こんにちは。Director of Legal & Governance Division and Board of Directors Officeの@masashiです。
メルカリは、2023年9月28日開催の第11回定時株主総会での承認をもって、監査役会設置会社から指名委員会等設置会社へ移行しました。メルカリの目指すモニタリング・ボードへの進化を目的としたこの取り組みは、多くの関係者の尽力なくしては実現することができませんでした。
プレスリリース:指名委員会等設置会社への移行および役員体制変更のお知らせ
今回の記事では、指名委員会等設置会社への移行を実現させるために、どのような背景でプロジェクトが立ち上がり、どのようなプロセスで移行の検討や準備が進められたのかを、プロジェクトオーナーの目線で詳しく紹介します。メルカリの取り組みを紹介することで、日本企業全体のコーポレートガバナンス改革に少しでも貢献できることを願っています。
写真撮影には、一緒にプロジェクトを推進したメンバーも集まってくれました
この記事に登場する人
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近藤雅史(Masashi Kondo)2006年4月に日立製作所に入社。入社以来、法務部門にて、コーポレートガバナンス、ディスクロージャーに関する業務に加え、資本政策(株式・社債発行による資金調達、株主還元政策)やM&A・事業再編(上場子会社の完全子会社化・売却、企業買収など)の各種案件に携わる。2022年4月よりメルカリのLegal & Governance Divsionに加わり、2023年10月より、Board of Directors OfficeとLegal & Governance DivisionのDirectorを務める。米国ノースカロライナ大学 経営学修士(MBA)修了。
移行の検討がスタートした背景
第一に、進太郎さん(代表執行役CEO)のコーポレートガバナンスに対する強い想いがありました。メルカリは、創業10周年のタイミングで新たなグループミッション「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」を策定しました。新しいミッションを議論する中で「ミッションを達成するためにはどんな経営体制が最適なのか」「仮に自分がいなくなったとしても、ミッション達成に向けて会社が永続的に成長していける仕組みを作りたい」という課題意識がきっかけとなりガバナンスモデルの議論がスタートしました。
また、マテリアリティ(メルカリが本業を通じて解決するべき最も重要な課題)の一つである「中長期にわたる社会的な信頼の構築」の重点領域の一つとして「コーポレートガバナンスの実効性向上とコンプライアンスの徹底」を掲げてもいます。
そもそも、指名委員会等設置会社の数は、日本全体の上場企業が4,000社ある中でも少なく、2023年8月1日時点で91社、東証プライム市場に上場している企業の中でも4%程度に過ぎません。(引用:日本取締役協会 指名委員会等設置会社リスト)
この成長フェーズや規模感の会社で、指名委員会等設置会社に移行するのはレアケースだからこそ、メルカリとしてのコーポレートガバナンスに対する本気度がうかがえる取り組みだと言えます。
近藤雅史(@masashi)
移行プロジェクトの概要
指名委員会等設置会社への移行は、「PJ Pilgrim」というプロジェクトによって牽引されました。「Pilgrim(ピルグリム)」は「巡礼者、旅人」のような意味を持つ言葉で、企業としての在り方・形を決めていくプロセスを自分たちの魂を探すプロセスになぞらえて名付けました。周囲からは、「呼びにくい」という声もたまに聞きましたが(苦笑)。
「PJ Pilgrim」では、主に2つのフェーズに分けてプロジェクトを進めてきました。
フェーズ1:コーポレートガバナンスのあり方の検討・議論
フェーズ1は、「取締役会、ボードリーダー、CEOに求める役割は」「目指す取締役会の規模・構成は」「取締役会の多様性をどのように考えるか」といった問いについて、あらためて本質的にメルカリとしての解を探求するタフな検討プロセスとなりました。
そこまで立ち返った上で、指名報酬委員会で「ミッション達成に近づくために最適なガバナンス体制は?」「指名委員会等設置会社への移行の有無・時期についてどう考えるか?」についての議論を重ねてきました。委員会の場で進太郎さん、移行前の社外取締役である篠田(真貴子)さん、村上(憲郎)さん、渡辺(雅之)さんから、幅広い論点について効果的に意見を引き出すためにも、専門的知見と客観的視点を備えた外部有識者の方にもアドバイザーとして議論に参加いただきました。
一般的に、指名委員会等設置会社への移行は、1〜2年をかけて準備を進める必要があるとされているので、移行のタイミングについては、当初は2024年9月も念頭に置いていました。
検討を重ねる中で、進太郎さんから「1年先延ばしをすることで何か更に良くなることがあるのか。大きなメリットがないのであれば、最短を目指すべきなのでは?」という問いかけがあり、委員会メンバー全員で話し合った結果、「1年待った方が良い積極的な理由は無く、当社が目指す取締役会の姿により相応しい経営の仕組みやツールがあるのであれば、早く取り入れていくべきである」という結論に至りました。
その結果、2023年1月からは、2023年9月の移行を目指して準備を推進するプロジェクトチームを立ち上げることになりました。メルカリのバリューである「Go Bold(大胆にやろう)」が体現された経営判断だったと思います。
フェーズ2:移行に向けた準備と対応
フェーズ2では、実際に2023年9月に移行するための準備を進めてきました。検討すべき内容が、取締役会運営体制の構築、役員人事・報酬制度やグループ監査体制の整備、社内実務の見直し等、非常に多岐にわたるため、PMO(Project Management Office)を立ち上げるにあたって、cross-functionalなチーム編成が良いと考え、Group Governance Team(グループガバナンス)、Management Strategy Office(経営戦略)、Public Policy Team(政策企画)、Evaluation & Compensation Management Team(評価・報酬)の各チームからバックグラウンドの異なるメンバーに参加してもらいました。
その上で、検討テーマ毎にワーキンググループを立ち上げ、各PMOのメンバーがそれぞれのワーキンググループのオーナーとなってその分野の検討をリードし、同時並行で準備を進めていきました。結果、立ち上がったワーキンググループ(以下、WG)は8つにも上ります。
1) 取締役会の運用設計WG
● 取締役会の年間活動計画、「経営の基本方針」の定義、決議事項・報告事項とする項目などについての検討
2) 指名委員会の運用設計WG
● 指名委員会の役割、年間活動計画、コーポレートガバナンス・ガイドラインなどについての検討
3) 報酬委員会の運用設計WG
● 報酬委員会の役割、移行後の役員報酬制度設計などについての検討
4) 監査委員会の運用設計WG
● 監査委員会の役割、グループ全体の監査体制、内部監査部門との連携体制、年間活動計画などについての検討
5) 業務執行決定権限の見直しWG
● 執行役の職務分掌・相互関係、執行側の意思決定機関に関する業務、グループ全体の決裁権限などについての検討
6) 株主総会準備WG
● 各種開示資料(適時開示・招集通知(定款変更議案)・有価証券報告書・CG報告書)の作成や、想定問答の準備
7) 規程改定WG
● 取締役会規程、各委員会規程、執行役規程、内部統制システムに関する基本方針などの作成・検討
8) 事務局組織検討WG
● 移行後の取締役会・委員会の事務局組織・業務の検討
移行プロジェクトにおいて苦労したポイント
会社にとって不可逆的な意思決定を伴う、初めての取り組みだったこともあり、プロジェクトを進める中で、当然難しい局面もありました。
フェーズ1では、議論の枠組みや進め方の型がなかったため、それをデザインすることにとても苦労しました。進太郎さんや社外取締役の皆さんに実効性の高い議論をしてもらって、最適な判断を促すために、どのような順序や切り口で議論を進め、どのような要件を満たせば最終的に判断を下せるのかを考えるのがとてもチャレンジングでした。
プロジェクトオーナーである私個人としては、事務局としていかに中立的に検討をリードしていくかに苦心しました。というのも、前職が指名委員会等設置会社だったので、モニタリング・ボードを志向するのであれば、取締役会は経営の基本方針や戦略的な大きな方向性を経営陣に提示し、業務執行状況を監督しながら成果を評価し、経営陣の人事と報酬に反映していくモデルがより適切であることを実務を通じて理解していました。
また、ガバナンス体制に限った話ではないですが、「真のグローバル企業になっていくには、海外のステークホルダーに理解してもらいやすいグローバル標準に準拠することも大事である」という過去の経験を通じた思いもあったからです。
自分の色を出し過ぎないように、中立的な姿勢で判断材料を用意し、議論を促進することを意識していましたが、そのバランス感を保つのは難しかったです。
フェーズ2で苦労した点は、PMOメンバーを集めることです。Sayakaさん(取締役 兼 執行役 SVP of Corporate 兼 CFO)やshujiさん(執行役 SVP of Management Strategy)に相談しつつ、適切なメンバーを集めていったのですが、メンバーのアサインだけで1ヶ月ほどかかりました。
私を含めて、そもそも指名委員会等設置会社への移行の過程を経験した人が社内には誰一人いない中で、複数のワーキンググループに跨って大小様々な課題解決に粘り強く地道に取り組んでいく必要がありました。過去の経験や自身の専門領域が通用しない分野でも、興味・関心をもってオーナーシップを取っていくことが求められたため、メンバーのアサインは慎重に進めました。しっかり時間をかけて丁寧にプロジェクトの難易度や期待される役割を説明しながら仲間を集めていった結果、「All for One(全ては成功のために)」を体現した本当に良いチームで取り組めたと思っています。
また、PMOメンバー、ワーキンググループメンバーのコーポレートガバナンス関連のトピックに対する知識や理解度もまちまちで、むしろ初めて聞く話が多いというメンバーばかりの検討テーマもありました。プロジェクトを前に進めるために検討すべきテーマ、詰めるべき制度設計、運営プロセスが山積みで、全てを同時進行で動かしていくこと、プロジェクト全体の進捗を管理する大変さがあり、取り組み自体の難易度は非常に高かったです。
それでも、グローバル企業も視野に入れてベスト・プラクティスを追求する姿勢とメルカリらしさを捨てないこととのバランスを意識しながら、自らの知識・経験が及ばない分野であっても、「Be a Pro(プロフェッショナルであれ)」のバリューの下、チームとしての学習を続けながらプロジェクトを推進できたことは価値のある取り組みになりました。
もう一つ大変だったことは、各制度、文書の中にある数多の論点を一つひとつ解消していくプロセスです。移行に伴い策定した「コーポレートガバナンス・ガイドライン」「役員の選任・解任に係る方針」「役員報酬ポリシー」では、メルカリのコーポレートガバナンス全般に対する考え方を示していますが、これらの文書の一つひとつの規定の裏側には会社としてのガバナンスに対する思想や意思が込められています。一つひとつの論点を深く検討した上で、それらが集積された方針全体について、自分達の思想に一貫性や整合性が取れているかも意識して作り込んでいく必要がありました。
参考:基本的な考え方および基本方針 | 株式会社メルカリ
例えば、「社外取締役の再任候補者の選定にあたり、通算在任期間が 6 年を超える場合には取締役全員の同意を必要とします。」という定め一つとっても、議論の初期段階では、米国企業流の「社外取締役の任期の長期化は望ましい」という思想に共感する一方で、「取締役会のリフレッシュメントの機会もやはり担保したい」「指名委員会の権限に対する牽制も働かせたい」というところまで掘り下げて議論した上で、今の内容に至っています。ワーキンググループでこのレベルの検討を重ねた上、指名報酬委員会で議論して方向性を決める、というプロセスを進めました。
スケジュールとしては、さまざまな文書の見直しが同時並行で進んでいたものの、各文書に2〜3ヶ月程度かけて議論をしました。また、公開している文書以外の社内規程の見直しもあったので、それらを含めると各種文書の見直しにはかなりの時間をかけています。
今後の展望
指名委員会等設置会社へ移行し、ガバナンスの形が変わったとしても、取締役会、委員会の実効性の向上が伴っていなければ、「画竜点睛を欠く」状態となり意味がありません。そのため、取締役会・委員会の実効性の更なる向上が重要だと考えています。
「PJ Pilgrim」を進める過程で、移行に向けて取締役会、指名委員会、報酬委員会の事務局機能を担う組織として、社内に新たに「Board of Directors Office(BoD Office)」という組織が誕生しました。「BoD Office」には、外部環境や経営状況の変化にアンテナを張って、社外取締役、経営陣、関係部署と連携しながら、取締役会の実効性向上やコーポレートガバナンス強化に繋がる幅広いテーマやアジェンダを総合的に推進していく原動力になることが期待されています。期待される役割をしっかり果たしていくためにも、メルカリの3つのバリューに沿って「BoD Office」としての行動指針を掲げています。
Go Bold — 前例に囚われず、進化と変化を積極的に取り入れ、自らベストプラクティスを切り拓く
All for One — 多様なステークホルダーとの対話から積極的にインサイトを見出し、経営にインパクトのあるアジェンダに昇華させる
Be a Pro — 複雑な経営イシューに対して知的好奇心と探究心を粘り強く発揮し、自らをアップグレードし続ける
これらの行動の実践を通じて、社外取締役が躊躇や忖度せずに活躍できる環境を整え、執行側の大胆な意思決定や業務執行を支援するモニタリング型取締役会を確立していくことに貢献していければと思います。
「PJ Pilgrim」自体は終わりましたが、コーポレートガバナンス改革に終わりはありません。コーポレートガバナンスの更なる強化に向けて、これからもメルカリにとっての理想の姿を探求し続けていきます。
編集・撮影:瀬尾陽(メルカン編集部)