『事業運営を担う皆さんが出会い、学び、実行していくヒントのあふれる場』を目指した「THE BUSINESS DAY presented by Mercari」。
レポート第四回目となる本稿では、藤井 宏一郎さん(マカイラ)、曽根 秀晶さん(ランサーズ)、城 譲(メルカリ)をスピーカーにお届けした「ロビイングのはじめ方」についてご紹介します。
藤井 宏一郎(マカイラ株式会社代表取締役社長)
世の中を変革する技術やサービスのための普及啓発広報やロビイングを専門に行うマカイラ株式会社代表。科学技術庁・文部科学省からPR 会社フライシュマン・ヒラード・ジャパンを経て、Google 株式会社執行役員兼公共政策部長に就任。同社の日本国内におけるインターネット政策の提言活動を率いた。2014年マカイラ設立。東京大学法学部卒、ノースウェスタン大学ケロッグ経営学院卒 MBA。PHP総研コンサルティングフェロー、日本 PR 協会認定 PR プランナー、クックパッド株式会社社外取締役。
曽根 秀晶(ランサーズ株式会社取締役)
2007 年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、経営コンサルタントとして、小売業界・ハイテク業界を中心に 海外戦略・新規事業戦略・マーケティング戦略などのプロジェクトに従事。その後、2010 年に楽天株式会社に入社し、楽天市場の営業・事業戦略、海外企業の M&A・PMI、グループ全社の企画・戦略策定を担当。2015年2月にラ ンサーズに参画し、現在は新規事業・経営企画・コーポレート部門などを担当。
城 譲(株式会社メルカリ リーガルグループマネージャー)
国土交通省の役人として12年を過ごした後、楽天株式会社を経て2014年9月にメルカリに入社。
国土交通省時代には、まちづくり、防災、地域振興、航空行政など幅広い分野に従事するとともに、国連に出向してアフリカで2年を過ごした経験もあり。楽天時代には、法務課長として、同社の多種多様なサービスに関わってきた経験を持つ。
ロビイングで、リスク回避とマーケット開拓を
企業経営において、法律との関わりは無視できません。それでは、それぞれの法律を所管している行政機関・官公庁とはどのように付き合っていけばいいのでしょうか?
特にリソースが限られた中、新しい業界・市場を創り出すスタートアップ企業においては、事業を推進する重要な要素となります。
今回のキーワードとなるのは『ロビイング』ですが、単一的に定義するのは難しい言葉。そこで、各企業でどのような文脈で語られ、活動されているのかを紹介するところから、セッションはスタートしました。
藤井さん(マカイラ):
ロビイングにはいくつかの側面があって、そのひとつは規制改革です。何か新しいビジネスを始めたいけど、古い法律に規制されてできない。どうにかして法律を変えられないかを働きかけること。
もう一つは役所のお墨付きによるプロモーション。新しいテクノロジーやビジネスについて、政府の後押しで世の中の認知や理解を上げていくこと。
そしてPRと似ているのですが、危機対応という側面もあります。既存の法律に自分の会社が引っかかりそうだ、または違反してしまったというとき、役所と対応していくことです。
前二者はポジティブな文脈、最後のはネガティブなシーンでの対応ですね。
ポジティブな方をお話すると、行政や政治の流れを、いかにして自社を取り巻くマーケティングやブランディングの追い風に変えるかということになります。
安倍政権の動きをみると、地方創生や女性活躍に力を注いでいますよね。そういう文脈に乗ってしまえば、政府からお墨付きがもらえたり、実証実験ができたり、地方のシンポジウムに出してもらえたり…と自社をポジティブな位置づけに持っていくことができるわけです。
曽根さん(ランサーズ):
ランサーズでは大きく3つ、役所との付き合い方があります。
弊社が提供しているビジネスに社会的大義が大きいこともあり、協会・業界団体としての活動、個社として経産省や厚労省と関係、そして実ビジネスとして自治体からの受託事業の3つです。
ロビイングを意識しているというよりも、社会から注目されやすいビジネスをやっているので、社会的責任も問われるんだと思っています。このセーフティネットとして、協会でガイドラインをつくるような、いわば”守り”の活動があります。
一方で、社会課題の解決につながるような、女性活躍や働き方改革、地方創生といったテーマに対して、「政策提言につながる意見を聞かせて欲しい」との要請に応える付き合い方があります。これは”攻め”のロビイングというと大げさですが、マーケットをつくっていくための役所との関係を構築する活動ですね。
城(メルカリ):
メルカリの場合、広くは行政や政治とうまく付き合って、自社のビジネスに活用することだと考えます。役所との付き合いは、避けて通れるものではないのかなと。
だからこそ、上手く付き合うこと。情報を上手に引き出して、ビジネスにどう活かすかが重要だと思います。
または、規制の動向をいち早く察知して、リスクをどう回避していくかを考えることが大事なんじゃないかと考えています。
味方をつくる、役所との付き合い方
いずれの企業にも共通していたのは、ロビイングを「行政や公共機関との関係づくり」や「ビジネスの追い風にすること」と位置付けていた点。
スタートアップがビジネスを進めていくためには、使えるものはなんでも使いたいと思うもの。その方法のひとつとしてのロビイング=行政との付き合い方はどのように始まるのでしょうか。
城:
まず一番に、メルカリのビジネスを理解してもらうところからです。そして、安心・安全なプラットフォームを提供していることを理解してもらうために、コミュニケーションを定期的にとっています。
役所と接点をつくっておくと、インターネット業界というだけで全然業種の違う会社のことを聞かれることもあります。
役所よりは同じ業界にいる会社として多少の情報はあるので、知っている情報を提供すると”貸し”ができて、別の機会に自分たちが知りたい情報を教えてくれたり、相談できたり、と良い関係を築いていけるようになるわけです。
曽根さん:
ランサーズでいうと、応援してくれそうな人を見つけるところが大切だと考えています。
我々は、労働力人口の減少が社会的課題と言われるなかで、女性や移住者、シニアといった労働力人口にカウントされていない”潜在労働力”の存在をアピールしているんですね。
応援してくれそうなキーマンに対してネタを発信していると、経済産業省の方であれば産業競争力会議のような会議体で、政策のアジェンダに入れたい、という話になりやすいわけです。
具体的にやったこととして、独自のフリーランス実態調査を発表したところ、政府や役所から問い合わせがあって「クラウドソーシングの活用による潜在労働力の活用を政策の提言に入れるのはどうでしょう?」といった話に発展したこともありました。
ひとつ話が進むと感度の高い人がアクセスしてくれて、広がっていくことが多いですね。そういう活動を続けることによって、役所から頼られる機会が増えてきた印象はあります。
藤井さん:
今の話を一般化すると、安倍政権はとにかくイノベーションと経済成長のネタがほしい政権なんですね。
失われた20年という文脈で、どれだけアベノミクスが効くかに政権の不沈がかかっていて、役人も取り入れられるものはなんでも取り入れろという状況があります。
政権や役所の動きをモニタリングしていると、関心や動向がわかってくるわけです。その際に、ランサーズのように自分でネタを持っていると強いわけですよね。
各社が実践しているロビイングが理解できたところで、その結果に踏み込んでいきます。ロビイングは、どのような形でビジネスにプラスの効果を生んでいるのでしょうか。
曽根さん:
たとえば経産省の資料にランサーズの社名とビジョンが載っている。これは大変有効なんですよね。肩代わりして自社のことをプロモーションしてくれるというか。
市場が黎明期だと、「クラウドソーシングで働き方を変える」と声高に叫んでも、最初は海のものとも山のものともわからないわけです。
しかし政府が推進していると知らられば、企業も個人も安心してサービスを利用できますよね。だから事業の初期段階においては、強い追い風になったな、と。
藤井さん:
フィンテックやシェアエリングコノミーといった、新しいテクノロジーって不安な人にとってはとても不安なんですよね。
誰でも知ってる銀行や大企業のビジネス、法律がしっかり整備されているわけではありませんので。
だから、たとえば政府の情報通信白書に載ったら、それだけでも”お墨付き”になるわけです。
あとは実証実験というのはあるかなと思います。地方自治体が過疎化や高齢化などの対策として、ITサービスを使う。
自治体としてもプロモーションしたいわけですし、全国的にできなくても特区でやるという方法もあります。
特にスタートアップ、未上場の企業にとってはお墨付きとして、副次的な与信効果があるそうです。
法務、広報、ロビイングは三位一体で動く
企業に追い風を吹かせるというロビイング。冒頭で藤井さんが語ったように、規制改革や危機管理の側面もあります。
では、自社が規制の対象になってしまった場合は、どのように対策すればいいのでしょうか?
藤井さん:
まず最初にやるべきことは、法務としての完璧な回答をもつことです。
完璧とは、白黒をはっきりつけることではなく、グレーでも押し切ってやれると思っているのか、法務としての確立したロジックとスタンスをもつこと。
そして、メディアに批判されて世論が沸き起こった場合の危機管理として、広報としての対策をもっていること。
そのうえでロビイングチームとしては、段階的に、役所とどこで線引をするかの判断がなされます。
初期段階としては、技術的な対応をして握りにいく。次に業界ガイドラインをつくる。最後は、規制をどこまで受け入れるかの交渉をするというという流れですね。
こういう対応をするなかでロビイングにしか発揮できない価値は、誰が敵で誰が味方かを見極めて対応を講じられること。
消費者にとってよくない、子供にとってよくない、高齢者が混乱するとかは世論が相手になるわけです。対して既存の業界団体が相手の場合は、どういう役所が立っていて、どういう勢力とつながっているかを読み取らないと間違った対応をしてしまう。
法務、広報、ロビイングは三位一体でありながら、きちんと役割分担がなされているのが理想ですね。
曽根さん:
サッカーでいうところのボランチのポジションに近いですよね。広報は攻め、法務は守り、ロビイングがボランチという。
新しいものが生まれるときに、代替される市場やビジネスから圧力がかかったり、リスクがあったりすると規制がかかるものなんですよね。
だから我々でいうと、規制がかかる前からネットワークをつくりキーマンとつながっておいて、アクションが必要になったときに動ける状態にしておくことが大事だと思います。
藤井さん:
モニタリングしていると、圧力が高まればわかるんですよね。批判記事が増えてきたとか、SNSで議論されてたとか、野党が国会で質問したとか。
そうなってくると危険サインなので、事前に想定しておくことが大事だと感じます。
それがどのレベルになったら事業存続リスクになり得るかを想定して、対策を決めておくことが重要で。法務や広報に対してもアラート体制を引いて乗り切ることが勝負になる。
城:
まさにおっしゃる通りだと思っていて、広報との連携が欠かせないですよね。どんな情報がネット上や新聞に出ているかを調べて、必要があればこちらから役所に電話して手を打つ。
何度もやってると、記事が出ても向こうから「大丈夫だよね」と聞いてくれて、関係が深まると規制をつくるまえに質問してもらえるようになる。そういう予防活動が大事だと思っています。
まだまだ専任のロビイストがいるスタートアップは少なく、法務や広報と兼務しているところも多いそうです。
しかしスタートアップがより世の中にインパクトのあるプロダクトを発信していくうえで、役所との関わりは一層増えていくといえるでしょう。
日本のスタートアップが盛り上がっていくために欠かせない役割を担っているのが、ロビイングだということを感じるセッションでした。