株式会社メルカリは2023年2月に創業10年を迎えました。この大きな節目に「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる(Circulate all forms of value to unleash the potential in all people)」というグループミッションを新たに策定しました。
メルカンでは、このグループミッションに込められた意図、そしてこれからの私たちの目指すことを「【8つのキーワードからひもとく】メルカリの10年、そしてUnleashする可能性と未来」という連載形式でお伝えしていきます。これからのメルカリを牽引するキーパーソンたちの言葉から、改めてメルカリという有機体(組織)の現在と未来を紡いでいき、これからの10年に私たちが社会にどのような貢献をしていけるかを思考します。
第4回のキーワードは「多様な組織」です。執行役員 CEO Marketplace 兼 ソウゾウ取締役 Jeff LeBeau(@jeff)、メルカリ D&I manager・趙愛子(@choco)、ソウゾウ エンジニアリングマネージャー 田中宏明(@napoli)に、メルカリにおけるD&Iの変遷、新たなグループミッションをD&Iの活動にどう落とし込むか、そしてメルカリが目指す「多様な組織」の理想像を聞きました。
この記事に登場する人
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Jeff LeBeau(@jeff)執行役員 CEO Marketplace 兼 株式会社 ソウゾウ取締役。米国オレゴン大学でBSc Economicsを取得後、フリーランスとしてウェブサービスのローカライゼーションおよびグローバル展開の戦略策定に従事。2014年より、東京およびシリコンバレーでベンチャー、メガベンチャー企業に参画し、17年6月にBusiness Operations ManagerとしてメルカリUSに入社。翌年、メルカリジャパンに転籍し、データを活用した事業戦略策定に従事。20年に執行役員VP of Analyticsに就任し、22年1月からメルカリジャパンCEO。22年7月より現職。 -
趙愛子(@choco)メルカリD&I team manager。テレビ報道記者、ジョンソン・エンド・ジョンソンで働き、リクルートでsales、Biz Planning、HRを経験したのちメルカリ入社。メルカリのD&Iを推進する中心メンバーとして活動中。 -
田中宏明(@napoli)株式会社ソウゾウ エンジニアリングマネージャー。ソフトウェアエンジニアとしてモバイルサイト開発会社に新卒入社。いくつかの企業を経て2010年に起業。代表としてソーシャルゲーム開発/運営に従事。その後2017年にソウゾウに参加。ソウゾウ参加後はメルカリメゾンズ、メルカリNOWなどの開発に関わり、2019年にメルペイに異動。メルペイネット決済の立ち上げを行い、2021年に現ソウゾウに参加。
いつも誰かの「想い」から。草の根的に始まったメルカリD&I
——まず、これまでの10年でメルカリがどのように「多様な組織」を目指してきたのか伺います。そもそも、多様性を大切にする考え方はどこから来ているのでしょうか。
@jeff:創業以来、私たちは「世界的なマーケットプレイス」を目指し、特定の属性のお客さまだけではなく、さまざまなバックグラウンドを持つ方が「使いやすい」サービスを作ろうとしてきました。そのためには、社内にも多様な視点や考え方が必要です。必然的に、社内に多様性があり、インクルーシブなカルチャーを持っている状態を目指してきました。
Jeff LeBeau
@choco:「ダイバーシティ&インクルージョン(以下、D&I)」という言葉が社内で広く使われるようになったのは、創業から4年目、2017年のこと。世界的なプロダクトを目指すため、外国籍のエンジニアを大量採用したんです。組織の多様性が高まったことで、草の根的にD&Iの活動が始まり、2019年にはHR部門に正式な組織「D&I team」が立ち上がりました。
それからD&Iを推進するさまざまな取り組みがなされてきましたが、それ自体が目的だった時代はありません。一貫して、D&Iは「ミッション達成に不可欠なもの」と考えられてきたんです。
——D&Iの活動が始まった2017年、napoliさんはすでに入社していましたね。外国籍のメンバーが増えた当時のメルカリはどんな状況でしたか?
@napoli:分断と言うと大袈裟ですが、外国籍のメンバーと日本国籍のメンバーがすんなりとなじまない部分もあったと記憶しています。今と比べると、英語が話せる日本人メンバーも少なかったですし、国籍が同じメンバーだけのチームができやすいなど、コミュニケーションの難しさは感じていました。
@jeff:日本語と英語が混ざり合う会議において、内容の理解度にばらつきがありましたね。会議後、「ちょっと話していた内容がわからなくて」と聞かれることもしばしばでした。僕自身は日英どちらも話せるので、課題に気がつきにくかったのですが、「自分が大丈夫だから、他の人も大丈夫」という考え方は良くないと気づいたんです。
——言語や国籍の違いはわかりやすい例ですね。その他にはどんな工夫や活動をしてきたんですか?
@choco:本当にさまざま取り組んできました。例えば、2019年に始まった「無意識(アンコンシャス)バイアス ワークショップ」。「女性はリーダーに向いていない」など、一人ひとりが日常的に持ってしまう「無意識の思い込み」を認識し、自分と対話するためのスキルを獲得するワークショップを開催してきました。
また、2020年に立ち上げた「Build@Mercari」。さまざまな事情でチャンスが巡ってこなかった方、特にSTEM分野(Science, Technology, Engineering, Mathematics)・IT分野におけるマイノリティである女性やLGBT+の方を対象に、トレーニングとインターンシップのオンラインプログラムを提供しています。
メルカリD&Iの活動の特徴は、一社に閉じず、できる限りオープンにノウハウや学びを発信していることです。他社やさまざまなステークホルダーと連携して、社会にポジティブなインパクトを生み出そうとしています。また、「想いのある人が手を挙げて始める」ことも大きな特徴です。会社がトップダウンで進めるだけでなく、個人の原体験や想いからスタートする自律的な活動だからこそ、熱量を保ったまま進めることができているのだと思います。
趙愛子(Aiko Cho)
——個人の想いが活動の熱量を生み出すんですね。D&Iの活動を中心的に進めているみなさんにも、そうした想いの原点があるんでしょうか。
@jeff:私の原体験は、国籍とアイデンティティについて辛い思いをしたことです。父がアメリカ国籍、母が日本国籍なのですが、小学校卒業までは日本人のアイデンティティを持って育ちました。しかし、中学生からアメリカで暮らしたのち、20歳で日本に戻って仕事をするようになると、見た目や名前から「外国人のような扱い」をされるようになったんです。それは日常生活においても同様で、「在留カードを出してください」という場面に遭遇したことも何度もあります。そうしたことが重なり、防衛本能として、アイデンティティをあえて持たないようにしていた時期がありました。
@choco:在日コリアンである私も、国籍のことでいろんな経験をしてきました。私が子どもの頃は、今よりもっと進学や就職における差別があり、「同じ点数では選ばれないから、圧倒的な点数を取りなさい」と言われて育ちました。さらに、20歳ではじめて韓国に行った際、日本語しか話せない私は食堂で「出ていけ」と言われてしまった経験があり、日本にも韓国にも故郷としての居心地の良さを感じられなかったんです。Jeffと同じように、私もアイデンティティは横におき、とにかく圧倒的な成果を出すことで存在を認めてもらおうとしてきました。しかし、メルカリで「機会の平等」というコンセプトに触れたことで、考えが改まったんです。「自分さえがんばればいい」ではなく、私たちの子ども世代や、その次の世代のことも考えよう、と。「私たちの世代で世の中を変えたい」という思いが、今の活動に繋がっています。
@napoli:二人とは違った角度から話すと、インターネットの発達とともに、社会の多様性を認め合う流れは加速してきました。僕はそこに大きな可能性を感じたし、国籍や境遇の異なる人のことが気軽に知れるようになったことで、違いのなかにある共通点や、勝手にしていた「決めつけ」に目が向くようになったんだと思います。違いを認め合う流れは、この先10年、20年経っても続くはず。その流れにしっかりコミットしていくためにも、D&Iを推進していきたいと思っています。
田中宏明(Hiroaki Tanaka)
——なるほど。インターネットがもたらした新しい潮流も、D&Iを考える際に非常に重要な要因のひとつですね!
D&Iにゴールはない。社会が変化していく中で、ずっと向き合っていくもの
——先頃、新たなグループミッション「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」が策定されました。このグループミッションは、これからのメルカリのD&Iの活動にどう影響しそうでしょうか。
@jeff:社員全員が、D&Iの考え方を自分ごと化しやすくなったと思います。グループミッションで語られている「あらゆる人」は、お客さまはもちろん、私たち社内のメンバーにも当てはまる。お客さまだけでなく、自分自身の可能性も広げるためにと考えると、よりD&Iを身近に感じられるんじゃないでしょうか。
@choco:このミッションにおいては、循環型社会の実現すらも「How」であり、その先にある「人の可能性を“Unleash”する」ことが目的です。長い時間軸で実現していくものであるからこそ、組織の永続性について考えさせられます。柔軟に変化しながら組織が生き延びていくために、よりD&Iを強化していくことが大切です。
——では、どういった観点からより強化していこうとしていますか?
@choco:明確に言えるのは「カルチャーアド」という考え方です。これまでのメルカリは、「カルチャーフィット」を重視して組織づくりをしてきました。それが会社の成長を支えたことは間違いありません。しかし、これからはもっと「異質」なものや、あるいはゴツゴツした存在、違った視点をプラスしてくれる人を受け入れ、活かし合うことが大事だと思います。信頼関係がベースにありつつ、違いからくる「摩擦熱」を生み出すことが、D&Iを推進させるはずです。
@napoli:ソウゾウのエンジニアリング組織も「カルチャーアド」が必要だと思っています。今は、30代の日本人男性、かつシニアエンジニアレベルのスキルを持っている人が多く、みなとても「優秀」ではあるものの、偏りがあると言わざるを得ません。事業立ち上げにおいて同質性は強みでしたが、さまざまな人が「使いやすい」プロダクトへと成長するためには、多様性が大切。今後は新卒社員やインターンを募集するなど、老若男女問わずに働ける状態を目指していきます。最低限のスキルは必要ですが、入社してから技術を磨いていける環境にすることも大切ですね。
また、サービスにおいてもまだまだ改善の余地があると思っています。複数言語に対応できているわけではありませんし、ハンディキャップがある人の使いやすさをどう実現するかなど、議論していきたいです。
——改めて、これからのメルカリが目指すD&Iの「在り方」をどのように考えていますか。
@choco:違いがあることを課題と捉えすぎず、「よりオープンに楽しめるフェーズ」になれたら良いですね。誰かを傷つけないようにしなくてはと考えすぎると、関わり合いが消極的になったり、特定の話がしにくくなったりすると思うんです。でも、それでは本末転倒です。違いを大げさなものとは考えず、楽しんで、もっと言えば笑いのネタにするくらいの土壌ができるといいのかもしれません。
@jeff:自分も、日本人か外国人かわからなくて気を遣われることがあります。でも、関心を持ってくれること自体が嬉しいですし、ストレートに色々と聞いてもらったほうがありがたいと思うときもある。こと、D&Iの話になると、どうしても「課題」とか「コンフリクト(衝突)」の話になりがちですが、本来、多様なバックグラウンドに触れることはとても刺激的で楽しいこと。その面白さをアピールしていきたいです。
@napoli:面白さをアピールするとともに、違いをインクルージョンする具体的な手法も発信していきたいと思います。例えば、個人が大切にしている考え方・働き方、家族や体調のことで共有したいことなど、パーソナルな情報を共有し合うワークショップ「Work Style Sync」が良い例です。お互いの知っておきたいこと、共有しておきたいことをオープンにすることで、心理的安全性が確保でき、パフォーマンスの高いチームができています。こうした取り組みのことを積極的に伝えていきたいです。
——社内の取り組みもそうですが、社会の変化をいち早く捉えていくことが大事になりそうですね。
@choco:そうですね。D&Iは、社会全体で議論を進めていくことが大切です。最近、特にそう思うできごとがありました。知り合いの女性リーダーと話した際、「早くメタバースの世界で、性別や容姿などの属性から切り離されて働きたい」と言っていたんです。冗談半分だとは思いますが、「女性」として働くプレッシャーを感じているのは本当だと思います。
すごく理解できる反面、「それでいいんだっけ…?」と疑問に思う自分もいて。アイデンティティを切り離したメタバースの世界では、それぞれの違いはもっと見えづらくなって、本当の意味で、違いを生かし合うことが難しくなるかもしれないと思ったんです。今の時点で自分の中に答えはないですし、世代によっても感覚が違うと思います。こうしたテクノロジーや社会の変化に合わせて、「D&Iはどうあるべきか」を対話していくのが大事だと感じています。
@Jeff:D&Iには「これが達成できたら終わり」というゴールがなく、社会も私たち自身も変化していく中で、ずっと向き合っていくものですよね。
@choco:新たにグループミッションを掲げたことで、メルカリもまた変わっていくと思います。見えるもの、見えないものも含めて「あらゆる価値を循環」させるなかで、もしかしたら、意図せずに誰かを傷つけてしまうことがあるかもしれません。怖がる必要はないですが、そうした健全な危機感を持ちながら、メンバーみんなの多様な想像力を総動員して「あらゆる人の可能性を広げる」会社を作っていきたいです。
編集:瀬尾陽(メルカン編集部) / 執筆:佐藤史紹