「メルペイの最大の強みは、徹底したお客さま目線を持てること」と語ったのは、メルペイCPO(Chief Product Officer)である松本龍祐。
2019年2月、メルカリのグループ会社であるメルペイは、フリマアプリ「メルカリ」において、スマホ決済サービス「メルペイ」をリリースしました。これによって、メルカリでの売上金をサービス内での商品購入はもちろん、コンビニ、レストランなど、全国約90万か所のオフラインのお店でも利用できるようになったのです。
実は、松本は本サービスの前身とも言える「メルカリ共通ID」(以下、共通ID)からプロジェクトに関わってきた一人。さまざまな決済サービスが登場して世間が賑わうなか、メルペイ開発の手綱を握り続けてきた松本の胸にはどんな想いがあったのでしょうか。また、メルペイの強みを「お客さま目線」と答えた理由とは?
メルペイにつながる構想が本格始動したのは、今から2年前
ー松本さんは、ソウゾウ(メルカリの100%子会社)代表のときから共通IDのプロジェクトを進めてきた一人でした。メルペイの構想をスタートさせたのは、いつごろだったのでしょうか?
松本:今思えば、僕がメルペイにつながる構想を初めて聞いたのは、進太郎さん(代表取締役会長兼CEO)から「メルカリに来ないか?」と誘われていたときでした。当初からメルカリは、フリマアプリにとどまるのではなく、世界的なマーケットプレイスを目指すために決済を含めた流通の基盤をつくる構想がありました。そして僕が入社し、地域コミュニティアプリ「メルカリ アッテ」をつくるタイミングで、メルカリIDを使ってさまざまなサービスにログインできる「共通ID」の開発をスタートさせたんです。なので、2016年くらいでしょうか。
ーでは、松本さんはこのときから共通IDをベースにした決済サービスを開発していたのですか?
松本:いえ、このときの共通IDはあくまでも「個人情報などを入れる手間なく新たなサービスを使える」「メルカリでの評価情報が他のサービスでも適応される」という体験を最大化することを目的にしていました。その後、決済機能をつけ、メルカリ内で展開していく予定でした。
ーでは、共通IDが決済サービスへと姿を変えたタイミングは?
松本:「メルペイ」が明確に動き出したのは、今から2年前です。当時、僕はリサーチのために東南アジアを巡っていたのですが、配車サービス「ゴジェック」やオンラインマーケットプレイス「トコペディア」などのCtoCサービスが生活に溶け込んだ世界を目の当たりにしました。そこで「世界的なマーケットプレイスを目指すうえで、メルカリでも決済サービスを一気に進めなければいけない」と奮い立って……。僕のなかで確実にギアが変わった瞬間でもありましたね。
ー「決済サービス」に焦点を絞っていた理由は?
松本:CtoCサービスとは、個人間でモノやサービスを売買し合うことです。当然ながら、そこでは個人間での決済が発生します。これまではセキュリティ面からも導入が難しかった「個人間での決済」ですが、だからこそなめらかにすることでCtoCサービスはもっと活発になります。僕が見てきた東南アジアは、まさになめらかな決済手段により、多様なCtoCサービスによる競争が活発になっている状態だったのです。
ーメルペイの場合、決済手段をなめらかにすることでメルカリのお客さまをエンパワーメントできるということですか?
松本:そうです。そもそも、メルカリグループが目指している「世界的なマーケットプレイス」とは、お客さま一人ひとりをエンパワーメントする世界を指しています。決済手段をなめらかにし、メルカリでの売上金を現金化することなくコンビニなどでも使えるようにすれば、これまでオンラインに閉じていたお金をオフラインにつなげることができます。メルペイは、個人だけでなく企業もエンパワーメントできるポテンシャルがあるのです。
「メルカリで得た売上金をメルペイで使う」という世界観をつくる
ーそして、グループ会社であるメルペイが立ち上がります。そこではどのように開発が進められていたのでしょうか?
松本:まず、ソウゾウで共通IDを担当していた開発チームが丸ごとメルペイへ異動しました。そのほか、メルカリグループでの公募で集まったメンバーが一斉にメルペイへ異動しました。立ち上がり当初のメルペイは、約数十名ほどの組織。毎月メンバーが増えていくことを踏まえながら、開発の進捗や工数管理、体制構築を同時に進めていきました。
ー決済サービス特有の難しさなどはありましたか?
松本:このプロダクトは、開発だけが進めばいいわけではありません。メルペイを導入してくださるお店とやりとりしたり、いろいろな人たちと連携しながらつくり上げていく必要があります。そして、そのどこか1つでもつまずくと、サービスのボトルネックになってしまう。「うちのチームがつまずいてはいけない」という、良いプレッシャーをみんなで感じていましたね。
ーメルペイは、メルカリ上で利用できる決済サービスですが、アプリとして独立させなかったのはなぜですか?
松本:メルペイは、これまでオンラインに閉じていたお金をオフラインにつなげる役割を担おうとしています。言わずもがな、そのため、メルカリ内でサービスを展開しているのです。
ー「メルカリで稼ぎ、メルペイで使う」という世界観ですね。
松本:開発においてもゼロからサービスをつくるのではなく、既存のお客さまにとってなめらかな体験にするため、メルカリの裏側にある決済の仕組みをすべてつくり直しました。メルペイのエンジニアたちは、年間5,000億円を支えるメルカリのシステムと、メルペイの立ち上げの両方を同時に進めるというチャレンジにも挑んでいたのです。
ーメルペイ電子マネー(アプリ内で発行されるカード)の発行やクレジット決済サービス「iD」での決済を体験しましたが、システム上の難しさや、法律上での規制などを感じさせない「なめらかさ」がありました。
松本:そこはメルペイのプロダクトマネージャーやデザイナー陣が、最終的な仕様を決めるために今年の夏からずっとユーザーテストをくり返していました。それこそ、iD接続に至るプロセス、チャージでの動きなどを何十回もテストして今のメルペイのなめらかさに仕上がっています。ここがもっとも一丸となって頑張ったところですね。
ー開発では、すべての工程に「お客さま目線」があったということでしょうか?
松本:そうです。そもそもメルペイには、開発メンバーであると同時に「メルカリをよく使っているお客さま」がたくさん集まっていました。つまり「メルカリでの売上金をそのまま使えたら便利だよね」「使うなら、スムーズにやりたいよね」という共通認識が当初からあったんです。機能についても、お客さまのアンケートにある「こういう機能があったら使いたい」をもとにイメージをつくっていきました。
「お金を支払う」という感覚をなくしたい
ーメルペイには「信用を創造して、なめらかな社会を創る」というミッションがありますが、松本さん自身として実現したい世界観などはあれば聞きたいです。
松本:僕はメルペイを通じて、「お金を支払う」という感覚をなくしたいと思っているんです。例えば、アメリカのAmazon GO。ここでは自分のAmazonアカウントを紐付けておけば、財布を出すこともレジに並ぶこともなく自由に買い物ができます。どれだけ商品を買い物バッグに入れたかも記録されているので、専用レジを通るだけで「◯◯を購入しましたね」と通知され、アカウント経由で決済されます。このとき、誰もお金を支払っている感覚はありません。僕が目指している「お金を支払う感覚をなくす」とは、この状態を指しています。
ーオフラインとオンラインの境目がない状態ですね。
松本:そうです。この世界観について、僕はよく映画館での体験を例に挙げています。映画館では少し前まで、パンフレットなどで上映情報を確認し、現地でチケットを買っていましたよね。それがインターネットの登場で、スマホから上映情報を確認し、クレジットカードを使って座席指定できるようになりました。これはすごい進化です。しかし、多くの映画館ではクレジットカードを使って座席指定したにもかかわらず、現地の受付や機械などを使って入場券を発行しなければいけない。
ーたしかに、「なめらかな体験」には一歩届かない感じですよね。
松本:これは、お客さま側と映画館側の間に信用がないためです。僕はメルペイを通じて、映画館で言うところの「現地で入場券を発行しなければならない」という工程をなくしたい。インターネットでの商取引がオフラインにも浸透し、お金を払っている感覚がなくスムーズに生活できるようにしたいですね。
徹底した「お客さま目線」がメルペイの強み
ー先日、メルペイは第一弾としてiOSで使えるiD決済の提供をスタートさせました。今後はどのような機能が展開していく予定ですか?
松本:iOSに続き、2月末〜3月初旬にはAndroidでのサービス提供、3月中旬からはコード決済にも対応する予定です。今年春を目処に、現在の「メルカリ月イチ払い」を「メルペイあと払い」にリニューアルし、オフライン・オンライン関係なく、後払いができるようになります。
ー「メルペイ」としてデビューしましたが、次はどのようなステップを目指しているのでしょうか?
松本:先ほどもお話ししましたが、メルペイとしてまず目指しているのは、メルカリのお客さまが使いたいと思えるサービスにすること。そして、メルペイを導入してくださるお店へのベネフィットを充実させ、お客さまとの架け橋になることです。
ー「ベネフィットの充実」ではどういったものを用意しているのですか?
松本:1つは、お店側の導入コストが低いコード決済機能をリリース予定です。また、お客さまの特性を分析し、ニーズの高いエリアを中心にサービスを展開していくことで「使われる決済」を目指したいと考えているんです。
ー「お客さま目線」があるのは、メルペイの強みと言えそうです。
松本:そうです。僕らは、お客さまにとって一番使いやすい決済サービスをつくりたい。徹底したお客さま目線を持てるというのは、すでに多くの方々に利用されているメルカリと連携しているメルペイ特有の強みとも言えます。今後、僕らはメルペイを土台として新たなエコシステムを構築してくことになります。とはいえ、今はまだメルペイが実現したい世界観に対しての進捗率は10%くらい。やっと、その基盤ができたところなので、まだまだやるべきことはたくさんありますね。
プロフィール
松本龍祐(Ryosuke Matsumoto)
中央大学在学中より出版系ベンチャーの立ち上げやカフェ経営などを行う。 2004年より中国企業のSNS立ち上げに参画、2006年にコミュニティ企画・運営に特化したコミュニティファクトリーを設立。2009年以降はソーシャルアプリ開発に特化し、写真をデコってシェアできるスマートフォンアプリ『DECOPIC』が2,800万ダウンロードを記録。2012年9月にヤフー株式会社へ会社を売却。その後同社アプリ開発室本部長を担当後、2015年5月よりメルカリにジョイン。ソウゾウの代表取締役を経て、現在は株式会社メルペイの取締役CPO。