
「初めてでも参加したくなるマーケットプレイスで、期待を超える売買体験を」——このビジョンを実現するには、「見えない敵」との戦いが欠かせません。
前回の記事では、本人確認によって「誰が取引するか」を保証するeKYC必須化の取り組みを紹介しましたが、今回は、マーケットプレイスの土台となる「安心」を支える不正対策チームに迫ります。
スパムコメントが短時間に数百件。偽造品の出品。外部サービスへの誘導。メルカリのようなC2Cマーケットプレイスでは、悪意ある利用者「バッドアクター」との戦いが日々繰り広げられています。
しかし、不正対策は単なる「排除」ではありません。メルカリが掲げるのは「徹底的な排除 × 徹底的な救済」。悪を取り除くだけでなく、善を守り、育てる。その哲学と実践について、二人のキーパーソンに話を聞きました。
この記事に登場する人
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佐藤隆一( @ryutoro)
アカウント監視領域マネージャー。メルカリ入社後「アカウント不正スコア」の開発を手掛け、メルペイでのフィッシング詐欺対策を経て現職に至る。透明性と一貫性をベースとした監視ポリシーのもと、データアナリストとしての強みを活かし、戦略的な不正対策を推進中。
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戸谷はるか(@pyon)
顧客体験(Core CX)領域プロダクトマネージャー。インターン時代の採用担当からPMにシフトし、2025年新卒入社。同年11月よりTrust and Safety(TnS)チームと連携しながら、安心安全かつ、ユーザー体験を追求したプロダクト設計を担当。
広い視野で、不正行為に対して「総合診療」を行う
— メルカリではどのような不正行為が発生しているのでしょうか?
@ryutoro: 大きく3つあります。
1つ目は「外部サービス誘導」。商品のコメント欄やプロフィールに「チャットサービスで連絡してください」と書き、メルカリの外へ誘導する行為です。メルカリ外で取引されると、詐欺被害に遭ってもお客さまを守れなくなる。そのため、最も重大な違反の一つとして位置づけています。
2つ目は「スパム行為」。短時間に大量のコメントを投稿したり、同一商品を繰り返し出品したり。昨年秋頃から再燃し、1日に数百〜数千件のスパムコメントが投稿されるケースも発生しました。
3つ目は「悪質な取引行為」。偽造品の出品、購入後のキャンセルを繰り返す行為、誹謗中傷的なコメントなどです。
- 外部サービス誘導:コメント欄やプロフィールから外部サービスに誘導し、メルカリ外でやり取りさせる
- スパム行為:短時間の大量投稿、同一商品の連続出品などで体験を荒らす
- 悪質な取引行為:偽造品、キャンセルの乱用、誹謗中傷コメントなど
— これらの不正に対して、どのように対策してきたのですか?
@ryutoro: 私が入社した当初は「出品単位での対応」が中心でした。バッドアクターによる出品と判断される商品が検知された場合、出品された商品を一つずつ止める、という対症療法ですね。でも、これでは数的に勝てません。過去には、数時間の間に数千件もの大量出品が行われるケースもありました。
そこで転換したのが「元となるアカウントを見つけ、うまく制限していく」というアプローチ。いわば「モグラ叩き」から「巣を潰す」への発想転換です。

— 具体的にはどのような仕組みで検知しているのでしょうか?
@ryutoro: 「検知・制限・抑止」の3つの仕組みで運用しています。
1. 検知:総合的に“怪しさ”を見分ける
- 単純なルールは即座に攻略されるため複数の要素に基づいて総合的に判断
- 不正スコア、画像内ID検知、プロフィール・コメント・出品画像までカバー
2. 制限:スピードを抑えて“元”を断つ
- 出品単位の対処療法からアカウント起点での対処へ
- スパムアカウント特有の振る舞いを検知し、時限的な規制をかけることでスパムの勢いを落として時間を稼ぐ
3. 抑止:悪を罰するより、善を守り育てる
ただ止めるだけでなく、善意のお客さまが安心して使い続けられる状態をどのように作っていくかが根底にあります。ここから先は「排除と救済」の考え方が効いてきます。
— アカウント監視には、総合的な判断軸を踏まえた広い視野が必要なのですね。
@ryutoro: はい。特定の条件だけで判断すると正常なお客さまを巻き込んでしまいますし、攻略もされやすいです。治療における「総合診療」のようなイメージで、一つの症状だけでなく、複数の視点から総合的に判断することを意識しています。
バッドアクターはアカウントの登録時点で特徴的な共通項を持っています。特徴的な端末の利用を行っていたり、登録直後に不自然な行動をしていたり。こうした特徴を総合的に評価するのが「アカウント不正スコア」です。
@pyon: プロダクト側でも「そもそも悪用しにくい設計」を心がけています。時間あたりのコメント投稿数に上限を設ける「レートリミット」を導入し、スパム投稿のスピードを抑える。その間にアカウントを特定・停止する時間を稼ぐ。プロダクト仕様と監視の合わせ技で対応しています。
— 正常なお客さまを巻き込まないための工夫は?
@pyon: バッドアクターには共通した特徴があります。例えばスパムコメントの場合、通常のアカウント利用では考えられないほど大量のコメントを投下し、その後放置する——普通のお客さまはそのような乱用はしませんよね。
@ryutoro: 基準を決める際には、普段のお客さまが平均どれくらいコメントをするのか、どれくらいの頻度で出品するのかを日々モニタリングしています。通常の使い方とバッドアクターのモニタリングを比較すると、バッドアクターが大量のコメントをしていることが判明しました。こうして日頃のお客さまの「普段使い」を正しく把握しておくことが、不正対策の第一歩です。
性善説に基づく「排除と救済の両立」
— メルカリの不正対策で特徴的なのは「性善説」に立ち返るという姿勢だと聞きました。
@ryutoro: 2024年11月に発生したSNSでの厳しいご意見を受けてアビューズ(悪用行為)監視体制の見直しを求められた際、どのような監視ポリシーで対応すべきかを模索しました。そこで立ち返ったのが「性善説」です。
悪用行為があった際、一回目でアカウントを停止するのではなく、まずは注意喚起の意味を込めて一定期間の利用制限を警告メッセージとともに行います。注意喚起によって行動を見直していただける方もいる。それでもなお、悪用行為が認められる場合にはアカウントを停止する、という仕組みにしています。
— 「一発退場」にしない理由はどこにあるのでしょうか?
@ryutoro: 誰しも間違いはあります。知らずにルール違反をしてしまうこともある。プラットフォーマーとして大事にしているのは、ルール違反を「排除すること」と同じくらい、正しく使おうとしているお客さまの権利や機会を守ることです。
もちろん、明らかに悪質なケース、例えば組織的な詐欺行為や、警告後も繰り返すケースに対しては即座に対応します。しかし、グレーゾーンにいる人に対しては、まず対話を試みる。「徹底的な排除」と「徹底的な救済」は、実は矛盾しないのです。
— 「排除」と「救済」の両立は、具体的にはどのように実現しているのでしょうか?
@pyon: 私たちは「悪い人を罰する」のではなく「良い人を賞賛する」設計を優先しています。
例えば、検索ランキングとの連携。トラブルになるリスクの高い出品者の商品が検索結果に表示されにくくなる仕組みを導入しました。昨年の秋に、プロダクトチームで導入し、購入後のキャンセル率を大幅に下げることができました。
また、直近の取引行動を評価してバッジをつけるなど、良い行動をしているお客さまを可視化する取り組みも進めています。悪い人をわざわざ罰するのではなく、良い人が自然と選ばれる、そういう設計が理想です。

— 万が一、正常なお客さまを巻き込んでしまった場合の救済措置はどのように考えていますか?
@ryutoro: 利用制限を行う際には必ず解除導線を整備しています。本人確認をしていない方であれば、本人確認を行っていただくことで利用を再開できます。既に本人確認済みの方への対応はより慎重に行い、お問い合わせをいただき、不正でないことが確認できれば制限を解除しています。
お客さまの権利を制限する以上、法的なリスクも考慮しなければなりません。だからこそ、反響があった際には中身を精査し、誠実に対応することを徹底しています。
AI活用と、根本原因解消への挑戦
— AIやLLMの活用について、今後どのように進化させていきたいですか?
@pyon: 直近考えているのが、不当な評価への対策です。値下げ交渉を断っただけで「残念だった」をつけられるケースや、期日通り発送しているのに「発送が遅い」と文句を言われるケース。AIを活用して、そうした理不尽な思いをする人をなくしたいと考えています。
@ryutoro: 取引メッセージを慎重に取り扱いつつ、これまで以上にプロアクティブに活用しようという動きが進んでいます。例えば、身に覚えのない理不尽な評価を付けられたお客さまがいた場合、AIを活用して「そのお客さまの過去の取引において、攻撃的なメッセージを送っていた履歴があるか」が即座に分かれば、判断の助けになるからです。
今後、LLMを活用して「こういうワードパターンが増えているから、このルールを追加すべき」といったチューニング提案をAIが自動で行う機能も企画されています。
— 不正対策の「根本原因」にも向き合っているんですよね。
@ryutoro: はい。トラブルが起きた際にカスタマーサポートの補償だけで解決しようとするのではなく、なぜトラブルが起きるのかという根本原因に向き合うべきだと考えています。
お客さま同士のトラブルの多くは、出品者と購入者の商品に対する期待値のギャップから生じています。「新品同様」と書いてあったのに、実際に商品が届いて見てみたら傷があった、といった認識の違いですね。
@pyon: これはプロダクト側で解決できる余地があります。商品の状態をより正確に伝えるメタデータを付加したり、傷の情報を画像認識で自動検出したり、鑑定時の記録を残したり。出品者と購入者の認識を揃えることで、そもそもトラブルが起きにくい状態を作る。不正対策の究極形は「不正が起きない設計」だと考えています。
「安心安全」が当たり前の世界へ
— 最後に、お二人が目指す理想の姿を教えてください。
@ryutoro:AIと人間の協業により、「善意と悪意」という二元的な区分けにとどまらず、行動の背後にある意図や背景をより深く、多面的に理解することを目指しています。そして、誰もが協調し合える環境を作るためには、技術的に高度な取り組みだけでなく、お客さまと信頼関係を築きながら、心理的な安全性を高めることにも注力する必要があります。具体的には、お客さまがストレスなくスムーズに取引を行える環境を整備し、万が一トラブルが発生した際でも、気軽にメルカリのお客さまサポートに相談いただけるような仕組みづくりを進めていきます。
バッドアクターとの戦いは終わりがありません。手口は常に進化する。でも、私たちも技術と思想の両面で進化し続けます。
@pyon: お客さま目線で言うと、「そもそもメルカリって安全だよね」という状態が基本にあり、不安な部分やリスクを自分で判断・解決できるようなシステムを提供したい。
事前にその人と取引できるかを判断できる材料を提供したり、万が一トラブルが起きても解決への道筋が明確だったり。「徹底的な排除×徹底的な救済」——この両輪を回し続けることで、誰もが安心して参加できるマーケットプレイスを作っていきたいですね。
— 悪を排除するだけでなく、善を守り育てる。プラットフォーマーとしての覚悟が伝わってきました。本日はありがとうございました。

写真:タケシタ トモヒロ
