「今のメルカリでまだ面白いことやれるんですか?」──プロダクト開発の採用候補者の方々から、こういった質問を投げかけられることが実は少なくありません。果たしてそうなのでしょうか?
この疑問に真っ向から「まだ面白いことができますよ!」と回答するチームがあります。今回お話しをうかがうのは、外から見ると、プロダクトとしての成熟フェーズに足を踏み入れたと思われがちなメルカリにおいて、果敢に新規テーマにチャレンジして成果を挙げたSeller Engagementチームです。
Seller Engagementとは、ひと言でいうと「売れる体験」にフォーカスしたプロジェクトです。メルカリでは、購入者であるお客さまにとって、なによりも品揃えが重要なので、長らく「出品体験」を磨き込んで出品しやすい環境づくりにフォーカスしてきました。しかし、お客さまにさらに寄り添った「売れる体験」にフォーカスしたのはこれが初めて。
今回プロジェクトを振り返ってもらったのは、Seller Engagementプロジェクトを担当していたSoftware Engineerの加藤倫弘(@tkato)・松枝知香(@ku-mu)と、UX Designerの山田静佳(@shizuka)、PdMの栗田祐志(@kurita)の4名。多くのお客さまにご利用いただき、成熟フェーズを迎えつつあるプロダクトで、なぜ新規テーマにフォーカスしたのか。成果を挙げるまでの道のりと苦難について伺いました。
この記事に登場する人
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加藤倫弘(Tomohiro Kato)2021年3月にメルカリに入社。機械学習エンジニアを経て、現在はSeller Engagementチームに所属し出品機能のiOS、Android、バックエンド開発を担当。メルカリ入社以前は組込みシステム開発や車載器向けのAIシステム開発に従事。 -
松枝知香(Chica Matsueda)ゲームプログラマ・AIコンサルを経てメルカリに転職。AIをサービスとして提供するMLOpsエンジニアとして経験を積み重ね、現在はSellerEngagementチームにてiOS、バックエンドを担当。 -
山田静佳(Shizuka Yamada)2016年4月にメルカリに入社。入社以来、メルカリJPのUI/UXデザインを一貫して担当。現在は、UXデザイナーとしてプロダクト開発に関わりながら、デザインチームの貢献を最大化すべくDesignOpsの推進、2022年より社内コーチとしても活動中。 -
栗田祐志(Yuushi Kurita)株式会社ビズリーチにて、サーバーサイドエンジニア・PdM・人事を経験。その後、2018年6月にメルカリへジョイン。CRE、メルペイグロース、UX改善などを経て、現在はPdMとして、Seller体験の創出によるビジネスグロースに従事。
「お客さまは出品がしたいんだっけ…?」というふとした疑問
──「売れる」ことにフォーカスしたのがSellerEngagement とのことですが、そもそもなぜ、このタイミングで「売れる」にフォーカスしようと思われたんですか?
@kurita:ぱっと聞いただけだとそう思いますよね。Seller Engagementというテーマを打ち立てた背景とゴールについて、僕から説明させてください。
メルカリでは、なによりも購入者のお客さまにとって、品揃えが重要なので、長らく「出品体験」を磨き込んできた歴史があります。そのおかげで、出品するまでの一連のUXはめちゃくちゃ簡単で便利になったと思います。「今後ももっと技術を利用して出品体験を磨き込んでいくぞ!」という社内の雰囲気の中、ふとした疑問が頭をよぎりました。「あれ?お客さまって出品がしたいんだっけ…?」と。
その答えは“No”でした。お客さまがメルカリに期待することは「出品したら売れる」ことです。もちろん簡単かつ便利にそれができればなお良いのですが、なによりも「売れる」ことが重要だと改めて思い直しました。
実際、データを見てもこれは正しかったです。売れる体験をしたお客さまと、そうでないお客さまでは、メルカリの継続率に明確な差がありました。売れる体験をする人が増えれば、目の前の売上と継続してくださるお客さまが増えます。データも踏まえて、一層の確信を得たので、何をどうするべきかの検討に移りました。
栗田祐志(@kurita)
出品者は小さなショップオーナー
──では、実際にどのように検討していったのですか?
@kurita:「売れる体験」にフォーカスすることは決まりましたが、「はて?どうやって実現しようか…?」と、当初は途方に暮れていました(苦笑)。
とはいえ、一にも二にもお客さまの中にしか答えはないことは確信していました。お客さまが何を求めているのかを探るため、とにかくお客さまの行動ログを見まくり、過去の実験やインタビュー結果も漁りまくりました。結果分かったことは「お客さまは、商品を売るために、納得感をもって意思決定・アクションをしたい」ということ。要は、お客さまは一個人ではあるけれど、メンタルモデルは世の中のショップオーナーと同じなんだな、と。
納得感をもって、意思決定するために必要な要素は4つです。
①正しく現状を知ること
②理想の状態を知ること
③そのギャップを埋める方法が分かること
④そのギャップを埋めるためのアクションを取れること
①〜④を実現するために、出品者の方が値下げなどのアクションの意思決定をするために役立つデータの提供や、購入者の方々にアプローチできる手段の提供をすることにフォーカスしました。
ここまでくればやることはシンプルです。世の中のECショップサービスを徹底的に調査して、機能を確認しました。結果、「世の中のECショップでできることをメルカリ上でローカライズして提供する」というビジョンに行き着いた次第です。
あとは、一般的な機能をどうメルカリのお客さま用にローカライズするかというハードルを、エンジニアとデザイナーと一緒に検討して突破するだけでした。
──この構想を聞いて、みなさんはどう思いましたか?
@ku-mu:私たちのチーム(Seller Engagement 2)はEdge-AIの研究開発をしていて、技術力はピカイチで何でも作れる自信はありました。しかし、長らくPdMが不在だったこともあり、何がお客さまにとっていいものなのか、どんな切り口でアプローチをはじめていいかわかりませんでした。そんな中で、kuritaさんからプロジェクトのゴールとマイルストーンを聞いて、「これだ!」と思いました。やっとお客さまにとっていいものを自信を持って作れると。
私は、前職は受託開発の会社にいたのですが、お客さまにより近い場所で価値提供できる機能に携わり、改善ループを回す経験がしたくてメルカリに入社しました。それがようやく叶いそうだぞと思って、テンション上がったのを覚えてます。
松枝知香(@ku-mu)
@tkato:私もメルカリ入社の目的の一つが、FeatureチームとしてPdMやデザイナーと協力しながら、クイックにプロダクト開発を行うことでした。今回ようやくその機会が得られた嬉しさと、メルカリ主要機能である出品・売却に関われることにワクワクしました。
私は前職を含めて研究開発寄りの仕事をしてきたこともあり、ビジネスやプロダクトマネジメントの知識が多くはないので、kuritaさんの話を聞いたときは、まだ完全にはイメージしきれませんでしたが、ビジョンや熱量は伝わってきましたね。
@kurita:今にしてみれば、熱量で押し切った感じになってすみません(笑)。
@shizuka:私も長くフリマ事業に携わってきたものの、出品だけに携わる機会はほぼなかったので、トライできることに喜びを感じました。「売れる」にフォーカスするのがメルカリとして初めてで、いよいよかと。
元々重要だと思っていたし、1ユーザーとしても嬉しかったです。一方で、どうしても機能が複雑にならざるをえなさそうだと、お話を伺った段階から思っており、難易度がかなり高いと感じていました。特にデザイナーとしては、全てのお客さまに使いやすい状態にするには、どう見せるのかというのが悩ましいところだったのを覚えています。
まずは「検証できること」を重視。それぞれのアプローチでプロジェクトを推進
──みなさんの話をうかがうと、難易度は高いけれどそれ以上にワクワクが勝るという感じだったんですね!まずは手探りの部分が多々あったのでないかと思うのですが、最初は何から始めていったのでしょうか?
@tkato:仕様と期待値の明確化ですね。特にPdMとデザイナーの“肌感”を理解することに努めました。「何を作るか」は信頼できるPdMやデザイナーに任せて、自分は彼らのWillをどうやって早く実現するかに注力しました。
機能の仕様やデザインのドラフトを確認したときに、一見単純な機能に見えるものの、実現する上で時間がかかりそうな点がいくつかありました。1つは、複数のスクリーンやバックエンドの機能にまたがる変更だったため、それらのオーナーである他チームとの交渉が必要な点です。また、それらの機能のために利用するデータが膨大であることから、いきなり全データをリアルタイムに処理することは極めて難易度が高かった。
そうした状況を踏まえて、どこが外せないコアの要件かや期待するスケジュールやコストを明確にしながら、代替案を検討して要件をすり合わせをしていきました。
@ku-mu:私は以前あった類似機能について徹底的に調べました。1ユーザーとしてもいい機能だと思っていたので、そのエッセンスを残してお客さまに提供したいと考えていました。そこに、PdMやデザイナーが分析・リサーチの結果を踏まえた、新しい切り口を提案してくれたので、納得感のある形で進めることができましたね。その後は、機能をどう実現するかの設計に取り掛かっていきました。
@shizuka:PdMとラフに壁打ちから始めましたよね。機能自体のまたがる範囲が大きいこともありましたし、先ほどお伝えしたようにデザインに落とし込むのが難しそうな概念だったので、まずはあまり深く考えないで手を動かしてみました。
その過程でPdMと喧々諤と議論しながら、概念をブラッシュアップして研ぎ澄ましていきました。何度何度も叩いたり揉んだりしてるうちに、「誰のため」の「何なのか」を具体化できたと思います。
当時の議論内容を図示
──プロフェッショナルなチームでスタートしたわけですが、プロジェクトを進めるうえで難しかったポイントはありましたか?
@kurita:色々ありましたねえ…(笑)。 そもそも新チームの立ち上げなので、スクラムのスタイルを自チームにアジャストするなどのチームオペレーションの再設計や、PdMへの期待値のすり合わせから始める必要がありましたし、課題は山積みでした。困難というよりは、やるべきことが多かったという印象です。
@tkato:このプロジェクトの前に担当していたアプリのフルリニューアルプロジェクトがハードだったので、それに比べれば楽勝でしたよ(笑)。
メルカリのiOS / Androidの開発方法は一通り理解していたので特に困ることはなかったですが、一方で実務としてバックエンドの開発は初めてだったため、開発というものへの肌感がなかったですし、特に大量のデータを短時間で集計する処理をできるだけ簡易的かつ低コストで作るのは苦労しました。
また、A/Bテストが成功するかどうかもわからないので、ファーストリリースでは、できるだけエンジニアリングリソースはかけるべきでないと考えていたのもあります。
加藤倫弘(@tkato)
@kurita:そこはtkatoさんと価値観が同じだったところですよね。僕も検証できることがまずは大事という考えなので、1stリリースはコアを押さえた60点で良いと思ってました。
@shizuka:迅速かつ柔軟にやれたのは、その価値観がチームの共通認識となったことが大きいですよね。
@ku-mu:私もtkatoさんと同じく、ユーザに紐づくデータを持ったバックエンドの構築に十分な知見がなかったので苦労しました。あとは、本職がMLエンジニアなので、クライアントのコーナーケースの列挙が不十分だったりして、手戻りが多くなってしまいました。特にクライアント開発は本当に苦労しましたね。がんばって知見のある人に聞こうにも、クライアントチームの立ち回りやお作法が分からなかったり…。
@kurita:傍から見ていて悩んでいるのは感じてましたが、翌週ぐらいには解決に向けて動き出してて、「さすがプロ!」だと思いました(笑)。
@shizuka:色んな課題があったのに、よく止まらずにリリースできたな…と今振り返って思いますね。デザイナーの立場でいうと、多角的な観点からデザインクオリティを上げるためのレビュー会があるのですが、過去の機能との違いやメルカリの十人十色の使い方、ターゲットセグメントの正誤など、あらゆる意見をもらい、自分でも悩んでしまった時期がありました。結果として、最初のコンセプトで突き進んで正解だったのですが、レビューしてくれたメンバーそれぞれの中に、過去の似ている機能のイメージがあったりして、それとのコンセプトや機能の違いを説明することが非常に難しかったです。
山田静佳(@shizuka)
@kurita:メルカリには色んなセグメントのお客さまがいるので、レビューを解釈する僕ら側としても、どのお客さまの話をしているのかを意識して聞くのが重要ですよね。
全体売上の1.5%増!半信半疑から確信へ
──結果として全体売上の1.5%増という大きなインパクトを生んだそうですね!さまざまな困難があった末、成果に結びついたことにどのような感慨がありますか?
@kurita:ホッとしたというのが、正直な感想です。これだけのメンバーを巻き込んでおいて、結果が出なかったらどうしようかと不安だったので…。めげずに最後までやり抜いてくれたチームのみんなに感謝しています。みんなで作った数字だなと心から思っていますし、何にも代えがたい達成感がありました。
@tkato:エンジニアとして良い仕事ができたなと思いました。お客さまに使っていただける機能を提供できた喜びはもちろん、プランニングメンバーのWillをクイックに実現でき、技術的に大きなトラブルなく運用できたことが嬉しかったです。
@ku-mu:メルカリに入っていろんなプロジェクトに関わりましたが、これほど数字に出たのは初めてだったので本当に嬉しかったです! まだ足りない部分もありますが、もっとお客さまの役に立つ機能になるように改善を重ねてさらに結果を出したいです。
@shizuka:出品されている商品の検索されている数や閲覧されている数が見えるアナリティクス機能(Seller Analytics)については、最初から絶対に需要があると思っていたので、「ね!そうでしょう!」という気持ちでした。一方、出品されている商品を欲しい人の数が分かる希望価格の登録機能(Desired Price Alert)については、悩んで苦労した過程があったので、正直リリースしてみるまで半信半疑でした。結果として、多くのお客さまに使っていただけているので、本当に嬉しかったです。実際に自分でも使ってみて、「めちゃくちゃ便利だな!」と感じています(笑)。
Desired Price Alert(希望価格の登録):気になる商品の購入希望価格を登録すると、その商品が希望価格まで値下げされた際にお知らせする機能
Seller Analytics(商品詳細の閲覧数・検索数):マイページにある「出品した商品>出品中>商品詳細」から閲覧数と検索数を確認でき、出品した商品が、どのくらい他のお客さまに見られているかを知ることができる
どちらの機能も社内・社外ともに反応が大きかったので、たとえすぐに数字が上がらなくてもセカンド・チャンスはあると思ってました。色々な機能を出してきた過去の経験上、「反応がある=改善のポテンシャル」があると思っていたので。
ただ、ファーストリリースで結果が出たのは本当になによりでした。正しい順序で、正しく繋ぐと結果がついてくるんだと感じましたし、やっぱり嬉しかったです。
まだまだできることはたくさんある。コアをぶらさずにさらなる成長を目指す
──最後に、このプロジェクトへのこれからの期待と意気込みを教えてください。
@kurita:今回はあくまで0→1、POCの検証段階で、ここからが1→10、10→100のフェーズで本番です。0→1でこれだけの威力を出せたなら、ここからはもっとすごいことになるはずですよ!
@tkato:今回インタビューでは取り上げていない機能も含めて、いくつかの実験が成功したことでチームの士気が上がっており、この機能や領域へのポテンシャルを感じてきています。ようやくチーム立ち上げから1年弱が経ち、エンジニアメンバーもkuritaさんやshizukaさんからの期待値への応え方にも慣れてきたと思います。ここからは、速度と精度をより上げていければと思います!
@ku-mu:自分自身がメルカリのヘビーユーザーでもあるので、できることはもっとあると思っています。小さな変更から、大きな挑戦まで色々していきたいですね。余談ですが、私には初心者目線がもうないので、初心者向けの機能開発はメルカリビギナーの人が作るとか面白いかもしれませんね(笑)。初心者も長くお使いいただいてるお客さまも含めて、もっとメルカリのファンを増やせるようにがんばります。
@shizuka:作った機能のコアコンセプトはブラさずに成長させ続けたいですね。まだまだできることはいっぱいあると思うので。戦略・方針がしっかりしてるPdMと強いエンジニアがいることがこのチームの強みなので、それは引き続き活かしていきたいですね。
チームメンバー全員集合!