2016年からスタートしたメルカリが主催する「THE BUSINESS DAY」。「THE BUSINESS DAY」とは、経営やコーポレート部門に携わるビジネスパーソンが知見を共有し合うカンファレンス。第2回目となる今回も、ビジネスの第一線で活躍するキーマンが一同に集い、「IPO」「成長戦略」「組織マネジメント」など、多岐にわたるテーマについてディスカッションを交わしました。
本セッションではメルカリのHRをリードしてきたPeople Partnersマネージャーの石黒卓弥と、エンジニアリングを通して組織課題を解決するCorporate Solutions Engineeringマネージャーの柄沢聡太郎が登壇。「組織拡大のターニングポイントとテクノロジーで挑む課題解決」をテーマに、それぞれの立場から見たメルカリの組織や歴史について語り合いました。わずか数人からスタートしたメルカリが、創業5年で1,000人規模の組織になるまでの背景には何があったのでしょうか。組織の成長における意思決定を4つのターニングポイントに沿って一気に振り返ります。
50人〜100人のメルカリ:OKRなどの人事評価制度をGoogleスプレッドシートで運用開始
石黒:私と柄沢がメルカリに入社した2015年当時、社員数は約60人、アプリDL数は約900万という状況でした。それが今や社員数は1,000人になり、DL数も1億を超えています。とはいえ、昨日今日で社員数が1,000人になったわけでも、DL数が1億を超えたわけでもありません。そこで本セッションでは「50人〜100人」「100人〜250人」「250人〜500人」「500人〜1,000人」の4つのターニングポイントに分けて、当時の制度やITツールなどとともに、これまでのメルカリを振り返っていきたいと思います。
柄沢:さっそくですが、キーワードにGoogleが提供しているビジネスツール・G Suiteがあります。最近では多くのIT企業がGoogleのビジネスツールを全社的に使っていますよね。メルカリは社内で何か共有するときはGoogleドライブを、オンラインでミーティングに参加するときはHangoutを使うことが常態としてありました。そのほかにも当時はYammerというコミュニケーションツールも使っていましたね。またプロダクトチームの一部のみでSlackを使っていたりと、バラバラでした。
石黒:そして、このタイミングで導入した人事評価制度にOKR(Objective and Key Result)があります。特にOKRに関しては印象的なエピソードがあって。冗談みたいな話ですが、私の一次面接で小泉(取締役社長兼COO)から「OKRの導入を考えているので、次回までに調べてきてください」という宿題が出たんですよ(笑)。そして選考を進みながらOKRについて調べ、入社後は実際に導入を進めました。結果、入社後の翌四半期には導入することができました。
柄沢:このときの大事なポイントは、あくまでも「OKRの導入」が目的だったということです。そのため、管理ツールの選定・検討に時間をかけず「とりあえずやってみよう」とスピーディーに導入することができました。そのため、当時のOKRもPeer ReviewもGoogleスプレッドシートに名前や目標を書き、それをマネージャーに確認してもらうというフローでしたね。まずはできるものでやろう、と。
石黒:OKRやPeer Reviewといった人事評価制度が導入される経過を間近で見ながら「メルカリは教育制度面もしっかりしている」「何年か先の組織を見据えて動いている」と感じたことを覚えていますね。
柄沢:シャッフルランチも、このタイミングではじまった施策でしたね?
石黒:そうですね。シャッフルランチはメンバーをランダムに組み合わせてランチへ行くというコミュニケーション施策です。70人を超えた頃に経営陣から「チーム間のコミュニケーションは大切にしたい……そういえば、シャッフルランチという施策があるらしいけど、うちでもやらない?」と提案されて。翌月には実施していましたね。チームをまたいでコミュニケーションがとれる効果とともに、新旧メンバーを自然に混ぜ合わさることで、メルカリの歴史のキャッチアップとしても効果があったと感じています。
柄沢:そのシャッフルランチも、当時はスプレッドシートで乱数を使ってメンバーを振り分けていました。ここも最初は手づくり感のある運用だったんですよね。
100人〜250人のメルカリ:ツールを統合、でも役割は権限委譲
石黒:続いて「100人〜250人」のターニングポイントです。
柄沢:先ほど、日本とアメリカそれぞれのオフィスでYammerアカウントが別だったり、プロダクトチームの一部でSlackが使われていたと話しました。これについてさらにご説明すると、日本とアメリカだけでなく、コーポレートとプロダクトそれぞれのコミュニケーションも分断されつつあり、閉鎖的な状況が生まれていました。そんななかで「メルカリ社内のコミュニケーションを一本化したほうがいい」と思い、Slackを全社で導入したという経緯がありました。
石黒:組織の資産である「情報」をどんどん透明化させるために、チームごとで情報が分断されている状態を解消することが目的でしたね。
柄沢:Slackを導入した結果、コーポレートとプロダクトだけでなく、日本とアメリカなどの各オフィス、そしてメルカリとグループ会社であるソウゾウなど、それぞれでコミュニケーションを図れるようになりました。とはいえ、ツールと仕事のやり方はセットになることが多いもの。たとえば、当時CSチームはYammerのスレッド機能を使いながら役割や担当業務を振り分けたりしていましたね。彼らに不自由や不安なくSlackを使ってもらうためには、業務フローを再構築し、新しいツールや機能でカバーできるようにサポートする必要があります。当然ながら、Slack導入時は各チームと連携しながら進めていきました。
石黒:Slack導入後は、チーム間だけでなくオフィス間の心理的距離もより近づいたと思います。
柄沢:Slack導入と同時に考えていたのは「組織の成長とともに、どうずればメンバーへ権限を渡せるか」ということでした。
石黒:そうですね。当時はソウゾウを設立し、新規事業も進めていました。特に印象的だったのは、全社定例で山田(代表取締役会長兼CEO)が「ソウゾウのレポートはみなさんに共有しません、以上」と言ったことです。
柄沢:そうそう。メルカリグループとしては、逐一共有したり相談したりしなくても、ツールが統合され、ほしい情報を取りにいける状態にしていれば、権限委譲と情報共有を両立できると考えています。SlackやGoogleドライブなど使用するツールを統合していることはこの点においても重要でしたね。このアナウンスメントによって、ソウゾウのチームやメンバーはより動きやすくなったと思いますね。
石黒:人事関連では、先ほど評価などはGoogleスプレッドシートで管理していると話しました。しかし、この頃から徐々にメンバーが増えていき、マネージャー間での引き継ぎが難航しはじめたんです。そこで、人事評価の機能を提供しているSaaSを利用するなど、いろいろトライしました。
柄沢:組織が大きくなるということは、メンバー数も右肩上がりに増えていくということ。このタイミングでは採用プロセスの全体最適化も必要になったため、以前までは山田が最終面接をすべて担当していましたが、小泉や濱田(取締役CPO)などの取締役クラスへ権限移譲していきました。
250人〜500人のメルカリ:社食アプリでコミュニケーション促進&リファラル採用強化
石黒:では、続いて「250人〜500人」のターニングポイントです。
柄沢:採用管理システムにTalentioを導入しはじめましたね。またPeer ReviewもGoogleスプレッドシートから別ツールに移行しました。メルカリが他社ツールを使う際にもっとも意識していることのひとつに「自分たちが一番目のユーザーになる」という言葉があります。何かしらのツールを導入するとき、ツールに合わせて仕事のやり方を変える部分と、仕事に合わせてもらうよう運営元に要望する部分の2つが必要になるため、導入前後のハードルはものすごく高い。メルカリではこれらをクリアするために、小さめのツールをシンプルに使いはじめ、制度やルールづくり、フィードバックを重ねながら運営元企業のパートナーになっていくやり方を続けています。
石黒:キャリブレーションという人事評価での考え方をマネージャー間で導入したのも、このタイミングでしたよね?
柄沢:そうです。キャリブレーションとは、メンバーの評価を直属マネージャーのみが行うのではなく、グループ内のマネージャーも参加して正当な評価を決めていくためのもの。「この評価でいいんだっけ?」という議論を何度も重ねながら評価を決めていきます。
石黒:当時は、組織が150人を超えはじめたフェーズです。取締役といった経営陣が各メンバーをすべて見ることに限界がきていました。そこで20〜30人に分けて、マネージャー間でキャリブレーションをしながら、お互いの目線を合わせることに取り組みはじめたんです。
柄沢:そうでしたね。とはいえキャリブレーションも、やはりしばらくスプレッドシートで運用していましたよ(笑)。
石黒:そして、採用だけでなく社内コミュニケーションをスムーズにする取り組みとして今も役立っているのが「どこでも社食」というアプリです。
柄沢:アプリ導入の背景には、「ランチ制度の形骸化」がありました。メルカリには先ほどお話ししたシャッフルランチのほか、入社したメンバーをほかのチームに紹介するための「メンターランチ」、採用目的で社外の人と食事する「採用会食」などがあります。これらの施策はメンバーに広く受け入れられ、利用するメンバーが多い一方で経費精算が大変という声がありました。そこで、提携レストランを利用すればアプリ内で支払いができ、その後の経費精算も不要になるアプリを導入したんです。
石黒:アプリ導入後はスマホで精算できるようになったため、ランチ制度の利用率も上がり、リファラル採用の件数も増えていきました。
柄沢:人数の増加とともに形骸化しそうなコミュニケーション施策を、アプリなどを用いて活性化させるのは、いかにもメルカリらしいですね。
石黒:また、このタイミングで最終面接は基本的に執行役員クラスに権限委譲しています。一定の組織単位で意思決定が行えるようになり、成長スピードも上がったと思いますね。これによって山田はUS版メルカリの開発に集中できるようになりました。
500人〜1,000人のメルカリ:組織とともに社内ツールを内製できる体制へ
石黒:そして最後は「500人〜1,000人」ですね。スライドのキーワードには「Corporate Solutions Engineering」があります。
柄沢:私のチームですね。これまでのメルカリでは評価や給与などのプロセスにSaaS系ツールやスプレッドシートを利用してきました。しかし、人事評価は特に経営陣の意思が強く反映されるところでもあり、組織の状況や制度の変化によって、ツールに求められる機能が刻々と変化していきました。そうすると「ここをもっと評価したい」「こういうやり方で評価したい」といった話がどんどん出てくる。そのたびに新たなツールを選定していては間に合いません。そこで、Corporate Solutions Engineeringというチームを立ち上げ、社内で人事評価ツールを内製しはじめたのが半年前でした。これにより、制度とツールを一緒に作っていくことができるようになり、こう変えたい、こうしていきたい、といった要求によりクイックに対応できるようになりました。今では、自己評価、Peer Review、上長評価、そしてキャリブレーション、さらに改定後給与を労務に連携するところまで、一連の流れを1つのツールで完結できるようになりました。
石黒:同じタイミングで、採用選考の最終面接が役員からマネージャーに変わっています。採用チームとしては、最終面接は「マネージャー2人がOKしなければいけない」など、常にガバナンスが効いているかどうかを意識しはじめました。たとえば、私がリファラル採用で紹介した人は、なるべく私以外のマネージャー2人が面接するなど工夫していました。
柄沢:そして、シャッフルランチのbot化や、メンバー間でお互いに少額のボーナスを送り合う成果報酬精度「ピアボーナス」も登場しています。これらはすべて、ここ半年間の動きですね。
石黒:さて、そろそろ時間ですので最後のまとめです。昔もいまも続けているのは、わからないことや悩みごとがあれば先進的な制度を導入しているFacebookやGoogleなどの企業へヒアリングをどんどん行うこと。もちろん社外だけでなく社内の情報を集積することも大切です。メルカリにはシリアルアントレプレナーだけではなく、経験豊富なメンバーも多いので「前の会社ではこういったところが大変だった」など、それぞれの持っているナレッジを共有していくことも重要だと思います。
柄沢:本セッションで伝えたいのは「メルカリだからうまくいった」「それができる人がいたからできた」ではないということです。私たちもわからないことはたくさんありましたし、これからどんな課題が立ちはだかるのかわかりません。今後も組織はどんどん成長していく。だからこそ、貪欲にあらゆる手段を考え、先人に学びつつ前例を疑い、新しいチャレンジをどんどんしていくことが求められます。これはメルカリだけでなく多くの企業、特にスタートアップに当てはまることではないでしょうか。
登壇者プロフィール
石黒卓弥(Takaya Ishiguro)
NTTドコモに新卒入社し、営業、採用育成、人事制度を担当。一方で、事業会社の立ち上げや新規事業プロデュースなども手掛ける。2015年1月、株式会社メルカリに入社。現在はPeople Partnersマネージャー。
柄沢聡太郎(Sotaro Karasawa)
大学在学中である2007年末からエンジニアグループ「nequal」を立ち上げ、サービスなどを運営。2010年中央大学大学院卒業後、グリー株式会社に入社。退社後2011年2月株式会社クロコスを立ち上げ。2012年8月、クロコスをヤフー株式会社へ売却。2015年5月、株式会社メルカリに参画。CTO、VP of Engineering経て、現在はCorporate Solutions Engineeringマネージャー。