと思います。とはいえ事業会社なので、メルカリグループのなかで短期的にどういう成果を上げるのか、そして中長期的に社会的課題に会社として楔を打っていく、そこを上手くマネージしていくのが私の役割です。メルカリは社会課題に取り組んでいく会社なので、進太郎さんをはじめとする経営陣からバックアップや理解が得られているからこそできることだと思います。
プロフェッショナルが集い、広義の事業開発に取り組む
──この1年で組織としてどのような変化が起きましたか?
メルカリという会社を外から見ていたときとギャップがあったのが「まだまだメルカリというサービスの中で、ロジスティックのチカラを使っていろんなサービスができる」ということです。
当初は、メルカリの大きな物量を使ってモメンタムを起こし、メルロジとして新たな外向きのビジネスをつくっていくことや、社会課題に対して挑戦していくことがプライオリティファーストだと思っていたのですが、まだまだロジスティックの力でお客さまの体験をアップグレードできることがいくつもありました。それはいい意味でのギャップでした。
メルカリの2大ペインは「出品の面倒さ」と「梱包の面倒さ」です。「梱包の面倒さ」に関しては、ロジスティクスで解決していくものだと思っています。過去には「あとよろメルカリ便」や「梱包代行サービス」を立ち上げてきているんですけど、根本的なペインの解消ではなく誰かが代わりにやってているだけとも言えます。結局、「代行してもらう」ということにエントリーとアクションが発生します。それはそれでお客さまからすると面倒なことでもある。プロセスを減らせば減らすほどお客さまに利用されることはわかっているので、究極「無梱包」で運べないかという議論をしていたりします。
──ちなみに、メンバーはどのような方が?
全体の9割ぐらいが創設以降に入社したメンバーです。バックグラウンドとしては、Eコマースの物流部門や、メーカーのサプライチェーン部門などの出身者が多いですね。エンジニアやPMはスタートアップ出身者が多いかな。ここまでの規模になりましたけど、それでもまだまだスタートアップの会社なので、「とにかくやってみる」「失敗を恐れずやる」。そういうマインドを軸にメンバーを集めてきました。
Eコマース出身が多いのは、同じようなジレンマを抱えてきた人が多いからです。サービス偏重主義というのか……。このままの状態ではサステナブルなビジネスモデルにならないのではないか、そういうところに疑問と課題感を持っている人がジョインしてくれています。
──そうした方たちにとって、メルロジのなにが魅力となっているのでしょうか?
みんなプロフェショナルとしてお客さまの期待に答えようとやってきました。それは早さや品質、極論をいうと箱に汚れひとつつけてはいけない、というような世界です。先ほども申し上げたように、必ずしもすべてのお客様がそこまでのことを求めているわけではありません。それが本当に求められていることなら実現しなくてはいけないんですけど、過剰に先回りしたサービス提供によって現場を疲弊してくことに私たちは問題提起をした、そして状況をクリアにして業界全体で解決手段を考えていこうとしている、そこに興味を持ってくれる方が多いですね。
──いまの事業フェーズ「だからこそ」できることも多そうですね。
いまは解像度が高いチャレンジと解像度が低いチャレンジ、その2つがはっきりしています。このタイミングで入ってきている人たちにとっては、その解像度の低いチャレンジは、新たな問題提起をして、自らリードしてつくっていくフェーズ。真っ白なキャンバスに自ら絵を描いていくことがまだまだできます。ここからもう少し経つと、ある程度決まったことに対して解を導き出していくようになっていくと思います。まだまだなんでもありの割合が高いです(笑)。
また、メルロジには多くのプロフェッショナルがそろっています。ロジスティクス、オペレーション、サプライチェーン、業界の中でもそれなりに知られているメンバーがいるので、ここでオペレーションの専門家としていろんなスキルや経験を吸収していける環境です。
もうひとつはメルカリというビジネスのなかでまだまだやれることがあるので、メルカリのビジネスをロジスティクスのチカラでどう伸ばしていくかに取り組んでいけることも大きいと思います。そこでは、ロジスティクスの知識だけでなく、マーケットがどうなっているか、世の中からメルカリがどう位置づけられているのか、そして求められているのかを理解しなくてはならない、広義の意味での事業開発に携われると言えますね。
──最後に、進藤さんはどんなことに情熱を燃やしているのか?仕事の軸を教えてください。
ロジスティクスの世界に22〜23年いて、キャリア終盤にさしかかっています。
メルカリのバリューに共感して入ってきているけれど、この会社“だけ”への貢献ではなく、自分が育てられてきた物流への恩返しをするつもりで、社会課題の解決に向き合いたいと思っています。それが自分のキャリアの終盤に取り組みたいと思っていることです。
メルロジという会社や一緒に働く仲間たちが後世に名を残せればいいと思っていますが、私個人としてはそこにこだわりはなく、どちらかというと裏側の仕組みが人知れずよくなっていることが好きなんです(笑)。気づいたらなにかが少しずつ変わっている、それによって生活環境が向上していくことに喜びを感じています。そこはぶらさずにやっていきたいですね。