メルカリでのあらゆる体験をデザインする「デザイン組織」は、新たなグループミッションの元でどのような「お客さま体験」を構築しようとしているのか?広義の「デザイン」という観点から、カスタマーエクスペリエンス(CX)、開発プロセス、組織づくりの中で、いかにデザインの力が発揮されていくのか、全4回にわたってデザイン組織のいまを多面的にお伝えしていきたいと思います。
第2回は、いかにお客さまの生活においてメルカリの価値を提供するかという、いわゆるCX戦略について、岩部真和(@masa49)と上野絵美(@emi.ueno)に語ってもらいました!
この記事に登場する人
-
岩部真和(Masakazu Iwabu)アメリカのエマーソン大学を卒業後、UXデザイナーとしてのキャリアをスタートさせる。2015年、世界に拠点を持つ、デザイン戦略ファーム Designit に入社。ヘルスケア、科学、保険、モビリティ、ファッション、テレコミュニケーションなど、さまざまなデザインプロジェクトをリード。2022年9月、メルカリに入社。Experience Design チームの Design Manager として従事している。 -
上野絵美(Emi Ueno)東京大学医科学研究所で前期博士課程(修士)修了後、2011年株式会社リクルート入社。旅行、レストラン、美容サロン、EC等の既存会員経由売上に横断の責務を持ち、短期/中長期の戦略構築実行、運用、P/L、システム企画開発に従事。Google Japan G.K.を経て、2017年よりAmazon Japan G.K.にて小売消費財部門での価格戦略立案実行、プロダクト開発を担当。2019年より同領域担当部長。2022年よりメルカリへ入社し、Marketing組織で既存会員の育成システムの企画・モデル開発、2023年よりExperienceDesign組織でマーケットプレイスのCX戦略策定に従事。
次の10年に向けて、デザイン組織は何をなしていくのか?
──CXとUXという言葉は、ともに「お客さま(ユーザー)の体験」を指すので、ともすれば混同されてしまう場合もありますが、お二人はCX、UXをどう定義されていますか?
@emi.ueno:UXはいわゆるユーザビリティ、プロダクトの体験の全てを担う部分だと思っています。対してCXは、プロダクトよりもお客さまを中心にした体験のことです。お客さまの生活の中に、サービスがどのように入り込み、寄り添っているか、お客さまがサービスを普段どのように使っているかを考えることだと捉えています。
お客さまはある目的を果たすために、さまざまなサービスを使っていると思いますが、その中でメルカリはどのような位置づけで、どんな価値があるから使っていただけているのか、さらに競合サービスを知り、私たちはそのサービスと比べてどんな違いがあり、良いと思っていただけているのかを分析する。平たく言えば、UXはプロダクトを中心にしてプロダクト改善方針を考える、CX戦略はお客さまを中心にしてして事業成長方針を考えることです。
そのため、本来のCX戦略では、5年、10年というマイルストーンの中で、マーケットポジショニングもするし、競合サービスとも比較するし、私たちの提供価値も設定したうえで、目標利用者数や売上まで決めるものだと思っています。
上野絵美(@emi.ueno)
@masa49:CXとUXはオーバーラップするところはあると思いますが、UXはプロダクト上の体験のことなので、お客さまに「メルカリのことを考えてもらってから」がUXの領域になるというイメージですね。
@emi.ueno:自社でサービスを提供していると、どうしても「お客さまはずっと自分たちのサービスのことを考えている」という思考に陥りがちです。しかし、お客さまは生活の多くの時間、別のこと考えていて、ふとした瞬間に私たちのサービスを思い出していただいている。その「ふとした瞬間とは何か」を考えることが、CXにおいてはとても重要です。プロダクトアウトの会社にいると、そうしたことをどうしても忘れやすくなると思います。
──なぜ、忘れやすくなるのでしょうか?
@emi.ueno:メルカリが非常に良いプロダクトとビジネスモデルによって伸びた会社だからだと思っています。市場に先行するビジネスモデルというものがほぼなかった状態で、優れたプロダクトをリリースして、多くのお客さまから支持されて急成長しました。良いプロダクトとビジネスモデルがかけ合わさると、ある一定期間まではサービスやプロダクトを改善することに集中するだけで、成長することができます。しかし今は、かなりマーケットが成熟したので、シェア争いが始まっていて、ただビジネスモデルを磨くだけでは生き残れない。そのため、次の10年に向けた新たな戦略や価値提供を見直すフェーズに入ったのだと思っています。
──なるほど。では、これからCX戦略を推進するにあたり、masaさんはデザイン組織の現在地をどう捉えていますか?
@masa49:僕は前職がデザインコンサルファームで、さまざまな会社のインハウスデザインチームを見てきましたが、メルカリほどレベルが高いインハウスデザインチームを持っている会社はそうそうありません。スタートアップ企業からユニコーン企業という過程を経て、いまグループ全体としても成熟に向かっていて、充実した状況にあると言えると思います。また、Mihoさん(VP of Experience Design 前川美穂)のように、役員レベルにデザイナーがいることもすごく大きいと思っています。デザイナーが意思決定のテーブルにつけるかどうかという観点でも、メルカリは進んでいる組織だと感じますね。
あえて課題点を挙げると、これまで事業の非連続な成長に伴ってUX改善は部分最適が優先されてきましたが、今後はHolistic(全体的)なUX改善を進めていかなければならないということですね。
──そうした課題に対し、どういうプロセスで言語化や可視化して、アクションを起こしていますか。
@masa49:UX改善の一環で取り組んでいることとしては、コアとなるステークホルダーを集めて、全体的なUX改善を軸にしながら「どういうUXとして改善していくべきか」「どういうビジョンを掲げるべきか」をディスカッションするワークショップを行い、具体的なプロジェクトに紐づけていく作業をしています。
とは言え、社内でものすごい数のプロジェクトが同時進行しているので、誰を巻き込んで、どういうコミュニケーションをとっていくのかは、まだまだ改善の余地があると感じています。「YOUR CHOICE」の導入で、どこからでもミーティングに参加できるので、コミュニケーションの最適化は課題の一つですね。
@emi.ueno:外部と内部環境の客観的な情報の収集・整理と課題の提示、つまりお客さま視点を持ちつつも定量に基づいた戦略の提示をしていくことがまずは必要です。繰り返しになりますが、サービスやプロダクトの改善がそのまま成長につながるフェーズではなくなってきているので、より俯瞰した視点から事業の構造的な課題に着目し、市場の中でどのような位置づけで事業を伸ばしていくのかという指針をつくっていきます。そのために、1、2年後の成長につながらなくても、5年後、10年後に大きな成長の差を生むような機会やボトルネックについての重要性を可能な限り定量的に示して、ステークホルダー間で合意していくことが必要だと考えています。
デザインは目線が違う人たちを一つにまとめるためレンズ
──取り組みを進めていく中で、課題の解像度が上がったからこそ、改めて見えてきたことってありますか?
@emi.ueno:私自身はIT業界に長くいるので、メルカリに入社した時点で大枠の課題は非常に明確だと感じていました。その課題の多くが、それこそ過去に取り組んだ経験がある、事業成長の過程で起こりやすい性質のものだったからです。しかし、難しいのは課題設定ではなく、それをいかに組織の「共通認識」としていくかです。その課題を解決することの重要性を理解していただき、共通認識としないことには優先度を上げていくことはできません。そのうえで実行できる環境を作っていくことが非常に難易度が高いです。
他方、メルカリは非常に沢山の機会に恵まれていると思います。すでにサービスとしての高い認知と、たくさんのお客さまとの接点を持っていることはかけがえのない資産です。社内には非常に優秀なメンバーも存在します。これらがうまく歯車が噛み合わさり、大きな岩を動かしていくことができれば、もう一段上の事業成長の可能性があると感じています。
@masa49:メルカリは組織として、ミッションドリブンでありながら、ボトムアップの動きもかなり活発で、そこは良いバランスですよね。基本的にはメンバーみんながプロアクティブで、自主的に前に進めようとしているのは、この企業規模だと珍しいと思います。ただ、多数のプロジェクトがパラレルで走っているので、もしかすると相乗効果ではなく、それぞれが打ち消し合ってしまう可能性は潜んでいます。
今まさにExperience Design チームとしてやろうとしているのは、一つひとつの自主的な取り組みを「緩くつなげて」、どう大きなインパクトを出すかということ。そのときに重要なのが、「ユーザーセンタード・デザイン」という考え方です。サービス提供者の視点ではなく、あくまでお客さま視点でものを見ることで、そこに共通認識が生まれていくんですよね。
僕自身は、ユーザーセンタード・デザインは目線が違う人たちを一つにまとめるための「レンズ」だと思っています。エンジニアでもPMでもマーケターでも、それぞれがそれぞれの立場で話し始めると収集がつかなくなりますが、そこで僕たちデザイナーがユーザーセンタード・デザインの考えのもと、「お客さま視点で話しませんか?」と提示することで話がまとまっていく。僕は常々「デザイナーが議論のファシリテーションをすべき」だと思っていますし、それは広義のデザインという観点で物事を考えることを得意としているからです。
岩部真和(@masa49)
──「緩くつなぐ」ことの重要性は、いまのメルカリのフェーズで必要なことだと感じています。
@masa49:トップダウンの組織より、自主的なチームがそれぞれ緩くつながる方が、結果的にインパクトの大きいものが生まれると思います。最初から完璧なものを求めてしまうと、上手くいかないことが多いですし。
@emi.ueno:確かにそうですね。メルカリに入って新鮮だったのが、完成度30〜40%ぐらいのレベルから経営も含めて会話に巻き込んで、意思決定していくこと。それは、メルカリ特有のカルチャーだと思います。
「お客さま体験」における大きな責任を問い続ける
──最後に、CX戦略の先にお客さまにどんな体験を提供できるか、あるいは行動変容を促していけるか、それぞれが目指したい姿を聞いてみたいと思います。
@masa49:グループミッションの「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」にある、「あらゆる価値を循環させ」というところですね。マーケットプレイスに関しては、二次流通をいかに「これからの当たり前」にしていくかだったり、モノの売り買いを生活の一部にしていけるようなスムーズな体験を増やしていきたいと思っています。意識せずとも、人からモノを買ったり、人にモノを売ったりすることが当たり前という世界観を浸透させてていきたい。それを実現するためには、スムーズかつ安心・安全、簡単な体験が基礎になってくるので、UXが持つ責任は大きいと思っています。
@emi.ueno:メルカリのコアのビジネスである二次流通は、お客さまの生活や価値観を大きく変える可能性があると思っています。私自身の話をすると、セカンドハンドがこれだけ流通するようになって生活や価値観が非常に変わりました。昔ある憧れのブランドの財布を欲しいと思っていた時期があったのですが、当時の私にはとても高価だったので、購入することは考えていませんでした。そんな時、たまたまメルカリで状態のいいものを見つけて、定価の5分の1の価格で購入したんです。5年ぐらい愛用した結果、これ以上気に入る財布はないだろうと感じ、最終的にそのブランドのショップで新品を購入しました。メルカリでの出会いがなかったら、自分の人生でその財布を購入することも、使うこともなかったと思うんです。おそらくもっと安い財布を買って、何年か単位で買い直し、結果的に同じだけの額を支払うことになっていたとしても、です。
メルカリがあることで「分不相応ではないか」とか「似合わないのではないか」と、自分に無意識に課してしまっていた制約をひとつ減らすことができた経験でした。些細なことですが、私にとっては大きな価値観の変化で、選択肢が広がることが、こんなに豊かで素晴らしいことなのかと実感しました。
そうした個人的な経験もあって、より多くの方に新たな感動やまだ知らない価値観と出会っていただける場所を提供したいと感じていますし、出会いこそが人生をより豊かにすることだと思ってます。いまはまだ個人売買に不安がある方もいらっしゃると思うので、そういう方たちが安心して取引できるサービスを目指して、メルカリが普通の買い物と変わらない選択肢の一つになる世界を目指したいですね。