2024-9-3
「お得だから使う」じゃなく「好きだから使う」プロダクトにする——Meet Mercari’s Leaders:千葉久義(VP of Marketing Marketplace)
電通を経て、Gunosyの執行役員・NOINのCOOとして活躍してきた千葉久義(@baachii)。現在はメルカリのVP of Marketing Marketplaceとして、メルカリのマーケティング領域を牽引しています。
「“型”がない状態から、何かをつくってみたかった」という理由で、電通からスタートアップに転職した千葉。なぜ、2社のスタートアップを経てメルカリにジョインしたのでしょうか。複数の企業での経験したうえで、メルカリにどんな可能性を感じたのでしょうか。また、千葉が描く、マーケティングを通じたメルカリとユーザーの理想の関係について、話を聞きました。
この記事に登場する人
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千葉久義(Hisayoshi Chiba)1985年2月6日生まれ。東京大学理学部卒、東京大学大学院理学系研究科修了。2011年、株式会社電通に入社。2014年に当時20人規模だった株式会社Gunosyへ入社。Gunosyでは執行役員としてマーケティング責任者、KDDIとの共同事業の事業責任者、運用型広告責任者などを歴任し、同社の成長を支える。東証マザーズへのIPO、東証一部への市場変更等も中心メンバーとして経験。2019年よりノイン株式会社取締役COO。2023年より株式会社メルカリ マーケティング責任者。料理研究家やエンジェル投資家としても活動中。趣味はサウナで年間400回以上訪れる。著書『スクワットの深さは人間性の深さ』。
メルカリのいろんな“顔”で、ユーザーを拡大する
——baachiiさんの管掌領域について教えてください。
VP of Marketing Marketplaceとして、メルカリのマーケティング全般と、法人向けネットショップ「メルカリShops」の経営戦略を担っています。
より具体的なお話をすると、マーケティング領域では、新規のお客さまの拡大に注力しています。現在のメルカリのMAUは約2,300万人です。すでに多くのお客さまにご利用いただいていますが、「いろんなメルカリの顔」を見せることで、まだまだ伸ばせると思っています。
千葉久義(@baachii)VP of Marketing Marketplace
——いろんなメルカリの顔?
メルカリと聞くと、「CtoCのフリマアプリ」という顔を思い浮かべる人が多いと思います。しかし、空き時間におしごとができる『メルカリ ハロ』という顔、クレジット機能を持つ『メルカード』という顔、一次流通の場である『メルカリShops』という顔など、さまざまな顔を持っています。「フリマアプリ」以外の顔を知っていただくことで、さらに需要は広がっていくはず。その他、M&Aや、休眠顧客の掘り起こしといった施策とかけあわせれば、少なくとも現在のMAUの倍は成長できると考えています。
baachii流マーケティングで、1年で100xを実現
——では、baachiiさんがメルカリに入社するまでの経緯を改めて教えてください。もともとは大学で物理学を学んでいたと聞きましたが、ビジネスの世界に足を踏み入れたきっかけはなんだったのでしょうか。
おっしゃるとおり、大学で物理学を学び、大学院では地球惑星科学を専攻して隕石の研究をしていました。ドクターを目指していたものの力不足で断念し、就職をすることにしました。ただ、それまで研究一本で会社のことをほとんど知らなかった。そんな僕でも知っている数少ない会社、かつ楽しそうという理由から、株式会社電通に入社しました。
——電通では、どんな仕事をされていたのですか。
簡単に言うと、テレビCMを出したいクライアントのために、関係各所と調整して放送枠を購入する仕事です。まさに「これぞ電通!」という文化の部署で、入社当時は戸惑うことも多かったですね(笑)。
ただ、歴史のある部署だからこそ、仕事の“型”はほぼ出来上がっていました。型どおりに進められれば、きちんと利益が出るビジネスモデルが定着していたんです。そんな背景から、しばらく働いているうちに「ビジネスの型が定まっていない場所で挑戦してみたい」と思うようになりました。
創業間もない、かつ人数も少ないフェーズの会社なら、ビジネスの型も定まっていないだろう。また、そこからIPOできれば、僕自身のキャリアの幅も大きく広がるんじゃないかと、当時20人規模だった株式会社Gunosyに転職しました。
——Gunosyではどんなことをされていたのでしょうか。
僕が入社したのは、資金調達後にGunosy初のテレビCMに挑戦するタイミングでした。電通でテレビCM関連の業務をしていたからと、マーケティング担当としてジョインしたのですが……。そのCMのコンバージョンはアプリのダウンロードにおいていたのですが、満を持して一本目のテレビCMを放映したものの、ダウンロード1件あたり2万円という残念な結果を出してしまいました。テレビCMのためにGunosyに入社したにもかかわらず、このままだとテレビCMから撤退しなければいけない、という事態に陥ってしまいました。
そこから死にものぐるいで検証と改善を繰り返した結果、初CMから1年後には、ダウンロード1件あたり約180円にすることができたんです。
——1年で100倍以上の改善!?
そうなりますね。ダウンロード数が急増し、事業も急成長していきました。もちろん僕が行った施策だけが急成長の理由ではありませんが、一助になったと思っています。
その後、マーケティングを管掌する執行役員に就任したり、IPOを経験したり。どんどん事業は成長していくけれども、人手が足りないからと、自分でお金を使いながらも、CFOと一緒に事業計画を書いていました。マザーズから東証一部へ市場変更したときも、中心メンバーとしてプロジェクトに入っていました。Gunosyに在籍していた期間は5年間ほどでしたが、本当にいろんなことを経験しましたね。
——そこから、ノインに転職した理由を教えていただけますか。
Gunosyの5年間は、本当に大変だったんですよ。でも、同時にものすごく楽しい時期でもありました。特にIPO前後の勢いが忘れられず、「もう一度この疾走感を味わいたい」と思ったんです。そこで、IPO前のGunosyと同じような規模のノイン株式会社に入社しました。
ノインではCOO(Chief Operating Officer:最高執行責任者)という肩書で、Gunosy在籍時以上になんでもやりましたね。これまでのメインキャリアであった事業企画・経営企画、マーケティングはもちろん、資金調達が必要なら対応するし、人事やストックオプションの制度設計も僕がしていました。この時期に、攻めと守りを同時に行うバランス感覚が身についたと思います。
余談ですが、今のライフワークであるサウナにハマったのはこの頃です。攻めも守りも同時並行でやらなければいけないから、食事中だろうが、お風呂の中だろうが常に仕事のことを考えていて。強制的に何も考えない時間をつくるために、サウナに通い始めました。ものすごく暑いサウナの中にいるときは、さすがに思考が途切れますからね(笑)。
今も、思考をリセットするために、毎晩寝る前にはサウナに行っています。
「買う」よりも、「売る」行動を促すためにどうしたらいいかを考える
——では、メルカリに入社した理由を教えていただけますか。
Gunosyの元同僚で、現メルカリ執行役 SVP of Management StrategyのShuji(河野秀治)から、食事に誘ってもらったのがきっかけです。
実は僕、『メルカリ』がリリースした当初から利用しているヘビーユーザーなんですよ。取引数で言うと、Sellだけでも1,000件近くあります。良いプロダクトなのはもちろん、企業としてのPRが上手なイメージもあって、以前から「優秀な社員が多いんだろうな」と思っていました。
そのうえでShujiから「メルカリでマーケティング責任者をやってみないか」と誘われたのが入社のきっかけです。
——メルカリに入社してからの印象を教えてください。
メルカリはGunosyやノインとは比較にならないほど大きい組織だから、電通のようにある程度“型”が決まっているのかと思って入社したのですが、全くそんなことはなかった(笑)例えば、企業としてマーケティングの投資判断基準を定めてはいるんです。しかし、メルカリは今でもすごい勢いで成長している企業だから、基準を定めた時と現在では状況が異なります。つまり、これまでの経験を頼りに既存の型をアップデートしながら施策を考えなければいけません。そのうえ、メルカリは非常に特殊なビジネスモデルなので、最初は苦戦しましたね。
——『メルカリ』のどんな点を「特殊」と感じたのでしょうか。
お客さまが、「売り買い」のどちらもするところですかね。特に、個人が「売る」という行為はかなり特殊です。「買う」行動を促すのは、正直かんたんなんです。対象商品を値引きしたり、クーポン券を発行したりすることで、一定の行動変容が見込めます。しかし、「売る」行動を促すのは難しい。写真を撮影して、商品の説明文を書いて、購入希望者と価格交渉をして、梱包して、発送して…と、たくさんのハードルがあるからです。これをマーケティングの力でどう解消できるのかが、私に課された課題でした。
——たしかに、お話を聞くと実はかなりハードルが高いことを要求していますね。
少し考えれば「マーケティングで『売る』行為を促すのは難易度が高い」と分かるのですが、常に目の前のことと向き合っているメンバーは、その当たり前のことに気づくのが意外と難しいんです。だから、局所的な指標でマーケティング戦略を立ててしまう。例えば、LTV(Life Time Value)が高いユーザーを増やすために、「まだお買い物をしたことのないカテゴリでお得にお買い物をしてみませんか?」と、特定のカテゴリで使える限定クーポンを配布する、とか。これ自体は悪くないのですが、大きくこれを拡げようとすると無理が出ます。
LTVが高いお客さまが、『メルカリ』を幅広く使っていただいているのは至極当たり前のことなんですよ。でも、目の前のことに必死になっていると、「メルカリを幅広く使うと、LTVが高くなる」と読み間違えてしまう。その結果、まだ買い物をしたことのないカテゴリのクーポンを配布…という施策に走ってしまうのですが、大多数の人からすると自分の興味のないカテゴリのクーポンを配られても困るだけですよね。
まずは、お客さまが使いやすいシンプルな構造にする。そのために、まずはマーケチームのメンバーに納得してもらう。そして、メンバーが理解してくれたら、経営陣にも説明をする。メルカリに来るまでもそのやり方を心がけてきたし、今も引き続きやっています。
——マーケティングで「売る」行動を促すのは難しいとお話されていましたが、そのうえで効果を感じられた施策はありますか?
2023年11月30日から12月3日の5日間原宿で開催した「メルカリで出会えるモノでつくったウチの実家」は良い取り組みでしたね。
『メルカリ』で出会える実家にありそうな懐かしいアイテム2,000点以上でつくられた「疑似実家」を体験できる没⼊型イベント。開催期間5日間で累計入場者数約1,800人を記録し、最大80分待ちになるほど連日行列を生むなど大きな反響があった
これまで『メルカリ』で「売った」ことのない方にも、「普遍的な、あなたの実家にあるようなものでも『メルカリ』で売れるよ」という気付きを与えられたと思います。期間限定のイベントでしたが、今後機会があればまた開催したいですね。
また、直近では「名前のわからないもの展」も開催しました。『メルカリ』は様々なものが売れ、購入できるマーケットプレイスで、本当になんでもあります。ただ、中には本当の名前が知られておらず、検索では辿り着けないモノもあるよね、という出発点から企画しました。
メルカリとして伝えたいのは「すべてのものには価値がある。だから『メルカリ』で売り買いしてみてね」ということです。ただ、これをそのまま言葉にしたところでなかなか伝わりません。それどころか見向きもされないでしょう。
『メルカリ』自体はかなり認知されていますし、不要なものを「売りたい」と考えた時に『メルカリ』を想起される方はかなり多いと思います。しかし、不要なものを見つけた際、想起されるのはまだ、ほとんどの場合「ゴミ箱」です。『メルカリ』の競合は実はゴミ箱なんです。
なんでもないようなもの、普段使ってるけど名前はわからない「アレ」を並べたのが今回の「名前のわからないもの展」です。メディアに取り上げてもらえるような要素、ターゲット選定などがハマり、大好評で終了しました。
こういった企画は今後も続けたいと思います。実は9月にもイベントを企画していますのでお楽しみに!
マーケティングの本質は、恋愛と似ている
——最後に、baachiiさんが描くメルカリの数年後のビジョンを教えていただけますか。
僕は、マーケティングは恋愛と似ていると思っています。特にtoCのプロダクトは、恋愛的な要素が強い。プロダクトも人も、好きになる理由は覚えていないけど、嫌いになってしまうのは一瞬です。好かれる要素を狙ってつくるのは難しいけれど、そこに挑戦しなければ愛されるブランドにはなれないと思っています。
——恋愛と絡めると、ユーザーと『メルカリ』はどんな関係が理想なのでしょうか。
お金(インセンティブ)をもらえるから一緒にいるのではなくて、「好きだから一緒にいる」関係ですかね。また、経営陣としては「一度嫌われたら終わり」というのを肝に銘じ、緊張感を持ち続けながら事業運営をしていかなければ、と思っています。
番外編:私の『メルカリ』活用術!
僕は本をたくさん読むので、紙の本を買って、読む前にメルカリに出品しています!売れるまでに読まなきゃいけないから、積読防止になりますよ。「メルカリ読書法」と呼ばれていますよね(笑)。
執筆:佐藤史紹 編集:伊賀あゆみ(メルカン編集部) 撮影:瀬尾陽(メルカン編集部)