メルカリには、日本ではまだ珍しい「政策提言」の専門部隊「Public Policy チーム(以下、PPチーム)」が存在します。政治や行政に働きかけをする「ロビー活動」のイメージが強いですが、実はメルカリの新規事業を創出し、イノベーションを加速させる上で重要な役割を果たしています。
今回、執行役員VP of Public Policy・吉川徳明(@yoshikawa)、経営戦略室政策企画マネージャー・今枝由梨英(@Vanessa-imaeda)の対談を実施。メルカリの事業成長にPPチームが担う役割や目指す姿、チームで活躍できる人材像を聞きました。
この記事に登場する人
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吉川徳明(Noriaki Yoshikawa)メルカリ執行役員VP of Public Policy 兼 Public Relations。経済産業省でIT政策、日本銀行で株式市場の調査・分析、内閣官房でTPP交渉等に従事。2014年、ヤフー株式会社に入社し、政策企画部門で、国会議員、省庁、NGO等との折衝や業界横断の自主規制の策定に従事。2018年、メルカリに入社し政策企画マネージャーとして、eコマース分野やフィンテック分野を中心に、政策提言、自主規制の策定、ステークホルダーとの対話等に従事。2021年7月より執行役員VP of Public Policy。2023年1月より現職。一般社団法人Fintech協会 常務理事、特定非営利活動法人 全国万引犯罪防止機構 理事も務める。 -
今枝由梨英(Yurie Imaeda)メルカリ経営戦略室政策企画マネージャー。日本銀行にて経済調査、新日銀ネットシステムの更新PJ企画、金融機関のモニタリング、海外中銀との国際協力等に従事する。2021年より現職。循環型経済を推進するためのステークホルダーとの連携事例の創出や、HR・越境などの新規事業支援、消費者政策等にかかる政策提言、海外政策調査等に取り組む。リユース業協会サーキュラーエコノミー推進委員長長。
Public Policy チームは社会と会社をつなぐ“結節点”
——まず、PPチームの業務内容や役割について教えてください。
@yoshikawa:ひと言で言えば、メルカリと社会をつなぐ“結節点”として、“攻め”と“守り”の両面から事業を支えています。“攻め”は、新しいビジネスを生み出し、安定的に成長させていくためのルールづくりの仕事ですね。
メルカリでは「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」というミッションの達成に向け、マーケットプレイスやFintech、スポットワークなど、さまざまな分野で常に新たな挑戦を進めています。新しい技術やビジネスモデルを創出し、社会に実装する過程で、法律など、これまでの社会システムをもとに作られたルールとのギャップが生じてしまうケースも多々あります。
PPチームでは、政治家や官僚の方々に最新の技術やビジネス動向をインプットしたり、法規制の改正を提言したりすることで、メルカリのサービスがお客さまにスムーズに提供できるよう支援しているのです。
吉川徳明(@yoshikawa)
@Vanessa-imaeda:一般的に「政策企画」と言うと、こうした対外的な活動をイメージされることが多いのではないでしょうか。しかし、実は社内向けの活動も非常に大切だと考えています。
——それが“守り”の側面ですか?
@Vanessa-imaeda:はい。刻々と変化する社会情勢において、これまで問題なかった技術やサービスが不正に使われる事例を社外でキャッチしたり、懸念の声をいただくことがあります。そうしたリスクが顕在化している点があれば、私たちが社内に対して是正を呼びかけ、ポリシーやサービス、プロダクトに反映させていきます。
先ほどの“結節点”という言葉どおり、私たちは「メルカリの事業と社会が接続する場所」から、法改正などのトレンドや社会からの要請といった「外からの血(情報)」を社内に伝達し、メルカリの事業が社会に広く受け入れてもらえる状態を作っていく。PPチームには、そんなミッションもあると考えています。
——なるほど。ちなみに、メルカリのPPチームにはどんなメンバーが揃っているのでしょうか。
@yoshikawa:官僚出身の専門家も多くいますが、他にも元地方議会議員や民間企業からの転職者、社内異動してきた人などバックグラウンドはさまざまです。
社内外のステークホルダーとコミュニケーションをとる必要があるチームなので、相手の多様なバックグラウンドを想像し、丁寧に対話を重ねられる人が価値を発揮しやすい環境だと思います。
徹底した事業理解と仲間づくりで、新規事業をドライブさせる
——近年、『メルカリ』のビットコイン取引サービスや『メルカリハロ』といった新事業が続々と生み出されています。新規ビジネス創出において、具体的にPPチームはどんな関わり方をしているのでしょうか。
@Vanessa-imaeda:大きく2つあります。
1つは、「新事業・サービスを徹底的に理解し、分析すること」です。対外的なステークホルダーとコミュニケーションする前提として、事業を深く理解していなければなりません。
だからこそ、それは社会においてどんな課題を解消するためのビジネスなのか、誰に届けたいサービスなのか。そしてどういった法律、ガイドラインに関係する事業なのか、社内事業部はもちろん、同業他社や業界団体へのリサーチを通して、理解を深めていきます。
@yoshikawa:個人情報保護やデータ管理といったテーマに関しては、業界にかかわらず社会全体で共通の動向があります。一方で事業領域や業種によって、ロビー活動の必要性、私たちPPチームが貢献できる範囲も変わってくる。深く、幅広くリサーチを行い、チームとしての動き方を決めていきます。
——もう1つは何でしょう?
@Vanessa-imaeda:「仲間づくり」ですね。政策提言を行っていく上で重要なのは、信頼関係を構築していくことです。業界団体や省庁、社内外のキーパーソンと関係を深め、新規事業を通じて成し遂げたいビジョンに共感し、一緒に推進してくれるステークホルダー(仲間)を増やしていきます。
——では、PPチームがメルカリの新規ビジネス創出に貢献した具体的な事例があれば教えてください。
@yoshikawa:例えば、メルペイが提供する「AI与信」は成功事例の一つですね。
経済産業省が法改正を検討する会議に参加し、具体的な与信審査の方法や利用者保護のための方策について提案を続けてきました。こうした活動の結果、割賦販売法が改正され、認定を受けた事業者はAIによる与信審査を活用して与信枠を決定できるようになりました。
提案から法改正まで2年近くかかりましたが、創業10年ほどのスタートアップでこうした結果を出せたのは率直に嬉しかったですし、一層気を引き締めなければと感じた出来事でしたね。
——お二人が考える、メルカリのPPチームの独自性、強みはどんなところにあるのでしょうか?
@Vanessa-imaeda:3つあると思っています。1つは、「プロフェッショナルが集まっている」点。そもそもロビー活動はとてもハードルが高いんですね。新しい分野でも、「話すべきステークホルダーを特定する」「意見を聞いてもらう場を設定する」ことが、私たちの仕事のスタートラインです。そのうえで、私たちがどのような考え方で事業を進め、社会に価値をもたらすのか説明し、そのために相手に協力してもらいたいことを具体的に提案し、相手の心を動かしてはじめて、一つの活動となります。
これほどに不確実性と難度が高い政策提言において一定のポジショニングができつつある理由として、これまで積み上げてきた信頼関係はもちろん、メルカリには各分野の専門家が集まっているからだと思っていて。
政策提言を行う上で、法律やコーポレート機能、PMやエンジニアなど、さまざまな側面から課題感を収集していきます。メルカリには各分野における専門家が集まっているので、課題感を深掘りすると、実は業界全体や社会一般にある課題だったということも多くあります。困りごとや課題をオープンに言語化し共有できる環境も、政策提言の種を探す上での強みですね。
今枝由梨英(@Vanessa-imaeda)
@yoshikawa:2つ目は、他社や業界団体、行政といった「多様なステークホルダーとの関係性」です。私たちはかねてから、さまざまなステークホルダーと対話を重ね、丁寧に信頼関係を構築してきました。このリレーションの強さは、メルカリのPPチームが持つ独自性だと言えると思います。
こうした関係構築により、広島県の安芸高田市と三次市、ヤクルト山陽との提携などの社会的インパクトの大きい仕掛けづくりが可能になっているのです。
——3つ目はどんなことでしょう?
@yoshikawa:「会社が政策提言の重要性を理解している」点です。
そもそも会社の中に政策提言の専門部隊を設置している企業は多くありません。そんな中で、2018年に小泉さん(取締役 President)がPPチームを経営直下に創設した効果は大きかった。経営陣が、事業における政策提言の必要性と重要性を理解しているということですから。
私たちの取り組みは、事業成果にわかりやすく反映する性質のものではありません。法規制にアプローチしていくので、順調に進んでも1年以上かかることも多い。
こうした長期的な活動に対して会社のリソースを割り当てるのは簡単なことではないですよね。だからこそ、経営陣がその重要性を認知し、組織体制に反映してくれたことによって社内からの理解が得られやすくなったと思っています。
@Vanessa-imaeda:社内という観点でもう一つ付け加えると、「現場での定着」も資産だと思っています。メルカリでは、「何かあればPPチームに相談しよう」という風土が醸成されています。政策提言ブログ『merpoli(メルポリ)』の発信を通して私たちの活動が身近に感じてもらえている効果も出ているのかなと感じます。
@yoshikawa:こうした環境で仕事ができていることに感謝しつつ、これからは責任を果たしていくフェーズだとも感じていて。マーケットにおいて一定の存在感を発揮できるようになったからこそ、今後は会社としての強みを活かし、より一層健全な事業の発展に貢献していきたいですね。
手触り感ある現場の声を届け、価値を循環させる
——ここからは、お二人がPPチームとしてルールメイキングを行う上で、意識していることがあれば教えてください。
@Vanessa-imaeda:そもそも、私たちはあくまで「ルールメイキングの一翼を担っているに過ぎない」という認識があります。
社内外のあらゆるステークホルダーの連携が積み重なって「ルール」は完成していくものですし、「社会にとって良いルールができれば、それは自社にとっても良いルールである」という価値観が根底にあるからです。
その上でご質問にお答えすると、「政策提言」という領域に関しては、少しずつ社会の流れが変わってきているようにも感じます。
——社会の流れが変わっている?
@Vanessa-imaeda:従来、法律やルールとは行政が定めるものであり、その範囲でビジネスを行うべきという既成概念があったように思います。しかし、ここ数年は民間企業も「あるべき法律やルールとは何か」を考え、実態に即していない点があれば声を上げ、ルールを作っていこうというアジャイルさ、能動的な姿勢が求められるようになってきました。
こうした社会変化と共に、事業者の観点から提言していくことの重要性や、私たちPPチームの価値も高まっていると感じます。
——事業者の観点を持つからこそできる提言とはなんでしょうか?
@Vanessa-imaeda:消費者やステークホルダー側の実態やリアルな声をまとめて対話につなげ、あるべき社会の実現を加速させていくことでしょうか。
政策の実現においては「対話」がとても重要です。その対話を行う上で、省庁と事業者、双方に役割があると考えています。省庁側の役割は、現行の法制度に照らし合わせて、事業者側の課題感や提言をどう取り扱うか検討を重ね、他省庁とすり合わせを行うこと。
一方で事業者側が届けられるのは、「手触り感のある“現場”の声」だと思っています。消費者やステークホルダーが抱えるリアルな課題意識や実態を取りまとめて省庁にインプットし、対話を通してより社会にフィットするルールになるようブラッシュアップしていく。それも、私たちだからできる重要な役割の一つだと思っています。
@yoshikawa:提言や発信をするだけでなく、法律やルールを策定した後、現場の実務に浸透させていくことも、事業者側の重要な役割だと思っています。どんな法律もルールも「作って終わり」ではありません。自社だけでなく、社会全体で実際に活用されるものでなければいけない。現場の実務にどう落とし込んでいくのが最適なのか、といった知見も私たちが持つ価値ではないでしょうか。
不確実性を楽しみ自律的にアクションを起こしていく
——PPチームとして、今後どのような姿を目指していくのでしょうか。
@Vanessa-imaeda:これまでの取り組みを通して、業界全体を巻き込んで社会を前に動かす政策提言など、一定の結果を出せていると感じています。その上で、まだまだ私たちが果たすべき役割はあると思いますし、課題も常に新しく生まれています。
@yoshikawa:少し悲観的に聞こえるかもしれませんが、過去は未来を保証してくれません。だからこそ、過去の実績や関係に甘んじず、常に高みを目指して挑戦していく必要がある。メルカリの事業や組織がさらにグローバルに成長していくことを見据え、PPチームが今後の事業成長にさらに貢献し、成果を出し続ける必要があると思っています。
——では、メルカリのPPチームで価値を発揮できるのはどんな人材だと考えていますか?
@yoshikawa:いくつかありますが、まずは「目の前の課題に対して、自ら思考し、能動的に行動を起こせる人」です。
私たちは日々多岐にわたる課題に向き合っているからこそ、一筋縄ではいかない時もある。そんな不確実性や困難に直面した時、部分最適な議論に満足せず、大局的な「そもそも論」を議論し、自ら提案・実行していける自律性や積極性は求められていると思います。
また、自社だけでなく業界や社会全体の課題まで目を向けられる視野の広さを常に持っていたいですね。
@Vanessa-imaeda:繰り返しになりますが、PPチームは社内外をつなぐ“結節点”として、難度の高いコミュニケーションをとりながら物事を前に進めるための改善提案をしていきます。そのため、社内外とも緊張感の高いやりとりを行わなければいけない場面も多くあります。
そのような場面でも、チームとして協力しながら楽しんで取り組んでいただける方にジョインしていただけたら心強いですね!
多様なメンバーが集う、Public Policy チーム
執筆:安心院彩 編集・撮影:瀬尾陽(メルカン編集部)