2024年4月に全国展開開始がアナウンスされた、メルカリのスポットワーク事業「メルカリ ハロ」。それとほぼ同時期に、本事業にかかわる第一弾の特許が登録されました。
事業責任者の太田麻未(@Asami)とPMの円城寺博(@jo)が、口を揃えて「プロジェクトの最初期から知財を重視していた」と語る、同事業の知財戦略は、まさしく王道でした。
彼らと伴走して知財活動の実行を担うIPチームの上野英和(@kamino)を交えて、彼らの知財戦略にかける意気込みや体制上の工夫を紹介します。
この記事に登場する人
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太田麻未(Asami Ota)早稲田大学理工学部卒業。新卒で楽天株式会社に入社し、楽天市場や楽天EdyのエンジニアやPMを経験。その後、株式会社リクルートライフスタイルにて、ID決済事業の事業立ち上げを経験。2015年にEmotion Intelligence株式会社に営業として入社。2016年に同社の代表取締役CEOに就任。2019年に台湾本社のAppier.incに会社を売却。2020年にSHOWROOM株式会社にて新規事業立ち上げ後、2021年株式会社メルカリ経営戦略チームに参画。2022年7月株式会社ソウゾウにてCOO、2023年7月より執行役員 VP of Work、2024年1月より執行役員 CEO Work。インド映画とフレンチブルドッグをこよなく愛する。
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圓城寺博(Hiroshi Enjoji)楽天株式会社を経て 2007年、株式会社リクルートに入社。新規事業を立ち上げ後、上海ゼクシィのネット部門を牽引。その後、日系企業の上海拠点の立ち上げ、中長期戦略策定および実行推進を実施。2018年5月にメルペイへ入社。コード決済や加盟店プロダクトの立ち上げを行い、現在はPMとしてメルカリハロのパートナー(事業者)プロダクトを担当。
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上野英和(Hidekazu Kamino)電機メーカおよびゲームメーカにて特許の権利化および係争を担当。2018年8月、メルカリへ入社、知財全般を担当。IPチームマネージャー、弁理士。
最初から「特許取ろうぜ!」というモードだった
――3月の「サービス提供開始発表会」を聞かせていただきましたが、そこで「特許」や「商標」というキーワードがよく使われていたのが印象に残っています。HR系のサービスローンチの発表会で、知財に言及されるのは珍しいので。
@Asami:スポットワーク事業は、それ自体がまだ黎明期。新しい考え方、新しい体験をどんどんプロダクトやサービスに反映できるフェーズだと私は思っています。新しいものを作っていくのであれば、知財をしっかり獲得したうえで進みたい。それはプロジェクトの早い段階から意識していました。
@jo:プロジェクトが発足した時の議事録を振り返ると、1ヶ月後にはもう「どういう機能が特許になりそうか」という話をメンバー間でしていましたね。
@Asami:記憶していたより早かった(笑)。joさんが異動してきて、わりとすぐに「特許取ろうぜ!」みたいなモードになっていましたよね。メルカリは、スポットワーク事業への参入は後発で、パートナー(顧客)を開拓していくなかでも「他社とは何が違うんですか」と聞かれるシーンが多かったんです。それだけに、しっかりとした勝ち筋を見出す必要があり、その中で特許の申請も自然と考えていきました。
――後発参入だからこそ、新しいセールスポイントを特許にして差別化しようというアプローチは攻めていますね。最初は、それよりも先行プレイヤーの知財が気になることが多いと思います。
@Asami:もちろん、その観点でも網羅的に調べています。HR領域への参入自体が、メルカリとして初めてのチャレンジ。さまざまな法規制を含め、何が課題になりそうかは事前に慎重に検証していて、その中には、他社の知財も当然含まれていました。ただ、周辺の特許をリサーチしたことで、ここに関しては逆に「チャンスだな」と思ったんです。
太田麻未(@Asami)
@jo:調べてみると、FintechやEC事業と比べて、特許の数がそれほど多くはなかったんです。
――特許としてはブルーオーシャンだったことに気がついたというわけですね。それにしても、プロジェクトの最初期の段階から、そのことを事業のコアメンバーが見抜いていたというのはすごいですね。知財に対する感度がものすごく高いのでは?
@Asami:もともと知財が好きなんですよね(笑)。特許自体にそれほど詳しいわけではないですが、「こういうのを特許にしたい」という思いは強いですし、周辺特許をリサーチしていく過程で、事業で成功するためには特許面で攻めの姿勢でありたいよね、と自然に発想するようになりました。多分、joさんも同じですよね?
@jo:はい。特許の重要性については、攻めにおいても守りにおいても理解しています。今回、HRで新規事業を担当することになったときに、「後発だからこそどんどん攻めていかないといけない」という思いがありました。
――そこでkaminoさんがアサインされるわけですね。
@kamino:6月に知財が最初にアサインされていますね。最初の特許出願が10月。これは、他のメルカリ内の事業と比較しても相当早いです。黎明期、成長期の事業にとっては、知財活動にもこれだけのスピード感が必要でした。
コンセプトを機能に反映、「OBOGコネクト®」誕生の経緯
――その最初の特許出願に選ばれたのが、「OBOGコネクト®」機能に関するものです。発明者としてもAsamiさんとjoさんが連なっていますが、どのような機能なのでしょうか?
@Asami:一般に、スポットワークにはその場限りの単発バイトという印象があると思います。だけど実際に分析してみると、結構リピーターとして同じ店舗で働いている方が多いんです。さらに重要なことは、たとえ辞めてから何年経っていたとしても、遠くに引っ越してしまっていたとしても、昔バイトで得た経験やスキルは残っていて、それらは同じ職種や同じチェーン店やフランチャイズグループで十分に活かせるということです。
パートナーさんとしても、同じ職種や同一グループの他店舗で勤務経験のあるOB/OGの方が、その仕事に対する習熟度が高いのでありがたい。そこで、経験のあるOB/OGを、その経験を活かせるパートナーさんが管理するグループに招待して、応募を促すような機能を考えました。
――スポットワークには漠然と「単発」の印象が強かったのですが、確かにおっしゃる通りですね。パートナーのニーズにも、クルー(ワーカー)のニーズにも合致した機能だと思います。
@Asami:単純にOB/OGを集めるというより、スキルや経験を持つクルーと、それを必要とするパートナー同士、「人と人を繋ぐ」というコンセプトを機能に反映させることを意識しました。「OBOGコネクト®」という商標にもそれが表れています。
――どういうきっかけで思いついたんですか?
@jo:これは、一番初めのブレストから出ていましたね。
@Asami:パートナーさんにとっても、スポットワーカーはどうしても人手が足りない時の「最後の手段」という捉え方です。でも、私はせっかくこの事業を立ち上げるのであれば、「最後の手段」でありたくないと思いました。パートナーさんの人手不足という課題に対して、ポジティブに解決できるような立ち位置にいきたいと思ったんです。何かないかと考えたときに、過去のアルバイト経験者……OB/OGをもっとうまく活用できないかという発想に行きついたんです。
――さまざまな機能のアイデアが出たと思いますが、最初の特許出願として皆さんが選んだのがこの「OBOGコネクト®」でした。これはスムーズに決まったのでしょうか?
@Asami:ほかにもアイデアは大量にありましたが、まったく迷わなかったですね。
@jo:それはそうですね、すぐに決まりました。
@kamino:事業自体がものすごいスピードで立ち上がっていて、しかも発明者がその事業責任者と中心的なPM。限られた時間の中で、どうしても出願の優先順位付けが必要でした。「OBOGコネクト®」に最初に力を入れて、基本特許として取りましょうと迅速に決断できたのは重要なマイルストーンだったと思います。
――「これで行こう!」という決断の決め手はなんだったのでしょうか?
@Asami:私たちがどうというより、OB/OGの活用やクルーのリピートを増やしていくことが、パートナーさんにとってのコアな課題だったからです。ブレスト段階から仮説として考えていたことを、パートナーさんに投げかけてみると、まさにそうだということはすぐに分かりました。そこで、すぐにでも特許を取る価値があると思ったんです。
@kamino:同時期に「OBOGコネクト®」の商標出願をしています。先ほどAsamiさんの話に出たように、「人と人を繋ぐ」という事業の根幹となるコンセプトが表れた商標です。これを特許とほぼ同時に出願することで、いわゆる「知財ミックス」のアプローチが取れたと思います。
上野英和(@kamino)
@Asami:ちなみに「OBOGコネクト®」という名称に関しては、私が思いついて勝手に決めました(笑)。私は特許に関してはアンテナがあったんですが、実は商標についてはあまり意識していなかったんです。kaminoさんから「せっかくやるなら、商標もセットで出願しませんか」という提案をもらって、ぜひそうしましょう!と。
@jo:他にも「アルムナイコネクト」などのアイデアもありましたが、「OBOGコネクト®」にしてよかったですよね。「アルムナイ」はIT業界には通じるけど、僕らのサービスを使用いただく、パートナーさんにとって、直感的に内容を連想しやすいネーミングはこちらだと思います。
@Asami:パートナーさんの反応や、競合他社の動きを見ると、特許も商標も早めに出願してよかったですね。
@jo:プロジェクト発足から始めた知財活動について、その答え合わせを今している段階ですが、正解だったと思っています。知財網をしっかり構築しているからこそ、機能を狭めることなく、ちゃんと作りたいものを作れるし、自信を持ってプロダクトを世に送り出せている状態です。
@kamino:それは知財の基本であり、理想的な使い方ですよね。技術分野によっては、特許的にレッドオーシャンで、広い権利範囲での特許が取れないこともありますが、この分野に関しては、王道の知財戦略が当てはまる状況でした。
なぜ「メルカリ ハロ」の知財活動にはスピード感があるのか?
――王道の知財戦略を、他社と比べても相当のスピード感を持って実行しているのがよく分かります。このスピード感の秘訣は何なのでしょう?
@jo:メルカリの強みとして、ふわっとしたな相談でも乗ってくれる風土があります。かしこまった資料が必要なわけでもなく、なんとなく「とりあえず特許取りたいんです!」くらいの軽い相談でも、IPチームがそれをちゃんと快く受け入れて、ゴールに向けて動いてくれるのがよいところですね。
円城寺博(@jo)
@kamino:週次で定例会議を開催しているんですけど、そこで新しい議題が出て、その場で意思決定がされて、「もうこれ出願しましょう」というスピード感ですね。メルカリでは、コーポレート部門も、ビジネスサイドと伴走するようにしていますが、まさにそういう感じです。
@jo:これが、カチッとした提案書を書かないと相談を受けつけませんという感じだと、多分、がんばれない(笑)。
@Asami:特許になりそうなアイデアをバーッと出して、ブレストレベルで「これは行けそうですよ」みたいな話をしながら、「ここをもうちょっと来週までに詰めよう」というような出し戻しを、毎週一時間の定例会議の中で完結できたのが決め手でした。正直なところ、事業の立ち上げ期に、あれ以上の時間を特許のためには取りにくかった。
@kamino:とはいえ、むちゃくちゃ忙しい中で無理やり時間をつくってIPチームとの定例会議を続けてもらえたことは、今の状態に至るには絶対必要でした。
@jo:責任者が「特許取ろうぜ」というマインドだったのも大きいですね。
@Asami:そこは感覚的に「当然やるでしょ」みたいな(笑)。
――それこそが感度、アンテナですからね。
@kamino:IPチーム側も、それに応えられるように、特許も商標もワンストップで何でも対応できる体制を敷きました。一般的な大企業では、例えば特許と商標の担当部署が分かれていたりすることも多いですが、新規事業のスピード感に伴走するためには、このワンストップ体制が最適だと考えています。
――事業責任者やコアメンバーの知財に対する感度が高く、知財活動に一定のリソースを注ぎこんだこと。そこに伴走して、カジュアルな相談でもしっかりと受け止めて、実行に移せるマルチプレイヤーのIPチームがいたこと。メルカリの知財体制は、スタートアップにも大企業にもどちらにも実現が難しい、見事なバランスを成していると思います。
知財活動は、事業の将来と向き合う「頭の体操」
――これからも、「メルカリ ハロ」から新しい知財が生まれていくのだと思います。今後の知財活用について、どのような展望を持っていますか?
@Asami:今も、週次でのミーティングをIPチームと続けていますが、事業の一年後や、もっと先のことを考えるうえで、いい頭の体操になるんです。新規事業においては「ミニマムに作ってミニマムに出す」という鉄則があり、スピーディに市場を獲得していくうえではそれが大事なのですが、IPチームとの打ち合わせでは、結構、それとは真逆のことをしています。つまり、「将来的にどうありたいか」「もっと新規性のあることを考えられないか」ということに向き合う時間なんです。この活動を続けていくことそのものに、意義を見出しいています。
@kamino:「頭の体操」は私たちの定例会議では頻出ワードですね(笑)。
@jo: 事業で実装できる現実的なラインと理想的なラインがありますが、特許を出すにあたっては、できるだけ理想ラインにまで拡張した方がいい。でも、これが結構難しいんですよね。「本当にやるのかな? できるのか?」と思ってしまうので、無理やり考えないと出せない。まさに頭の体操です。一時間のミーティングですが、いつも終わった後には「はぁ、すげぇ疲れた…」となる(笑)。
@Asami:前は夕方にやっていて、それがちょっと耐えられなかった(笑)。
@jo:それで、今は朝一に時間設定し直しました(笑)。今後も、根本的なポリシーとしては、パートナーの課題にしっかりと寄り添うこと。そこに、メルカリならではの要素も付与していくつもりです。
@Asami:この事業では、私たちはまだまだ豊富なアイデアを持っていて、「あれしたい、これしたい」ということがめちゃくちゃあるんですよ。それをひとつずつ、しっかりと形にしていきます。スピード感も、緩めることなくやれたらいいなと思います。
執筆:友利昴 編集・撮影:瀬尾陽(メルカン編集部)