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メルカリにおける“ELSI”とは何か? mercari R4Dと大阪大学ELSIセンターが築いた共同研究の裏側

2025-5-27

メルカリにおける“ELSI”とは何か? mercari R4Dと大阪大学ELSIセンターが築いた共同研究の裏側

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メルカリグループでは、研究開発組織「mercari R4D(以下、R4D)」と大阪大学社会技術共創研究センター(以下、ELSI センター)とで、「ELSI」(倫理的・法的・社会的課題; Ethical, Legal and Social Issues)*に関する共同研究を行っています。

*ELSIの研究について- 昨今のIT・テック業界では、新たな科学技術とその社会実装に伴うさまざまな面での倫理的・法的・社会的課題(ELSI)が生まれており、国内外の多くの企業が、AI倫理、生体認証技術、データビジネスとプライバシーといった課題に向き合わざるを得なくなっています。特にR4Dにおいては、幅広い研究開発分野の社会実装に挑戦しており、今後の研究開発活動を支える基盤として、社会的なリスクやインパクトを見据えたELSI研究が重要であると考えてきました。ELSIの研究では、ELSIの考え方をmercari R4Dはもちろんのこと、メルカリグループ全体での実践へとつなげていくべく、活動をしています。

この共同研究では、これまでメルカリにおける研究開発倫理審査の高度化や、AI倫理、男女間賃金格差是正の取り組みに関するケーススタディなど、企業活動を対象とした様々なテーマのプロジェクトが推進されてきました。

今回は、当該ELSIに関する共同研究をリードしている井上眞梨(@inomari)と、ELSIセンターからメルカリに出向中(インタビュー当時)の肥後楽(@higochan)の2名に、共同研究の経緯やこれまでの取り組みについて語ってもらいました。

プロフィール

  • 井上眞梨(Inoue Mari)

    株式会社メルカリ 研究開発組織 mercari R4D (Manager)。慶應義塾大学大学院 理工学研究科 前期博士課程(修士)修了、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)にて、IT分野の動向俯瞰や戦略提言、研究プロジェクトの支援等に従事。2021年10月に入社後、大阪大学ELSIセンターとのELSIに関する共同研究の推進や、R4Dにおける研究戦略調査、社会人博士支援制度などの活動を行う。

  • 肥後 楽 (Higo Konomi )

    大阪大学社会技術共創研究センター 特任助教。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は音楽学、文化政策学、協働形成。2023年8月〜2025年3月まで、メルカリと大阪大学との間のクロスアポイントメント協定を利用して、週2日間mercari R4DにてResearcherとして活動。 https://researchmap.jp/Higo_Konomi

共同研究は、ボトムアップで実現した

—— ELSIセンターとR4Dの共同研究がスタートしたきっかけを教えてください。

@inomari:R4Dは、アカデミックな観点から、メルカリのミッションである「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」の実現に向けた研究を行い、社会実装を通じてお客さまに新たな価値を届けることを目的とする研究開発組織です。そのため、科学技術が社会に実装された際に生じうる潜在的な課題を見据えて研究活動を行うことが重要であると考えてきました。

当初(2020年秋頃)、ELSIセンターとの共同研究では、研究開発倫理指針の策定やR4Dが実施している研究に関するELSIの検討など、R4Dを対象とする研究が主なものでしたが、次第にメルカリグループ全体を対象とする研究へとスコープを拡大してきました。特に、AI倫理に関する研究は、生成AIが登場する以前の2021年からAIにさまざまな関わりをもつ現場メンバーからのボトムアップで始まり、共同研究における重要なテーマの一つとして推進されています。

——2023年8月、R4DとELSI センターの間の人材交流がスタートし、ELSIセンターから@higochanがメルカリでの業務を開始しました。@higochanは、メルカリでどんなことをされていますか?

@higochan:R4Dでは、ELSIセンターとの共同研究を担当し、Researcherとして研究を推進するとともに、inomariさんと一緒にマネジメントも推進してきました。ELSI センターとR4D、両方の目を持つ立場として、情報共有方法を検討したり、研究の種となるような議論のトピックを抽出し、検討の場を整えたり、円滑な研究推進に必要な「つなぐ」仕事を主に担っています。また、R4D以外の部署の方々にこの共同研究を知ってもらい、機会があれば関わっていただけるよう、メルカリ内部に向けた情報発信・情報交換を行うことも重要な仕事の一つです。

「お墨付き」を与える、ではない関係性

—— 2024年10月には、AI倫理に関する2年間にわたる共同研究の活動が、学術論文として採択・公開されました。これをどのように受け止められていますか?

@inomari:現場でAIを活用する上で見えてくる価値と、同時に存在するさまざまな課題は、表裏一体の関係になっています。その両面について、ELSIセンターの方々と議論を重ねてきました。メルカリが「何を大事にしてるのか」「何を大事にしたいのか」という価値観をベースに議論できたことは、非常に意義深いと感じています。

@higochan:大学が一方的にお墨付きを与えるような関係ではなく、継続的に議論に関わりながら、様々なプロセスを共にするのは貴重ですよね。

@inomari:また、メルカリという企業におけるAI倫理への取組みが、学術的・国際的に一定評価され、当該論文を通じてさまざまな方々へ知っていただけるようになったという点も、この共同研究の大事な成果ではないかと考えています。

——AI倫理の観点でいえば、ガバナンスを構築して、パッケージ化した後は何をするべきなんでしょう?

@inomari:これから推進していくべき、重要なポイントですね。ガイドラインは、作成された時点のユースケースや技術情報に基づいて作られています。ただ、変化の早いAIの世界では、技術の進展はもちろんのこと、ユースケースも常にアップデートされています。社内でもガイドラインの改定をスピーディーに行っていますが、ELSI研究としても、具体的な事例に基づいたAI倫理についての研究を進め、その知見を提供していきたいです。

@higochan:移り変わりが激しい領域なので、1回ガイドラインを作ったらそれで終わり、というわけにはいきません。分野全体の動向を大学・企業両方の視点から継続的に観察しながら、収集した社内の実践知も含めて常にアップデートする意識を持っていたいですね。

分野も立場も違うからこそ実現できることー産学連携のおもしろさ

——畑の違う者同士が議論を重ねる難しさが常にあったと思います。どのようなコミュニケーションがあったのでしょうか? また、研究機関側にとって、企業との共同研究の面白さ、やりがいはどのような部分にあると思いますか?

@higochan:もともとELSIセンターの研究者たちは、リスク学、倫理学、法学、社会学、文化人類学など様々な分野の研究者が集まった混成チームなんです。だから、できる限り専門用語を使わないで議論する、初歩的な質問を許容し合うといった、お互いが前提としている知識が違う他者同士だということを意識した対話の作法でもって議論に参加しなければならないという前提は常にありました。さらにこの共同研究では、メルカリ側からも色々な専門性を持つ方がカウンターパートとして参画し、産学の垣根を越えたメンバーシップの中で研究を推進しているので、ますますその重要性は高まっています。

でも誰もそれをマイナスに捉えていたり、過度なハードルだとは考えていないと思います。むしろ、それぞれの専門性を生かしながら、最先端の技術開発、異分野の研究活動といかに共創することができるかということや、その成果を企業の中、もしくは社会の中でどのように活用できる「知」として息づかせることができるか追求できるという部分に、この共同研究の面白さを感じているのではないかなと。

@inomari:大前提として、皆さんメルカリにとても関心をもってくれているんです。実務で困っていることや悩みをやわらかい段階から気軽に相談できて、一緒に研究テーマを作り上げていける関係になっていて、とてもありがたいと感じています。

@higochan:メルカリは私たちから見ると「研究シーズの宝庫」なんです。当初私たちの共同研究はR4Dの研究倫理指針、研究倫理審査のアップデートというところから始まりましたが、AIや量子情報技術など個別研究開発領域をテーマとしたELSIの検討、メルカリの企業活動全体を対象としたELSIの発展的な探索など、共同研究が進むにつれスコープはどんどん広がっています。

例えば、メルカリが推進する企業活動を研究テーマとした事例として、Inclusion&Diversity(I&D)に関する研究が挙げられます。
当時、メルカリのI&D担当者は、先駆的事例として社会的に大きな注目を集めたメルカリ社内における男女間賃金格差に対する是正アクションについて、関連情報をどのように開示すべきか悩みを抱えていました。そこで、メルカリのI&D担当者とELSIセンターの研究者が議論を重ねながら、メルカリにおける取組をケーススタディとして扱い、大阪大学以外の研究者も含めた専門家による検討ワークショップを開催して関連情報を整理し、研究ノートという形でまとめて公開することに決めました。
こうした先進的な事例を社会に発信する方法を一緒に考えられることも、共同研究を続けられるポイントだと感じます。

@inomari:私たちは「メルカリだからできる」で終わらせたくないと思っています。研究で得られた知見やノウハウはもちろんのこと、研究してきたプロセス自体も様々な形で外部へ発信していきたいと思っています。

@higochan:「研究」というと論文を書いたり、実験を行ったりするイメージがあるかもしれません。ELSI研究においては、皆さんが抱えている悩みや考えを可視化し、明確にするためのプロセスを作っていくこと、多様なステークホルダーが共に社会課題について検討する機会を作ることなども研究の一環だと私は考えています。

科学技術と社会の架け橋に:ELSIを考えることの意義

——なぜ、ELSIが重要なんでしょうか?

@inomari:現在、企業でも大学でも、新規科学技術やそれらを用いたプロダクト・サービスが社会に出た際に起こりうる様々な影響について、事前に考えることが求められています。

AI倫理のガイドラインを作る際、ELSIはAIの利用を「抑える(ストップする)」ためではなく「加速させる」ものだと感じました。私たちが大事にしたいことをベースにしているので、皆さんがより活用しやすくするための様々な視点を加えています。

@higochan:これまで世の中になかったものを開発し、社会の中で使っていくとき、そこには技術だけでは解決できない課題が無数に存在します。法的リスクの観点はもちろんですが、例えば使う側の「なんとなく嫌だ」という気持ちも、無視してはいけないと思っています。

例えば「生成AIが人の生活を変えた」ことは今では皆さんが実感していると思いますが、あまりにも急速に広まり、私たちの生活の中に浸透したため、色々な課題も生じています。新たな技術を社会に普及させ、社会に良い変化を起こすものとして浸透させるには、様々な観点から技術がもたらす影響を洗い出し、その課題を解決しなければなりません。

ELSIは、倫理的・法的・社会的課題という意味の言葉ですが、敢えて少し意味を広げて考えるとすれば、「科学技術が社会にもたらす、技術だけでは解決できない様々な課題」について考える際の観点を表す言葉でもあると思っています。多くの新しい技術によって目まぐるしく社会が変わっていく中で、「人の生活を飛躍的に変化させる可能性のある技術を社会でうまく受け入れるためには、どんなことに気をつけないといけないか、できるだけ広い視点から考えたい」という、そんな思いに「ELSIを考える」ことがフィットするのかもしれません。

ELSI共同研究が拓く新たな展開ー協働研究所の始動と未来への展望

——最後に、実際にお二人が今後目指していることを教えてください。

@inomari:2025年7月には、大阪大学に「メルカリR4Dラボ・大阪大学協働研究所」を設立します。これまでのELSIに関する共同研究を発展させ、あらゆる価値が循環する社会の実現を目指し、人文社会科学の多様な視点からメルカリをフィールドワークの場として研究を推進していく予定です。

@higochan:人文社会科学系(人社系)の研究者と企業との産学連携は、まだめずらしいと思います。この活動を推進していくなかで、私たちのスタイルを確立して、人社系研究の社会との共創のあり方に関して積極的に公開し、世の中に伝えていきたいです。今後、仲間も分野も増やしていくことで「人社系の研究領域」をどんどん盛り上げていきたいと思います。

@inomari:研究活動を通して、メルカリのミッションへの解像度がより上がるといいなと思います。

「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」を実現する上で、「価値を循環させた結果、功罪はないのか?」とか「それってどんな社会なんだろう?」ということを、私たちメルカリのメンバーそれぞれが、それぞれの言葉で描けるようにしたいと思っています。

文:石川 優太 写真:タケシタ トモヒロ 

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