株式会社メルカリは2023年2月に創業10年を迎えました。この大きな節目に「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる(Circulate all forms of value to unleash the potential in all people)」というグループミッションを新たに策定しました。
メルカンでは、このグループミッションに込められた意図、そしてこれからの私たちの目指すことを「【8つのキーワードからひもとく】メルカリの10年、そしてUnleashする可能性と未来」という連載形式でお伝えしていきます。これからのメルカリを牽引するキーパーソンたちの言葉から、改めてメルカリという有機体(組織)の現在と未来を紡いでいき、これからの10年に私たちが社会にどのような貢献をしていけるかを思考します。
第3回のキーワードは「テクノロジー / エンジニアリング」です。メルカリ 執行役員CTO・若狭建(@kwakasa)とメルカリ 執行役員VP of Product Engineering・Carlos Donderis(@CaDs)、メルペイ 執行役員CTO 野澤貴(@nozaq)に、グループミッションの策定によってメルカリのものづくりになにか変化は起きるのか、そしてこれからのプロダクトの目指すべき方向性とエンジニア組織の「在り方」について聞きました。
この記事に登場する人
-
若狭建(@kwakasa)東京大学大学院工学系研究科情報工学専攻修了。Sun Microsystems、Sonyでハードウェア(携帯電話・AV機器)関連のソフトウェア開発を担当。GoogleにてGoogle Mapsの開発に従事した後、2010年以降、Android OS開発チームでフレームワーク開発に携わる。Appleでのシステムソフトウェア開発、LINEでのLINEメッセンジャークライアント開発統括を経て、2019年8月、Director of Client Engineeringとしてメルカリに参画。2021年7月、執行役員 メルカリジャパンCTOに就任。 -
Carlos Donderis(@CaDs)メルカリ VP of Product Engineering。マドリード・コンプルテンセ大学にてコンピュータサイエンスを専攻。Software Engineerとしてヨーロッパ・中南米の企業で働いた後、GMOグループやSansanなどで勤務。2019年にエンジニアリングマネージャーとしてメルカリに入社し、主にプロダクトチームを担当している。 -
野澤貴(@nozaq)慶應義塾大学大学院在学中にIPAが主催する「未踏ソフトウェアプロジェクト」に採択された4名のメンバーが中心となり、2006年、モバイルアプリ開発基盤などを手掛けるネイキッドテクノロジーを創業。2011年、同社がミクシィの子会社になったことを受け、分析基盤作りなどに携わる。2012年より株式会社Origamiの創業に参画し、技術担当ディレクターを担う。2020年2月、同社のメルカリグループ参画により、株式会社メルペイへ入社。2020年7月よりVP of Engineering、2022年1月よりメルペイCTOに就任。
「Why」が明確に。アラインしやすくなったグループミッション
──まず、新設されたグループミッション「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」を、広く「ものづくり」や「テクノロジー」の観点でどのように捉えているのか教えてください。
@kwakasa:創業からメルカリが取り組んできたことに、よりアラインするミッションだと感じています。これまでメルカリは「人々をエンパワーメントする」というインターネットが持つ本質的な流れのなかで、誰もがかんたんに物の売買、特に「売る」を可能にする仕組みを作ってきました。
また、決済プラットフォームの『メルペイ』、仮想通貨を扱う『メルコイン』、Eコマースプラットフォームを提供する『ソウゾウ』などを通じて、お客さまにより多様な価値を提供できるようになってきました。単なるマーケットプレイスを超えてきたタイミングだからこそ、新しいグループミッションを掲げることに意味があると思っています。
若狭建(ken Wakasa)
@CaDs:kwakasaさんのいう通り、私たちはいくつかの「価値の交換」を実現するプラットフォームを作ってきました。しかし、グループミッションの前半部分にある「あらゆる価値」からすると、すべてを網羅できているわけではありません。
「価値」にはもっといろんな形があるはずです。仮想通貨やNFTなども、お金とは違うけれど価値があるもの。今後、社会の変化に伴い、さらなる新しい価値が生まれるでしょう。お客さまが取引したい価値が生まれた時に、それを循環できる基盤を作るのが、循環型社会を目指すメルカリの役割だと思います。
@kwakasa:もう一つ、新しいミッションにおいて重要なポイントは、後半部分の「あらゆる人の可能性を広げる」です。これはあらゆる価値を循環させる理由、つまり「Why」にあたります。「Why」が明確になったことで、日々の意思決定をする際に立ち返れるものができました。
@CaDs:「あらゆる人の可能性を広げる」は、日本在住の外国人である私の立場からしても、思い入れのある言葉です。現在、日本版のアプリは日本語でリリースしているため、日本語話者にしかリーチできません。より広いマーケットプレイスやグローバルを意識するのなら、言語の壁を超え、「お客さまにどのようなコミュニケーションをとっていただくか」「それをどうテクノロジーで実現するか」を考えていく必要があるはず。
日本にいても他の国にいても、特定の言語しか使えないお客さまであっても、物の取引ができる仕組みを作ることができれば、グループミッション達成に近づくと思います。
──Fintechの観点からはいかがでしょう。
@nozaq:そうですね。メルペイがこれまで取り組んできたことが、グループ全体で活用する下地になったと思っています。メルペイはこれまで社会変化とメルカリのマーケットプレイスを結びつけ、どんな価値が提供できるかを模索してきました。特にテクノロジーの変化を捉え、キャッシュレス決済や、メルカリ内の行動によって得られる「与信」に基づいたあと払い・分割払いを可能にするなど、なめらかなお金のやりとりを実現してきたんです。
メルペイは金融領域で事業をしているからこそ、グループ内でもひときわ「安心・安全」を重視しながら開発を行ってきました。人々の生活にイノベーションを起こし、あらゆる人の可能性を広げていくのなら、そうした信頼できる技術的なファンデーションは欠かせません。今後は、グループ全体の安心・安全にも貢献していきたいと思います。
野澤貴(Takashi Nozawa)
目指すは「ローコンテクストながら生産性の高いものづくり」
──グループミッションが新たに策定されたことで、メルカリの「ものづくり」自体にはどのような変化があると思いますか?
@kwakasa:創業当初からある「世界で使われるプロダクトを作る」という考えは変わりません。新ミッションになったことで特に意識したいのは、誤解を恐れずにいうと「普通に作る」こと。サービスやビジョン、カルチャー、バリューは「メルカリらしさを強化」しつつ、それを実現する技術や開発プロセスは「独自性を出しすぎない」ようにバランスをとりたいと考えています。そのほうが多様なバックグランドを持つ人たちが入社した際、キャッチアップがしやすく、成果も出しやすいからです。
@CaDs:私もグローバルに用いられる基準や基盤、フレームワークを積極的に導入していきたいと考えています。それに向けて現在、グローバル基準にそったコードのリライトや開発を進めています。
@kwakasa:もちろん、技術面での独自性を抑えることと、開発の面白さが薄れることはイコールではありません。これからのメルカリは、「ローコンテクストながら生産性の高い開発の実現」に向けた挑戦ができる面白さがあると考えています。
──技術や開発プロセスにおける独自性は抑えつつも、事業やビジョン、カルチャーの「メルカリらしさ」は強化していきたい、と。開発組織における「メルカリらしさ」は何を指すんでしょうか。
@kwakasa:「メルカリエンジニア組織のビジョン」が“らしさ”を表現しています。特に重要だと思うコンセプトは「当事者意識」です。言われたことをやるだけではなく、自ら問題を見極め、解決したり価値を創出したりすることに、情熱や意志を持っていることが大切。技術のための技術ではなく、ミッションの達成に目的をおき、正しく技術を使えるのがメルカリらしいエンジニアの姿だと思います。
@CaDs:私個人としては、組織ビジョンのコアに「常に新しいことにチャレンジする」という哲学を感じています。前例のないものに挑戦していくメルカリだからこそ、失敗はプロセスの一環であるはず。ビジョンに「Blameless Culture」という言葉があるように、失敗すらも吸収しながら前に進んでいくのがメルカリらしいと思います。
Carlos Donderis
──新しいことにチャレンジし続ける組織でいるために必要なものはなんでしょうか。
@nozaq:「当たり前に開発したもの」が、各サービスの制約条件を、「当たり前に満たしている」状態を作る必要があります。メルカリはお客さまの多いサービスだからこその条件がありますし、メルペイもFintechだからこその基礎的な制約条件が多い。新しい挑戦をしようにも、「毎回、条件を確認して修正する」ことをしていたら、スピードが落ちてしまいます。求められている条件を自然と満たせる開発プロセスをきちんと作ることで、スピード感を落とさずに挑戦を続けられる組織にしていきたいです。
@kwakasa:nozaqさんが話してくれたことは「属人性の排除」とも言えます。言葉で言うのは簡単ですが、実現するのはすごく難しい…。ロックスター待望論のように、どうしても組織は「優秀な人」に頼ってしまいます。しかし、そうした人もいつかは卒業してしまうかもしれない。それで組織の生産性が下がるようではいけません。まだまだ私たちも試行錯誤中ですが、システムや組織の力で、人が変わったとしても同じように成長し続ける組織を目指したいと思います。
「アプリ」という思考の枠を外し、新たな事業に挑戦する
──組織の展望についてよく理解できました。では、最後にプロダクトのこれからについて伺います。多機能型ワンプロダクトアプリであるメルカリの「使いやすさ」「かんたんである」体験を損なわずに、どう「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」を実現するのでしょうか。
@kwakasa:まさにその質問が、私たちの現在地を表していると思います。「メルカリはモバイルアプリの会社である」と。しかし、インターネットサービスの中でアプリはひとつの手段でしかありません。Webベースのサービスなど、モバイルアプリ以外にもさまざまな可能性があると考えています。
@CaDs:たしかに、「すべてのサービスをアプリに紐づける」という考えが、私たちの思考の枠になっているかもしれません。kwakasaさんの言う通り、アプリが最適な手段じゃないこともあります。例えば、Webブラウザのほうが多くの人が操作できるし、IoTやPCなどのデバイスからもアクセスが可能です。アプリではない別のアプローチを検討してみることで、メルカリをさらに広いプラットフォームにできるかもしれない。最終目的は「あらゆる価値を循環させる」ですから、そのためにあらゆる手段、方法を検証していく必要がありますね。
@kwakasa:これまでにない事業領域も視野に入れながら、複数のプロダクトを作っていくのは当然の流れだと思います。そのために、エンジニアとして、もっとも力を入れて取り組むべきは「ID基盤」です。お客さまの情報をどのように管理し、プロダクト間の連携をスムーズにするか。今すでに注力しているこの取り組みをさらに進めることが、新規事業も含めサービスをさらに広げていくために必要不可欠です。
@nozaq:そうしたなかで、メルペイの役割は大きく2つあると思います。ひとつは、今お話に出た「ID」に関して。現在メルカリ所属のIDP チームは、これまでメルペイでIDの管理やセキュリティを担ってきました。要件の異なるサービスが並行して生まれるなかで、メルカリ上の各機能をお客さまが安心して使える基盤を作ってきたんです。そこで得た知見や技術をグループ全体に転用しながら、引き続き「安心・安全」な体験を提供できるようにしていきたいです。
もうひとつの役割は、Fintechのドメインにおいて、メルカリの「エコシステムに循環する価値を増やしていく」ことです。これまでは、お金が使える場所を増やしたり、キャッシュレス決済を可能にしたり、「与信」の仕組みを作ったりしてきましたが、金融領域のイノベーションはまだあるはずです。暗号通貨もそうですし、投資もそうかもしれない。そうした社会の変化を捉えながら、新しい価値を提供する方法を模索していきます。
@kwakasa:ミッションを新設したからといって、すぐに「あらゆる価値の循環」が実現するわけではありません。グループ全体として、社会や技術の変化を見逃さず適切にチャンスを掴みながら、より多くの価値が循環する社会を作っていきたいと思います。
編集:瀬尾陽(メルカン編集部) / 執筆:佐藤史紹