
「初めてでも参加したくなるマーケットプレイスで、期待を超える売買体験を」
このビジョンの実現には、お客さま同士の「信頼」が欠かせません。安心・安全連載の第1弾では、その信頼の基盤となる「本人確認(eKYC)」に迫ります。
フィッシング詐欺が社会問題化する中、メルカリは認証基盤の強化にも力を入れています。2023年3月に導入した生体認証「パスキー」は、わずか2年で登録者数1,000万人を突破。パスワード不要でログインできる仕組みにより、フィッシング被害のリスクを大幅に低減しました。
こうした認証基盤と並んで、もう一つの重要な柱が「本人確認(eKYC)」です。
2024年末、商品の「すり替え被害」がSNSで大きな話題となりました。出品者が正規品を発送したにもかかわらず、購入者から「届いた商品が違う」と主張され、偽物とすり替えられてしまう——。この問題をきっかけに、メルカリは高額商品取引における本人確認の必須化に踏み切りました。
厳格な本人確認により不正なアカウントの乱立を防ぎ、安心して取引できる環境を守ることができます。しかし、本人確認の導入は「購入したい」「出品したい」というお客さまの体験を損なうリスクも伴います。安全性とUXをどう両立させたのか。プロジェクトを推進したプロダクトマネージャーに話を聞きました。
この記事に登場する人
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衣斐 崇展(@ebi)
2016年に三井住友カードに入社。不正対策領域や、アプリ開発に従事。2022年にメルペイに入社し、不正検知ルール作成に従事。直近では、プロダクトマネージャーとして、高額商品の出品・購入時におけるeKYC必須化を担当。日本とインドのエンジニアチームを巻き込みながら、安心・安全なマーケットプレイスの実現に取り組む。
「すり替え被害」から始まったプロジェクト
— 高額商品のeKYC必須化に至った背景を教えてください。
@ebi: 2024年11月に、商品の「すり替え被害」が発生しました。ブランド品などを出品されたお客さまから「正規品を送ったのに、偽物とすり替えられた」という声が寄せられ、SNSでも「安心・安全に使えないじゃないか」と厳しいご意見をいただきました。
そこで私たちが取り組んだのが、高額商品の取引における「本人確認の強化」です。出品者も購入者も、双方が本人確認を完了しているお客さま同士で取引する。これによって、安心して商品を出品でき、購入もできるマーケットプレイスを構築したいと考えました。
— 導入の効果はいかがでしたか?
@ebi: 結果として、本人確認済みのお客さま同士の取引が76%に増加し、高額商品におけるトラブル率も改善傾向が見られています。(2025年9月公開の透明性レポートより引用)。数字として目に見える形で、安心・安全の向上に寄与できたと実感しています。
「出品ボタンを押してから」では遅い——UXとの戦い
— 本人確認を必須にすると、お客さまの体験を損なうリスクもあったのでは?
@ebi: おっしゃる通りです。「購入しようと思ったのに、なぜ本人確認が必要なの?」「次にどうすれば出品できるの?」といった疑問やご不満がお客さまから寄せられる可能性は十分にありました。
その懸念を払拭すべく、特にデザイン面での工夫に注力しました。デザイナーやCSチームと日々議論を重ね、お客さまがスムーズに本人確認を完了できる体験を設計したんです。
— 具体的にはどのような改善を行ったのでしょうか?
@ebi: 最も議論が白熱したのは、「いつ本人確認を求めるか」というタイミングの問題でした。
当初、私は「出品ボタンを押してから本人確認を求める」あるいは「購入するボタンを押してからでいい」という設計を考えていました。しかし、デザイナーから「それではお客さまの抵抗感が大きすぎる」とフィードバックをもらったんです。商品の写真を撮影し、金額やカテゴリーを入力し、すべて準備が整った段階で「本人確認してください」と言われたら、確かに離脱してしまいますよね。
そこで改善したのが、出品フローの早い段階で気づいてもらうという設計です。高額商品に該当する条件を満たした時点で、「この商品の出品には本人確認が必要です」とお知らせする。お客さまが心の準備をできる状態を作りました。

— 他にも工夫した点はありますか?
@ebi: マイナンバーカードの活用です。「マイナンバーカードなら最短1分で本人確認が完了します」というメッセージをデザイン面で強調しました。
直近ではマイナンバーカードの普及も進んでおり、よりスムーズに本人確認を完了いただけるケースも増えています。お手元にカードさえあれば、すぐに本人確認が終わる。その手軽さを伝えることで、離脱を抑える効果がありました。
また、電車の中など本人確認が難しいシチュエーションもありますよね。そこで、途中でページを離脱しても「やることリスト」に追加され、お客さまのご都合の良いタイミングで再開できる仕組みも整えました。
さらに、本人確認がまだ完了していないお客さまには、プッシュ通知やパーソナルメッセージでお知らせしたり、メルカリのガイドにも「高額商品を購入する際には本人確認が必要になります」といった情報を掲載するなど、さまざまな場所で周知を実施しました。総合的に本人確認済みのお客さまが増えるような施策は、eKYCの機能以外でも展開しています。
※なお、これらの取り組みは、プライバシー保護および法令を遵守した範囲で実施しています。
文字だけでは伝わらない——それぞれの専門性を活かした協業
— デザイナーやCSチーム、エンジニアとはどのように連携したのですか?
@ebi: 文字通り、毎日つきっきりで議論しました。
例えば、最初の設計では本人確認画面がテキストだけだったんです。「高額商品の取引のために本人確認が必要です」と2行のテキストで説明していたのですが、CSチームから「お客さまは長いテキストにご抵抗感がある」とフィードバックがありました。
そこで大きく2つ改善しました。1つ目は文言の簡略化。「本人確認へ」というシンプルなボタンに変更し、余計な説明を削ぎ落としました。
2つ目はビジュアルの追加。マイナンバーカードや運転免許証のアイコンを配置し、どの書類で本人確認ができるのか一目でわかるようにしました。文字だけのポップアップは閉じられてしまいますが、画像があると目に留まりやすくなるんです。

@ebi: デザイン改修にあたっては、CSチームの意見も色濃く反映されています。彼らはお客さまの声を日々最前線で聞いている存在なので、「どんな文言を表示することでスムーズに本人確認をご実施いただけるか」「どのツールなら最も早く体験を提供できるか」現場の知見をデザインに反映できたことが、今のかたちにつながっています。
また、今回の機能開発においては、インドの開発拠点のエンジニアとも協業したので、国を跨いだやりとりも多かったのですが、実際に対面で会える機会もフル活用しつつ、一丸となって進められたこともよかった点です。
本人確認への抵抗感をなくすために、それぞれの領域の強みを活かした「Be a Pro(プロフェッショナルであれ)」な進行ができたと感じています。
デザイナー、CSチーム、エンジニア、それぞれが専門性を最大限に発揮しながら、妥協のないフィードバック・改善を重ね、最後までお客さま体験の向上を第一に考え、行動し続けることができました。グロース観点では「本人確認を挟むと離脱が増える」という懸念もありましたが、議論を重ねて関係者全員が納得できるデザインを作り上げられたことがお客さま体験の改善につながったと感じており、達成感があります。
本人確認の「その先」へ
— メルカリの安心・安全に関する、今後の展望を教えてください。
@ebi: 今回の高額商品eKYC必須化は、安心・安全なマーケットプレイスを実現するための施策の一つにすぎません。
不正対策は黒子のような仕事です。お客さまが何も意識することなく、安心・安全に、そして便利にメルカリをお使いいただける。そんな状態を目指して、これからも環境の変化に応じて次々と改善施策を打っていきたいと考えています。
— お客さまが「メルカリは安心・安全だ」と特別意識しなくても、きちんと守られている状態ですね。
@ebi: まさにそうです。不正行為の徹底的な「排除」と、被害に遭われたお客さまへの「救済」の両輪を回しながら、誰もが安心して参加できるマーケットプレイスを作っていく。それが私たちの使命だと思っています。

写真:タケシタ トモヒロ
