こんにちは。岡田と申します。メルペイ・メルコインのマネー・ローンダリングおよびテロ資金供与等対策(AML/CFT)を所管するチームのマネージャーを務めています。メルカリグループに入社し、今年で3年を迎えました。そうした節目において、「私がここで働く理由」を執筆することになり、この3年間の、そして、社会人人生について振り返る良い機会をいただいたと思っています。
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岡田瞳(Hitomi Okada)メルペイ AMLR&Cチーム・マネージャー兼メルコイン AML&AFCチーム・マネージャー。ニュージーランド オークランド大学を卒業後、外資コンサルなどを経て、2014年6月金融庁入庁。金融証券検査官として外国銀行在日支店のモニタリング業務などに従事後、2017年8月より暗号資産交換業のAML/CFTモニタリングを担当。モニタリング管理官として、暗号資産交換業者の登録審査、検査および改善状況のフォローアップに携わる。その後、マネーローンダリング・テロ資金供与対策企画室長補佐および専門検査官として、同業態に係るAML/CFT全般のモニタリング企画をはじめ、資金移動業者や地域金融機関のAML/CFTモニタリングを担当。2021年3月にメルペイ入社。2021年7月よりメルコインAML&AFCチームマネージャー就任、2023年1月よりメルペイAMLR&Cチーム・マネージャー兼任。
就職氷河期を乗り越え、大胆にキャリアチェンジ
冒頭のとおり、現在メルカリグループの金融事業におけるAML/CFTをリードしていますが、正直、20代の頃にはこうしたキャリアを築けるとは夢にも思っていませんでした。
私は、海外で大学を卒業後、日本で就職活動を始めました。当時は就職氷河期真っ只中で、OB/OGはおらず、日本の就活事情への理解も浅かったため、私の就職活動はなかなか円滑に進みませんでした。なんとか米国に本社を置く化学メーカ―の総務部に契約社員として雇用され、ようやく社会人人生をスタートさせることができました。
そこでは、部長のアシスタント業務や、日本本社の移転を含むオフィス環境の整備に係る業務に従事していました。法令遵守が徹底された企業であり、そうした概念を早くから身につけられたことは恵まれていたと思います。同い年の新卒の正社員が隣の部署に配属され、しっかりとした新人研修を受けているのを目の当たりにし、ときには複雑な思いを抱えたこともありましたが、1年半ほどで担当していたプロジェクトが完了し、契約も満了となったことから、落ち込む暇もなく次の仕事を探すこととなりました。
一社目で総務部員として企業の「内側」を垣間見た私は、今度は「外側」の業務について理解を深めたいと考えるようになりました。また、いわゆる「総合職」にどうしても就きたかったため、営業職に焦点を置き転職活動を行いました。
そして3か月後、もともと関心を持っていたトイレタリー用品の販売を手掛ける企業の営業職に、紹介予定派遣として就業することができ、半年後には念願であった正社員登用を叶えられました。同社では、2年半ほど代理店および小売店の本部に対して、制汗剤や脱毛剤などを提案するルート営業に携わりました。業務を通して、販促方法の検討に加え、バイヤーや他社の営業担当者との関係構築など、様々なことを学びながら充実した日々を過ごしていたのですが、店頭で商品を購入くださった顧客の声に直接接することができないなか、情熱を持ってセールスができないことに悩んでいました。そうしたとき、コンサルタント業に従事していた友人と会い、日々、専門知識の取得・更新に努め、顧客に寄り添いながら課題解決や改善に対応しているという話に刺激を受け、退職することを決断しました。
AML/CFTとの出会いがキャリアの転機に
退職後、金融関連の資格の取得を目指そうと勉強していたところ、たまたま、当時設立間もないコンサルティングファームでのサポート業務を紹介されました。金融行政と民間企業のかけ橋になるという、同社のミッションに共感した私は、即座に入社を決意しました。今思えば、この判断がその後の私のキャリアの転機であったと思います。それは、同社で以下の出会いや経験を持つことができたからです。
一つは、自らの専門分野であるAML/CFTとの出会いです。2008年頃、転職してしばらく経ったある日、金融機関において反社会的勢力排除やAML/CFTという対応が求められることを知りました。もともと小学生の頃に警察官になりたかったものの、当時の募集要件に身長制限があったことから諦めてしまい、その後は特に夢がなくなってしまった私にとっては、ようやく雲が切れ視界が開けたような瞬間でした。以降、この分野を自分のライフワークと決め、研鑽を積むようになったのです。
もう一つは、同社に在籍していた当局出身者の知見や業務への取り組みを間近で見聞きすることで、金融行政のあり方について考える機会を数多く持てたことです。
「検査官とは、レントゲン技師と同じであり、金融機関の状態をそのまま写し、報告するものである」
「検査は、準備が9割。立入後が1割」
「AML/CFTだけを考えてはいけない。他のリスクや、全体のバランスも考える必要がある」
そうした言葉に耳を傾けながら日々学んだことは、後に当局に務めるようになってからの思考の礎となり、行動に大きく影響しました。なかでも、「汝の立てるところ深く掘れ、そこに必ず泉あり」という、哲学者・ニーチェの言葉が好きだと語ってくれたことがとても印象に残っています。日々の仕事を進めるうえで、また、転職活動を行ううえでも、自分自身に目を向けることの重要性を再認識させられる、私にとっても大切な言葉となりました。
このような経験を経ながら業務内容が徐々に専門色を帯びていき、周囲をサポートするのみならず自らも助言業務に少しずつ携わるようになって6年が経過しようとした頃、「検査官としての道も向いているのでは?」という周囲のアドバイスもあり、自分のキャリアを確固としたものにすべく、金融庁の任期付職員の公募に応募しました。
自分の一言が業態全体や地域経済に影響を与え得る“恐れ”と“責任”を受け止めて
2014年に金融庁に入庁し、最初に配属されたのは外国銀行在日支店の検査業務でした。その後、メガバンクを含むG-SIFIs(グローバルなシステム上重要な金融機関)のモニタリング企画業務に異動し、併せて外国銀行在日支店全体のAML/CFTに係るモニタリングの企画を担当しました。
2017年夏には、米国通貨監督庁による当局担当者向けのAML/CFTの研修に派遣され、そこでAML/CFTや、そのモニタリング手法について体系立てて教わったことで、AML/CFTの枠組みについてさらに理解を深められました。そして、研修を終えた私を待っていたのは、暗号資産交換業者のモニタリング担当者の拝命でした。帰国以降、研修で学んだ知識を活用しながら、暗号資産交換業者の登録審査やモニタリング態勢の構築を経て、立入検査および検査後のフォローアップを中心に担当しました。
そして、息つく間もなく2019年には、金融機関がマネー・ローンダリング(以下、マネロン)などの疑いのある取引の事例として参照する「疑わしい取引の参考事例」の改訂のほか、国際的なAML/CFTなどの基準設定機関である金融活動作業部会「FATF」による勧告やガイドライン改訂に係る対応、また、FATFによる対日相互審査への対応に尽力。そして、金融庁における最後の一年は、資金移動業者や地域金融機関のモニタリングに従事しました。
もし誰かに、「最もやりがいのある仕事は何か」と問われれば、今でも躊躇なく「金融行政である」と答えます。自らが何気なく放つ一言が、各金融機関の担当者個人の人生や金融機関の将来のみならず、場合によっては業態全体や地域経済にも影響を及ぼし得ることへの恐れと責任を受け止め、誇りを持って業務を真摯に遂行し、海外当局とも連携しながら自国のAML/CFTの形成に深く関与できるそのダイナミックさに、何よりも魅力を感じています。
メルカリグループで叶えられる、AML/CFTの世界で生涯現役で生きていくためにすべきこと
2021年3月、メルペイに入社しました。前述のとおり、金融庁での経験を通してFintech系事業者への理解があったほか、ネットで「Pay AML/CFT」と検索すると、メルカリグループでは様々なAML/CFTに係る取り組みを行っていること、社内にAML/CFTに特化したシステム開発チームがあることを知ったことが、入社を志望した理由です。
同年7月にはメルコインのAML&AFCチームのマネージャーを拝命し、口座開設時の取引時確認手法を含むAML/CFT態勢をチームメンバーや関係部署とともに整備しながら、メルペイ側の顧客管理を含む態勢整備も推進しました。そして、2023年1月にメルペイのAML/CFT所管部署であるAML R&Cチームのマネージャーを兼任し、体制強化に取り組みました。
これまでの自分の職業の変遷を振り返ると、20代の頃はキャリアの確立に向けて無我夢中だったように感じます。当時はまだキャリアが浅く、自分の経験を踏まえれば目の前にある機会を掴むほかなかったため、選択肢が自然と絞られ、迷うことなく大胆にキャリアチェンジを行うことができました。そうした私は、周囲の人の目には順風満帆に映ったかもしれませんが、周りには金融分野一本でキャリアを積んでいる人が多かったため、大きなコンプレックスを抱え続けていたのが実情です。
しかし、そうしたコンプレックスを解消してくれたのがメルカリでした。固定概念に囚われない多角的視野や価値観、そして、柔軟性を重視し、私のこれまでのキャリアパスを受け入れてくれたのみならず、見方を変えればポジティブに捉えられるのだということを教えてくれたメルカリに、感謝しています。
他方で、正直、他社への転職を考えたことがなかったわけではありません。AML/CFTの先進的取り組みは欧米で生まれるところ、顧客の属性や商流を調査したうえで、精緻な手法で管理を行う欧米銀行での勤務には憧れがあるうえ、個人の志向としてはスペシャリストとしての道を希望している一方で、実際にはマネジメントの道を歩んでいることに、強い戸惑いも感じていたからです。
ただ、そうして悩んでいるとき、ちょうど世界最高齢の薬剤師として認定された101歳の方のニュースを目にし、感嘆するとともに、自分が生涯現役でAML/CFTの世界で生きていくにあたって何をすべきか思いを巡らしました。そして、考えた結果、二つの答えに辿り着きました。
一つは、ベストプラクティスとしての精緻なAML/CFTについては、意志さえあれば学ぶことはいつでもできるため、今はまず、体力があるうちに、将来的にAML/CFTが求められるようになる新たな領域を開拓すること。もう一つは、スペシャリストとして携われない取り組みがあれば、プライベートでの学習や、副業であるコンサルティングを通して自己実現させていくということでした。いずれも努力すれば、メルカリグループで働いている限り無理せず叶えられることであると気がついた途端、悩みが消え、ようやく腰を据えることができました。
グローバルレベルでのAML/CFT・制裁対応に係るグループ管理態勢の構築をめざして
不惑となった今、メルカリグループにおいて自分は何を達成していきたいか。それは、メルカリグループが直面する国内外のマネロンおよびテロ資金供与などのリスクを適切に管理する態勢を構築することです。
マネロンとは、平たく表現すると、犯罪から得た収益の形態を変えるなどして、当局が追跡できないようにしたうえで、合法的に利用可能な状態にすることです。メルカリグループは、「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」というミッションの達成に向けて、様々なサービスを提供し、相互連携させており、今後もサービス・規模を拡大していく予定です。こうした取り組みは大変魅力的なものである一方、マネロン行為の前提となる不正利用や犯罪に濫用されるリスク、また、経済制裁を受けるリスクに晒されているとも言えます。
メルカリの金融事業においてAML/CFTを所管する部署としての責務は、このような犯罪者や、犯罪などから得た収益の流入または移転が疑われる取引を防止・検知し、当局へ届出するほか、必要な対応を行えるよう、適切かつ有効なリスク管理態勢を整備し、改善することです。この点、グループ内のサービス間で発生し得る不自然な、または疑わしい取引を防止・検知するにあたっては、チーム内外を含めグループ横断での緊密な連携と相互支援が必要不可欠です。そのため、マネージャーとしての私の仕事の一つは、チーム内外の関係者が働きやすく、互いに相談しやすい環境を整えることであるとも思っています。
また、私たちは、金融事業のみならず、スポットワーク事業など、既存のAML/CFT関連法規制の枠組みが直接及ばない領域についても、リスクを評価し、必要なコントロールを講じられるよう努めています。AML/CFTは、顧客に本人確認を依頼したり、取引について照会したりするなどの対応が必要となることから、UI/UXに影響を与える側面があります。この点、法規制により求められていない場合にはなおさら、なぜそうした対応が必要なのか、どのようなリスクがあるのかをプロダクト側にロジカルに説明し、リスク管理およびプロダクト双方にとっての最適解を模索し検討していくことが求められます。金融以外の事業におけるこうした調整はチャレンジングではあるものの、銀行などでは経験できない魅力であり、メルカリグループで働く醍醐味でもあります。
そして、社外に目を向ければ、犯罪手口は日々高度化し、AML/CFTを巡る国内外の当局の目線は常に高まっています。こうしたなか、法規制が適用されるまで待っていれば、その間に犯罪者によりサービスが濫用されるリスクがありますし、当局など外部からの要請を受け急遽対応する進め方であれば、講じる措置に要件の抜け漏れが生じ得るほか、自社にとって最適解な仕様に繋げられない可能性もあります。また、テロ資金供与や大量破壊兵器拡散金融等との関係では、国内のみならず、経済制裁など、他国の法規制による影響を受けるリスクもあります。
そのため、費用対効果や顧客保護・顧客利便性に配慮しながらも、既存の国内法規制の枠組みに囚われることなく、将来的なリスクに対応できるよう、中長期を視野に課題設定のうえ、計画・推進していくことが重要であると考えています。国内外のステークホルダーに対する説明責任をグループとして果たせるよう、グローバルレベルでのAML/CFTおよび制裁対応に係るグループ管理態勢の構築が私の夢であり、今後、挑戦していきたいと思っています。
編集・撮影:瀬尾陽(メルカン編集部)