多くのエンジニアが直面するであろう、キャリアパスに関する悩み。技術を磨いてきたものの、「この先どうしようか?」と不安を抱くエンジニアも少なくないでしょう。
そうした悩みを転職というカタチではなく、社内でのキャリアの中で変化させてきた例を紹介したいと思います。今回の記事での中心となるのは、インターン生の頃からMachine Learning(以下、ML)エンジニアとして活躍していたメルペイ所属の松山大地(@matchan)です。
MLエンジニアからPMへのキャリアチェンジを遂げたmatchan、新managerの鍛哲史(@kj)、旧managerの鳥越大輔(@tori)の3名による鼎談を実施。matchanがPMへ転向した背景や、エンジニアのキャリアパスについてたっぷり語ってもらいました!
この記事に登場する人
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松山大地(@matchan)メルカリの2017年サマーインターンにMLエンジニアとして参加後、メルカリ・メルペイに新卒入社。MLエンジニアとして与信領域や不正検知領域を経験。現在はPMに転向しCredit領域を担当。 -
鳥越大輔(@tori)メルペイ Machine Learningチーム、エンジニアリングマネージャー。大学院修了後、金融機関、金融系シンクタンクを経て、金融数理技術の研究開発・コンサルティングや、投資実務を経験。2018年9月よりメルペイに入社。現在は、メルペイMachine Learningチーム全体のマネジメントに携わる。 -
鍛哲史(@kj)大学在学中にWeb、ゲーム、VRの事業を立ち上げたのちブロックチェーン企業の創業に参画し日本事業のプロダクトの責任者として従事。海外の国立銀行でのプロジェクトや日本のKYC高度化プロジェクトなどを進行。2018年5月にミッションに共感しメルペイに入社し、現在はDirector of Product, QA MoM, PMO Managerを務める。
MLエンジニアからPMへ。MLが成果を出せるための前提を作りたい
@kj:まず、そもそもの質問なのですが、matchanはなぜMLエンジニアになったのでしょうか。
@matchan:MLの「成功したときのインパクトが大きい」という魅力にひかれたからです。インパクトの大きいビジネス課題とMLでの問題設定がしっかりとフィットしたとき、MLは大きな成果を出せます。いわゆる、MLの華やかな一面に魅力を感じました。
また、もともとMLに興味があったので、MLエンジニアとして働くことで自分のバリューを発揮でき、事業や社会に貢献できると思いました。
松山大地(Daichi Matsuyama)
@kj:では、PMに転向したきっかけや、転向を考えはじめた時期についても聞かせてください。
@matchan:「MLの可能性をもっと広げたい」と思ったことがそもそもの根底にあります。なので、MLへの愛は、PMになった今でもありますよ(笑)。
MLは成功時のインパクトが大きい一方で、ビジネス課題とMLでの問題設定がフィットしないと成果を出すことが難しいです。加えて、MLエンジニアの仕事は成果が出るまでにどうしても時間がかかるため、「何をしているか」が周囲に理解されにくいのです。実際、成果が出ずに辛い思いをしたMLエンジニアはたくさんいるはず。そこで、ビジネス課題をMLの問題設定にしっかり落とし込む部分、つまりMLが成果を出せるための「前提」を整えることもまた大切だと感じました。
キャリアを積んだMLエンジニアであれば、そのような前提が整っていることの重要性は意識していると思います。僕自身も、業務を通じて、MLが成果を出せるための前提の大切さに気づいていき、そこからPMに興味を持ちはじめ、チームのメンバーにも「PMになりたい」と公言していました。
課題に対する議論の段階でMLの勘所を持った人間が1人でもいることで、その後の成果が全く変わると思います。そういうメンバーがいることで、「MLの問題設定に落とし込めるかどうか」の判断自体はすぐにできますから。
@tori:問題設定のフィットの大事さ、とても共感できます。私自身、過去の経験で、たくさんの労力をかけても、複雑な処理を行っても、うまくいかなかったことがあり、適切に問題設定をすることの重要性を痛感しました。当時は、穴を掘って埋めるような感覚に陥ってしまい(笑)、チームメンバーに同じ思いはさせたくないなと、いつも考えています。
@matchan:「やっていることが目的とズレている」という場合、その「ズレ」は最終地点に到達したタイミングで気づくことも多いんですよね。これは、目的や問題設定を事前に整理できていれば防げるものですよね。
@kj:PMはものづくりのスペシャリストなので、開発に関する知見は持っています。ただ、最近は従来のような機能開発だけでなく、MLを使った機能が増えてきました。PMはMLの知識を持っていないと、それを武器として使えなくなってしまうんです。だから、matchanのようにMLの知見を持った人がPMになることは、開発組織にとってポジティブだと思います。MLを前提に考えたプロダクト作りができるようになりますよね。
@matchan:入社当初から将来はPMになりたいと思っていたので、PMへの転向は自分にとっては特にサプライズではなく、むしろ必然だと思っています。
@tori:ただ「なかなか踏ん切りがつきません」という感じでしたよね。なりたいとはずっと言っているけれど、PMになる決心がつかないような…。
@matchan:「まだMLエンジニアとして実力を磨きたい」とは言っていましたね…。いつかPMになりたいとは思っていましたが、当初は「MLエンジニアとして“How”を突き詰めたい」という気持ちの方が強くて。やろうと思えばどこまでもMLを突き詰められると思っていたんです。
MLエンジニアを経験していく中で、“How”だけでなく“Why”や何を解くべきだったかを振り返る場面の方が徐々に多くなり、PM転身を考えることが増えていきました。そこで、思い切ってPMにチャレンジしました。周りも応援してくれる雰囲気でしたね。
@tori:マネージャー視点で見ると、新卒のときは周囲のサポートもあり、MLという“How”をフルスイングすれば成果が出る状況でしたね。matchanが成長して、徐々に“How”以外の難しいことにチャレンジする中で、時には時間をかけてもうまく成果が出ない経験をしたり。そのようなペインを経験した結果、考えが変わったのでしょうね。
@matchan:そうですね。PMというポジションでMLの可能性を広げることで、さらにインパクトやバリューを発揮したいと思うようになりました。
キャリアに迷うMLエンジニアに、PMという選択肢を
@kj:MLエンジニアとPMのキャリアについて、toriさんはどう考えていますか。
@tori:僕はこれまで、matchanなどの社内メンバーだけでなく、採用活動などを通じて社外のMLエンジニアの方々にお話を聞く機会がありました。それを通して、MLエンジニアとして一定以上のキャリアを積んだものの、今後のキャリアに迷っている方が世の中にはたくさんいるのだと気づきました。
MLエンジニアにはまだわかりやすいロールモデルがないんですよね。職種自体の歴史も浅く、新卒でMLエンジニアが採用されるようになってからわずか5〜6年ほどしか経っていない。
私自身もチームメンバーの成長をサポートする上で、悩みながら二人三脚でそれぞれのキャリアの可能性を模索しています。時には自身で目指す選択肢を形成していく必要があると思いますが、そのうち確信を持って一つの選択肢として挙がるだろうなと 考えているのが、PMへの転向です。
先ほど「MLエンジニアの苦しさ」に関する話題が出ましたね。具体的には「“How”はよく理解してるけど“Why”の視野が狭い状態で物を生み出そうとした結果、“Why”がずれてしまい、何もないところにアプローチしていた」というパターンです。
そこで、「視野を広くもちつつ“How”がわかっている人」がいると、より“How”の価値が高まると思います。“How”を突き詰めることもとても大事ですが、「“How”と“Why”のブリッジをできる」人は社内・社外問わず価値が高まるだろうなと思います。PM転向は、キャリア迷子にとっての選択肢の1つになるはずです。僕が知る限り、たくさんの実例があるわけではありませんが…。
@kj:MLエンジニアは、AIコンサルや、AIを中心としたサービスの展開においては活躍の場がたくさんありますよね。
一方で、メルカリ・メルペイのような「ML自体は必要だけど、ビジネスにおいて最優先とは限らない事業会社」であれば、MLエンジニアが別のことにチャレンジできる道を作ることが重要です。
“Why”を理解した上でMLが本当に必要かどうかを考えるべきですよね。MLに関する書籍でも、よく「優秀なMLエンジニアはMLを使わないことから考える」と書かれているくらいですから。「MLを本当に使うべきか」の意思決定をシャープにできる組織を作っていければ良いですよね。
鍛哲史(Satoshi Kaji)
@tori:MLエンジニアからPMへの転向は、例こそ少ないものの自然な選択肢ではあります。MLエンジニアが他のエンジニアと異なるのは、エンジニアリングと“Why”を同時に考える機会が多いこと。「エンジニアとして視野を広げつつ、“Why”も深く突き詰めたい」という考えの延長線上にPMという選択肢があります。
@matchan:そうですね。MLエンジニアであれば、「何を解くかが大切」だとわかっていると思います。MLは他のPMが入りづらい領域でもあるので、MLエンジニア側からPM領域に入り込んで、自然とうまく仕事を回していく例もあります。そういう意味でも、PM側の比重を上げるのは、自然だと思います。
MLエンジニアとPMの共通点は「何を解くか」に向き合うこと
@kj:少し具体的な話も聞いてきます。matchanがPMとして実施した施策の内容と成果について教えてください。
@matchan:メルペイのあと払いの清算方法を、いつでも変更できる仕様に改修しました。今までは清算期間に入らないと清算方法を変更できず、お客さまからのお問い合わせが相次ぎ、常に課題を感じていたのです。加えて、メルカードのリリースを予定していた時期でもあり、メルペイのあと払いの利用者数が飛躍的に伸びることが想定されました。このままでは今後さらに問い合わせが増えるということを懸念し、このタイミングで施策を実施しました。
「なぜその施策を実施するのか?」を目的とファクトから理解したり、エンジニアと一緒に実現方法と手順を検討したりしながら、最終的にリリースに漕ぎ着けました。
@kj:実際にPMの業務をこなしてみてどうでしたか?エンジニアからPMへの転向によって開けた面白さや、活躍可能性について聞かせてください。
@matchan:ひとことで言うと、可能性は無限大です!関わる変数が圧倒的に多くなったので、仕事の難易度も上がったと思います。広く深く理解できていないと、精度の高い提案や議論は難しくなってきます。ただ、その分可能性が増えるのでとても面白いですね。
@tori:MLとPMの仕事において、共通している要素はありますか?
@matchan:正直なところ、重要なことはそこまで変わっていません(笑)。「MLは『何を解くか』が9割」という考えは、MLエンジニアの頃も、PMになってからも共通して持っています。
@kj:確かに。「分析して何をするかを決める」という点は一緒ですね。そこから先の仕事が、コードを書くのか、ディレクションをするかの違いになるだけで、入口は同じだから挑戦しやすいのだと思います。逆に、MLエンジニアからPMへのキャリアチェンジで、大変だったことはありますか。
@matchan:知識のキャッチアップをしつつ議論をして、最終的に合意をとるのは難しいですね。いろいろな職能の人と関わるので、広く深く理解していないと解像度・精度の高い話ができないので、苦労しました。
@kj:UI / UXの観点ではいかがですか。
@matchan:全てが初めての領域だったので、キャッチアップの方法を周囲に相談することはありました。最終的には、さまざまな職能の方々と会話できるようになり、理解を深められたと思います。kjさんに教えていただいた「ノンデザイナーズ・デザインブック」で、デザインについて体系的に理解を深めました。UXリサーチの際は、社内のUXリサーチチームのメンバーが共著者である「はじめてのUXリサーチ ユーザーとともに価値あるサービスを作り続けるために」などを読みました。
社内でのキャッチアップや情報収集については、スペックがまとまっていたのでざっと読みました。アップデートされた情報については同じチームの有識者に質問をして解決していきましたね。まわりに相談できる経験豊富なメンバーがいることで、PMへの転向も比較的スムーズだったのかなとも思います。
@tori:この機会に聞きたかったのですが、プロジェクトを進める中で、「気持ちよかった」ポイントはありましたか。
@matchan:リリース後、お客さまからお礼の言葉をいただいたことです。それから、リリース前後でターゲットにしていた指標が明らかに変化したときや、施策の効果測定から解像度の高いネクストアクションが見えたときも気持ちよかったですね。加えてPMになってからいろいろな職能の人とチームとなって、共に試行錯誤し、リリースする体験が増えたことですかね。
@tori:これは、ぜひkjさんに聞いてみたいのですが、MLエンジニアとしてキャリアを積んできたけども、仕事への見方や関わり方を変えたいと思っている人に、何か言えることはありますか?
@kj:メルカリ・メルペイは、事業を深く突き詰める構造を持っています。だから、PMであってもエンジニアであっても、事業における優先度を突き詰めることが不可欠。事業構造の違いの中で、MLエンジニア自身が難しい課題をより深めに行く構造もあると思います。それから、事業構造が一定のフェーズを迎えた中で、どこを改善できるかも大切ですね。
MLエンジニアが価値を出せるポイントは、“Why”の視野を広く持ち、「MLやそれ以外の武器をどう使用するか?」を考えられるかだと思います。今のフェーズだからこそですよね。難しさと面白さの両方があると思います。
@tori:“Why”を深めたい人がPMになるのは自然だし、さらに価値が生み出せる場は会社によって異なります。事業を深めていく構造を持った会社とは、マッチするんじゃないかと思います。
@matchan:ちなみに、MLエンジニアがPMではなくそのままMLエンジニアとして力を発揮できる事業構造を作ることは可能なのでしょうか。
@kj:できるとは思います。ただ、実現するにはもっと多くの人員が必要になります。メルペイでは、これまで信用スコアや不正対策などたくさんのモデルを作ってきました。モデルの運用やデータ最新化などの開発コストが、常にかかり続けており、新しいビジネスに入るための潤沢な人員が確保できているわけではありません。だから、運用コスト削減や人員増加を進めれば、実現できると思います。
僕がこの会社で最初に関わったのが、与信モデルの立ち上げで、matchanはインターンとして参画していました。当時は運用しているモデルがなかったため、MLエンジニアの方と一緒に具体的なビジネス適用の話を行っていたんです。それほどの余裕を作れるのであれば、実現は可能だと思います。ただ、事業フェーズにもよりますね。ビジネスを加速させつつ、MLエンジニアとして保守・運用をしなければならないので、フォーカスするポイントを作ることが大切だと思います。
@tori:当初MLエンジニアは、エンジニアリング組織にいたんですよね。2021年からCPO配下に異動したね。もちろんエンジニアリングとしてのインシデントの防止や運用コスト削減の大切さは忘れないという前提で、事業のフェーズが進むうちに「どこに大きい問題があるか」が重要になってきたんですよね。
大きい問題を知り、その問題と対峙するという意思決定にCPOと共に繋げ、大きな問題を解くことでMLエンジニアの価値が高まります。
鳥越大輔(Daisuke Torigoe)
@kj:最後に、エンジニア経験を踏まえ、PMの可能性について伝えておきたいことは、MLに限らず、エンジニアからPMへの転向はあり得るということ。海外ではコンピュータサイエンス出身のPMが当たり前に存在していて、GoogleやAppleでも、プログラミングや設計、アーキテクチャのナレッジを持っている人がPMになっています。
なぜかというと、PMは「ものづくりのスペシャリスト」だから。ビジネスを0→1で作るわけでもないし、ものすごい斬新な企画を生み出すわけでもありません。ビジネスに携わるならBizDev、企画中心にしていきたいのであればマーケティングやコンサルティングに挑戦した方がいいと思います。
PMにおいて大切なのは、データモデルやMLを理解して、「次の施策はどうやったら効率よく出せるか」「プロダクトに対してMLをどう埋め込むと良いか」を考えられることです。それを知った上でエンジニアやデザイナーと開発を進め、確度を高めながらプロジェクトを進めていくことに長けた人こそが、PMだと思います。それが、場合によってはPMが企画を主とする職だと誤解されてしまうことも多いんですよね。特に新卒採用では「企画を考える時間が全然ない」というハレーションがしばしば起こります。もちろん企画をしないわけではないですし、重要なのですが…。
でも、PMはエンジニアリングやデザイナーと一緒に施策のディレクションをしていく立場です。だから、エンジニアからPMになるのはキャリアとしては当たり前にあり得ますし、それによって組織全体が強くなっていくはずです。
PMでもエンジニアリングを知っているか否かで、プロジェクトの進み方が変わりますので、「エンジニアからPMへの転向」というキャリアパスを、社内でもたくさん作っていけるといいですよね。