2016年にスタートしたメルカリが主催する「THE BUSINESS DAY」。「THE BUSINESS DAY」とは、経営やコーポレートを担うビジネスパーソンが学び、出会い、実行するためのカンファレンスです。第2回目となる今回も、ビジネスの第一線で活躍するキーマンが一同に集い、「IPO」「成長戦略」「組織マネジメント」など、多岐にわたるテーマについてディスカッションを交わしました。
イベントのオープニングセッションのテーマは「『ベンチャーが上場』の本当の意味」です。ゲストには、シニフィアン株式会社共同代表の小林賢治さん、ラクスル株式会社CFOの永見世央さん、そして株式会社メルカリCFOの長澤啓の3名が登壇。
永見さんがCFOを務めるラクスルは、印刷・運送のシェアリングプラットフォームを運営し、大きな注目を集めるスタートアップであり、この今年5月には東証マザーズ上場も果たしています。一方、小林さんは長年、DeNAで執行役員を務め、コーポレートサイドからビジネスサイドまで、幅広いフィールドで経営を支えてきたスペシャリスト。それぞれのやり方や立場でIPOを経験した3名は「ベンチャーの上場」にどのような意味を見出しているのでしょうか?
メルカリ上場のポイントは、グローバルオファリングにあった!?
長澤:メルカリは2016年3月に84億円のファイナンスを行い、評価額が約10億ドル(約1100億円)を超え、いわゆる「ユニコーン企業」と呼ばれるようになりました。未上場で大型の資金調達ができたことを契機に、改めて上場する必要は何なのだろうと社内で議論したんです。世界を見ても、UberやAirbnbなど、非上場で急成長を遂げる企業は数多くある。しかし、メルカリの「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」というミッション達成を考えると、さらなる資金調達が必要であることは明らかでした。また、メルカリがより大きなプラットフォームを提供していく企業として、社会からの信用や信頼を獲得していかなければならない。「社会の公器」じゃないですけど、より透明性をもってビジネスを展開していく必要があると考え、上場することを決意しました。
永見:ラクスルは累計約80億円の資金調達を行い、継続的にスケールアップしていきました。当然、上場を考えるわけですが、そもそも「企業が未上場でありつづけるメリットは何か」という議論をずっと社内で実施していましたね。未上場の一番のメリットは、成長投資含め、赤字を堀り続けられることだと思っていて。ラクスルの場合、約80億円の資金調達を行い、累計で約50億円の赤字を計上しました。でも、あるレベルの成長フェーズを迎え、主力事業については大きな赤字を掘る必要がなくなってきたので、メルカリさんと同じく上場のメリットを取る方向に舵を切りはじめたんです。
長澤:単に上場するだけなら簡単なことかもしれませんが、それよりもどのような投資家にオファリングをするかも重要なポイントだと思っていて。とくにメルカリは海外の機関投資家を取り込むこと、いわゆるグローバルオファリングに強くこだわりました。いまの東証の売買状況を見ると、約6割が海外の機関投資家が買い、市場の流動性をつくっているんですよ。メルカリの企業価値をさらに上げていく過程では、海外の機関投資家にどれだけ評価してもらえるかが重要なポイントだったんです。
永見:ラクスルは国内での上場ではあったんですけど、海外の機関投資家をカバーできるようなIPOをしています。通常のIPOでは、全体のオファリングの約8割を個人投資家、約2割を機関投資家に割り振るのですが、わたしたちは個人投資家と機関投資家を半々に割ってオファリングをしていて。また機関投資家分のうち、約7割が海外の機関投資家に配分されています。長澤さんのお話にもありましたが、東証での株式売買の約6割以上が海外の機関投資家で占めていますし、国内市場のみでのIPOでは獲得困難な資金も、海外市場も視野に入れることで可能になると思います。
小林:マザーズにおいて、海外機関投資家からこれだけカバーされて上場するケースはかなり珍しいと思いますね。しかもロングタームで事業を判断してくれる長期保有型の投資家を味方にしている印象を受けました。そうしたロングタームの機関投資家は、スタートアップに投資してくれないことがほとんど。また、そうした機関投資家の場合、企業の短期的な成長にはそれほど目を向けていない。それよりも「企業が長期的にどのような山を登ろうとしているのか」を大事にする傾向があるんです。企業や事業の戦略に深く共感するロングタームの投資家を味方にできたことは、両社の上場にとって大きなポイントだったと思いますね。
「意志」を持った上場でなければ、意味がない
永見:上場するにあたって、一番何を重要視するかと問われると難しいのですが、強いて言えば「意志を持った上場をする」ことだと思います。会社のストーリーを自分ごととして捉え、投資家に意志をもって伝えること。わたしたちは単年で利益を最大化しようと思えばできますが、基本的にプラットフォーマーとして継続的に再投資を続けますと声を大にして伝えていて。投資家に対しても、営業利益ではなく(先行投資の費用が控除される前の)売上総利益を当社企業価値の源泉として見てくださいと言い続けているんです。それにIPOって新しい投資家を見つけてくるという、エンゲージメントを高めるためのプロセスだと思っています。経営としての意志を伝え、共感を得た投資家との間においては大きな軋轢はなく、深い関係を築くことができると考えています。
長澤:わたしたちも上場には強い意志を込めました。上場が承認された日に、CEOの山田から投資家をはじめとしたみなさまへ手紙を書いたんです。日経新聞にも広告掲載をさせていただいたのですが、そこには、今後も人とテクノロジーに投資をつづけ、よりよいプロダクトをつくるというメルカリの明確なメッセージが綴られています。目先の利益にとらわれず、長期的な視点に立った成長戦略をこれからも投資家をはじめ、社会全体に伝えていきたいと思っています。
小林:IRメッセージにお化粧をしてキレイに見せるということではないんですよね。シンプルに言えば、この会社の何を、どのくらいのサイクルで評価してほしいかという「ものさし」を提示すること。両社の決算資料には成長フェーズやサイクルに応じて何を評価してもらいたいのかについて、非常に丁寧に書いているわけです。たとえば、メディアなどでは「対前年比で業績がどうたったか」などについて書かれやすいんですけど、事業って年単位で推移しているとは限らないですよね。3年を費やしたあとに初めて粗利が出はじめるというビジネスモデルも当然あるわけで。そういう企業に対して、昨年対比の業績を求めてもまったく意味がない。事業のサイクルをしっかりと伝えることは、投資家とコミュニケーションを図るうえで重要な点だと思いますね。
長澤:お二方とも、これまで数多くの企業の上場を見届けてこられたと思うのですが、どのようなタイミングですべきだと思いますか。
小林:最近は、未上場で大型の資金調達をするスタートアップが隆盛です。なので、上場の時期を遅らせてもいいんじゃないかという考え方もあります。でもマーケットの状況は、いつ、どのように変化するかわからない。一度上場のチャンスを逃すと、なかなか次のチャンスがこないということも考えれます。
永見:ここ数年、景気や株式市場の相場が良いだけに、企業は上場のタイミングを伺える余裕があるのかもしれませんね。でも景気が悪くなると、資金が底をつき、廃業や事業縮小を余儀なくされる企業も出てくるんじゃないかと思っていて。そのような最悪なシチュエーションも念頭に置きながら、上場のタイミングを考えることが大切ではないでしょうか。
上場後の成長に必要なのは、コーポレートとビジネスの連携
長澤:将来的なお話もできればと思います。メルカリのような上場して間もない企業が、今後取り組むべきことは何だと思いますか。
小林:CFOやIR部門など、一部の社員しか資本市場との接点をもっていないという状況や組織は改善したほうがいいと思います。全社的に財市場や労働市場などはウォッチする一方で、資本市場をほとんど意識していないというケースをよく目にします。資本市場と企業戦略は切っても切り離せない関係にあります。その意識を会社全体に醸成させることが、とくに上場企業に求められることではないでしょうか。さらにいえば意識するだけではなく、資本市場のモメンタムを踏まえた上で、ビジネスにどう反映するかといったフィードバックのループをつくることが大切です。長年、スタートアップコミュニティにいますが、事業サイドと資本サイドの話がうまく通じ合っていない企業を多く見てきました。
永見:会社や組織が大きくなると、コーポレートサイドはビジネスサイドからどんどん離れていくんですよね。それがすごくもったいないなと思っていて。できる限りコーポレートとビジネスの両者が寄り添うような体制をつくっていかなければなりません。この会場には、社員数が数名というスタートアップで働いている方もいらっしゃると思います。そのような組織においてコーポレートとビジネスの垣根なんてまったくないですよね。それが企業の原型ですし、組織が成長したからといって距離を保つ必要は一切ないと思っています。
長澤:あっという間にセッション終了のお時間がきてしまいました。最後に上場を控えるスタートアップのみなさんに一言ずつ、メッセージをいただけますでしょうか。
永見:そもそも上場って経営者や証券会社にやらされることではないですよね。繰り返しになりますが、自分ごととして意志をもってIPOを設計していくことがもっとも重要だと思っています。たとえば整備する会社規程や上場時の目論見書にしても、会社の魂を反映すること。どこかの雛形を使う企業も多いと思いますが、本気ならそんなこと絶対にしないはず。それはIPOの準備だけじゃなく、日々のコーポレート業務においても同様ですよね。ラクスルはその見本のような存在でありたいと思っています。
小林:未上場で注目されている企業が、上場後さらに急成長していくようなパターンをつくっていかないと、日本的なエコシステムは発展しないと思っています。未上場と上場の間をどのようにブリッジさせるかが大切ではないかと。個人としてもシニフィアンとしても、その架け橋になれるような役割を担っていきたいですね。あるときは事業家的立ち位置で、またあるときは資本家的立ち位置であるような、融通の効いた存在でありたいと思っています。
登壇者プロフィール
永見世央(Yo Nagami)
ラクスル株式会社取締役CFO。2004年に慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、みずほ証券株式会社にてM&Aアドバイザリー業務に従事。2006年から2013年まで米カーライル・グループに所属し、バイアウト投資と投資先の経営及び事業運営に関与。その後株式会社ディー・エヌ・エーを経て2014年4月にラクスル株式会社にCFOとして参画し、同年10月に取締役就任。ペンシルバニア大学ウォートンスクールにてMBA取得。
小林賢治(Kenji Kobayashi)
シニフィアン株式会社共同代表。東京大学大学院人文社会系研究科修了(美学藝術学)。コーポレイト ディレクションを経て、2009年に株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、執行役員HR本部長として採用改革、人事制度改革に従事。その後、モバイルゲーム事業の急成長のさなか、同事業を管掌。ゲーム事業を後任に譲った後、経営企画本部長としてコーポレート部門全体を統括。2011年から2015年まで同社取締役を務める。事業部門、コーポレート部門、急成長期、成熟期と、企業の様々なフェーズにおける経営課題に最前線で取り組んだ経験を有する。朝倉祐介、村上誠典と共に、2017年7月にシニフィアン株式会社を設立。
長澤啓(Kei Nagasawa)
株式会社メルカリ執行役員CFO。三菱商事において金属資源分野における投資及び主にエネルギー、リテール、食品分野等の領域におけるM&Aを担当。2007年にシカゴ大学経営大学院を卒業の後、ゴールドマン・サックス証券にジョインし、東京及びサンフランシスコにおいて主にテクノロジー領域におけるM&AやIPOを含む資金調達業務を担当。2015年6月にCFOとして株式会社メルカリに参画。