「メンバー全員がその道のプロフェッショナルとしてオーナーシップを持ち、日々の学びを怠らず、成果や実績にコミットする。」
これはメルカリが大切にするバリューの一つ「Be a Pro(プロフェッショナルであれ)」のディスクリプションです。単に個人が専門性を発揮するだけでなく、自発性や責任など、仕事に対する姿勢も、この言葉の意味に込められています。
2019年10月〜12月期。そんなメルカリのプロフェッショナリズムをもっとも体現したメンバーに贈られる賞「Be a Pro賞」に輝いたのが、Accounting & Taxの深貝晋平(@kai)です。
公認会計士・税理士である深貝は、2017年7月に大手税理士法人からメルカリへ入社。それ以降、グループ全体の税務のプランニングや新インセンティブ制度の導入など、その道のプロとしてメルカリの成長にコミットしてきました。また、社内屈指のメルカリ・ヘビーユーザーでもある深貝は、2018年に社内向けに開催された出品数を争う大会で見事、優勝。社内屈指の「メルカリ愛」に溢れたメンバーとしても知られています。
一見、仕事のやりがいや誰もが羨むような経験を得ている深貝ですが、実は大きな葛藤を抱き続けていました。インタビューの途中では、「一時期、会社と心理的距離を置いてました」という言葉も。いったい彼のなかで何が起きたのでしょうか。賞に輝くまでの日々、葛藤を乗り越えられた背景に迫ります。
可能性を広げる選択は、結果的に可能性を狭める
ー社内で、深貝さんは「kaiさん」と呼ばているので、今回のインタビューでもkaiさんと呼ばせていただきますね。
kai:もちろんです。よろしくお願いします。
ーまずは、2019年10〜12月期の「Be a Pro賞」受賞、おめでとうございます。率直な感想から伺いたいです。
kai:ありがとうございます。今回、評価していただいた案件は長期的に取り組んできたプロジェクトだったので、良いかたちで終えることができて、とても嬉しく思っています。あと個人的には、入社して二年半が経ったタイミングで表彰していただけたのも嬉しいですね。賞の受賞に関しては、あまり縁がないものだと思っていたので。
深貝晋平(Accounting & Tax)
ー縁がない、ですか?
kai:僕の職業柄というんですかね。大きなホームランを狙うよりも、安定した打率でコツコツやっていくことが多い仕事なんですよ。なので、今回の賞をもらったときは、嬉しさよりも、驚きの方が正直大きかったです。
ーなるほど。kaiさんは前職まで大手税理士法人に勤務されていたと伺いました。事業会社となると、これまでと働き方が大きく変わりますよね。そういうなかでパフォーマンスをこれまでと同様に発揮することは難しいと思うのですが、いかがですか?
kai:そうですね。前職では主に税務のコンサルティングをしていたので、アドバイザーという立場からお客さまへご提案するという役割でした。おっしゃる通り、事業会社に入るということは、その逆の立場になるわけなので、正直慣れないことも多かったです。でも、プロダクトやビジネスサイドなど、コーポレート組織以外のメンバーと多く関わることで、自分の知見が広がるような感覚を味わうことができる。 メルカリに入社した理由にも重なるのですが、自分の守備範囲を広げるというか、もっと広い視野でモノゴトを捉える経験をしたかったんです。
ー公認会計士・税理士という、その道のプロでありながら守備範囲を広げるというのは、どういう意味でしょうか?
kai:随分前になりますが、当初資格をとったときは、自分の可能性を広げるためという一面もあったのですが、結果的に自分の可能性が狭まっていく感触があって……。もちろんプロフェッショナルとして突き詰めていくので、当然のことなんですけど、同時に自分は会計や税務でしか評価されない人間になってしまうという怖さを感じたんです。税務のプロフェッショナルとして、細く長い道のりを、経験と知識を積みながら歩んでいくということに対して、「この道は本当に自分が歩みたい道なのか」ということを自問自答していました。
ーその道を歩むとしても、もっと道を大きくできないかと思ったわけですね。
kai:そうですね。もちろん、税務に対するリスペクトは当然あります。ですが、企業活動への貢献という観点で考えると、あくまで部分的・断片的な貢献に留まるという感触がありました。その道をアドバイザーという立場で極めるよりも、プロダクトやビジネスサイドと関わりながら知見も吸収して、彼らの視点にも立ったうえで会計や税務のスキルを活かしていく。そういうことに関心があったんです。
新インセンティブ制度のプロジェクトメンバー:日本初の挑戦を。メルカリが新インセンティブ制度に込めた想いとその舞台裏
ーなるほど、それは事業会社でしか得られないし、まさに醍醐味とも言えますね。
kai:メルカリって、一つのアプリで勝負していますが、その一つのアプリの裏側には、多種多様なスキルを持ったメンバーが大勢いて。例えば、UIを少し変えることに対して、いろんなチームからフィードバックを受け、何十通りのアプローチをぶつけ合うじゃないですか。メルカリでの仕事は、何事においてもさまざまな思考や観点を折り込ませながら進めていかなければならないので、もちろんそれだけ大変ですが、すごく学びが多いなと、日々実感しています。
成果を出しても意味がない? メルカリのバリューに込められた狙い
ーkaiさんがメルカリへ入社して二年半が経つわけですが、この間にマザーズ上場やメンバーの多様化、そして組織体制の変更など、会社そのものがめまぐるしく変化した時期だったと思います。この変化をkaiさんは、どう受け止めていますか?
kai:わずか二年半ですが、明らかに人が急増しましたよね。僕が入社した2017年当時は、社員数が600人くらいでしたが、今は約1,800人。こんなにも人が多くなると、組織も多様化・複雑化するので、それに耐えられるだけの組織づくりをしていかなければなりません。正解がないものに対し、試行錯誤しながらチャレンジしているのが、正直な現状だと思っています。メルカリに決済サービス「メルペイ」も加わったことにより、各事業部に数百名も在籍しているような状況だったので、それぞれの事業部をカンパニー化するというかたちで組織体制を見直したことも、自然な流れだったなと。ただ一方で大きな課題にも直面していると思っていて。
ー課題というと?
kai:業務そのものに変化はないのですが、カンパニーごとに厳しい目標を設定して全速力で走っていくことになるので、自然とカンパニーの外、周囲への意識が薄くなるように感じました。なので、以前まで持っていた「メルカリグループとして同じ目標に向かって一緒に仕事をしている」という感覚も、徐々に薄れていってしまったと思います。当然といえば当然ですが、規模が小さく、全部のファンクション(機能)が固まっていたときは、情報やコミュニケーションもとりやすかったので、グループとしての一体感も醸成されていきました。ですが、カンパニーを分け、それぞれのミッションやOKR(Objectives and Key Results)のもと働きはじめると、全体的な一体感が薄れ、自然とバラバラになっていく……。もちろん要因は他にもあると思いますが、気を付けないと、全体最適ではなく、部分最適な組織になってしまうような危機感や違和感を抱いていました。
ーカンパニーごとの最適解を導きながらも、グループ全体を最適化することはなかなか難しい問題ですよね。
kai:バタバタと変化していく組織に適応しながら、目の前のOKRの達成にコミットしなければならないので、とにかく全員が必死だったと思うんです。常に200%で頑張らないと成果を出せないような状況だったんじゃないでしょうか。成果にこだわりすぎることで、相手へのコミュニケーションが強くなったり、プロセスを疎かにするなど、近視眼的な行動に陥っていたと思いますね。
ーその自覚はありながらも、スピードに付いていくのが必死なだけに、自らの言動を落ち着いて振り返られていなかったのでしょうね。私自身もそう感じることがあるので。
kai:僕が入社した当時、もう退職されましたが元執行役員の掛川紗矢香さんが新入社員に伝えていたメッセージがあって。
ー何ですか?
kai:「すぐに成果を出してください。ただし、いくら成果を出しても、その行動やプロセスがバリューに沿ってない場合、それは評価に値しません」と。今になって、その言葉の意味や重みが実感できます。でも、その言葉の意味とは逆の方向にどんどん進んでいく現実があって、それに対して僕はどうすることもできなかったんです。僕自身が慣れ親しんだメルカリのカルチャーとは、ちょっとかけ離れてしまっていて。
ーkaiさん自身、バリューを浸透することに対して諦めてしまっていたということですか?
kai:今だから言えますが、多少諦めていました。あんなにメルカリが好きだったのに、「もう自分がいるべき場所ではないかもしれない」というような気持ちに変わっていきましたね。メルカリで働きたいと純粋に思えなくなっていって、少し心理的な距離を置くようになりました。そのピークが去年の夏くらいですかね。
ーつい最近ですが、そんな時期があったんですね。
kai:よく小泉さん(メルカリ取締役兼会長)も言うことですが、プロダクトにはライフサイクルがあるので、良いときもあれば悪いときもある。ただミッション・バリューが浸透できていないとプロダクトの業績が悪くなった途端、人や組織がバラバラになってしまう。そのため、設立当初からミッション・バリューの浸透には力を入れてきたと。ここまでミッション・バリューが浸透しているメルカリですら、将来、そのような危機的な状況に陥るかもしれない……。そんなことを考えながら、小泉さんのメッセージを思い出していました。
小泉文明(メルカリ取締役会長):メルカリ激動の5年間は挑戦の連続だった。日経編集委員の奥平氏がメルカリ小泉に切り込む『THE BUSINESS DAY 02』レポ
誰でもない、自分がバリューを担い、繋げていく
ーそんなkaiさんの意識が変わったきっかけは何だったのでしょうか?
kai:そんな僕の様子を見かねてか、HRBP(Human Resources Business Partner)の小林さん(@KB)から、「ランチに行きましょう」と誘われたことがあったんです。
ーkaiさんの異変に気づいたんでしょうか。
kai:そうですね。なので、このインタビューで話したことを、そのまま正直に伝えました。そうしたら、KBからこんなことを言われて。「いろいろな要因があるかもしれないけど、自分のせいだと考えたりはしないんですか? 私は自分自身、カルチャーを守れなかったことに責任を感じていますよ。」と。
ーストレートですね。
kai:はい(笑)。その言葉は今でもハッキリ覚えていて。僕の心のなかでは「自分もやれることはやってきた」という気持ちだったんですが、KBは諦めずに最前線で向き合っていました。自らのHRBPという職域を越えて、組織課題に取り組んでいて。
ーkaiさんに対して、本当に自分にできることを、最大限アクションしているかという問いだったんですね。
kai:そうです。よく小泉さんが、「一人ひとりが、バリューの伝道師になってほしい」とメンバーに伝えていましたが、僕自身が十分に応えられていなかったのかなと。僕が100の気持ちで新しいメンバーにバリューを伝えていたら、少なくとも周囲は変わらないわけで。怠っていたつもりはないのですが、結果論なので、ちゃんと直視して改善していくべきだと思うようになりました。もっと自分にできることがあるかもしれないと、KBの言葉を受けて変わったんです。
メルカリの競争優位性はミッションとバリューにある
ーそんな小林さんの言葉を受けたあと、どんなことに取り組んだのでしょうか?
kai:現在、僕は各カンパニーを支えるコーポレート部門に所属しているので、当たり前ではありますが、各カンパニーとの距離を近づけることを、今まで以上に意識するようになりました。物理的な距離を言い訳にしないというか。例えば、あえてSlackを使わず、直接話しかけに行き、対面でのコミュニケーションも大切にしています。自分自身が部署を越えてコラボレートすることで、結果的に業務もうまくドライブしていくような手応えも得られるようになっていきました。あとは最近、横田さん(メルカリ執行役員VP of Corporate)がオーナーの「ソウゾウ会議」というプロジェクトがはじまって。
ー「ソウゾウ会議」ですか?
kai:コーポレート部門を中心とした取り組みなのですが、組織コンディションを良くするための施策を企画し、実施するプロジェクトです。例えば、メンバーがGo Bold(大胆)に働くための制度をまとめた「merci box (メルシーボックス)」やオウンドメディアの「メルカン」などが好例ですが、それと同じように組織を良くするための施策を、約10人のメンバーがアンバサダーとしてプランニングしています。まだスタートしたばかりですが、絵に描いた餅で終わらせないよう、しっかりと取り組んでいきたいですね。
ー自らの業務時間を、組織をよくするための時間に当てられるのは画期的ですね。それが結果的にカルチャーの醸成にもつながるわけですからね。
kai:そうですね。メルカリの競争優位性って、やはりミッション・バリューを含めたカルチャーだと思ってます。メルカリが持ってなくて、他の会社が持っているものは無数にありますが、唯一このカルチャーだけは、メルカリにしかないものだと思っていて。大げさかもしれませんが、歴史ある企業にも負けない、根強いカルチャーがあるんじゃないかなと、僕自身は信じています。
メルカリ社内では、経営陣やメンバーを問わず、バリュー(Go Bold, All for One, Be a Pro)が共通言語として用いられている
ーメルカリの力の源泉ですからね。
kai:本当にそうですね。「Go Bold(大胆にやろう)」「All for One(全ては成功のために)」「Be a Pro(プロフェッショナルであれ)」。メルカリは創業して7年が経ちましたが、これらのバリューが何のためにあるのか、改めて考えるタイミングなのかもしれませんね。でも、これって経営陣側からの発信だけではダメで、メンバーの一人ひとりが考え、担うものだと思うんです。
ー以前は、Culture & Communications(通称:カルコミ)という、メルカリのカルチャーを社内に浸透させるチームがありましたよね。
kai:「カルチャーは特定の誰かが築くものではなく、みんなで築くもの」。カルコミがいてくれたから、僕はこう思うようになりました。来客に対応するときも、USオフィスへ出張に行くときも、カルコミに代わってコミュニケーションするくらいの信念がないと、本来はいけなくて。
ー本当にそうですね。
kai:毎日の仕事を終えるときに、「今日の自分はバリューを発揮できたのか?」「このコミュニケーションはバリューに沿っていたのか?」など、日々自問自答しながら、仕事に向き合っていきたい。他人にどうこう言う前に、まずは自分から。それが周りのメンバーに伝播し、結果的に組織全体を良くしていく。下を向かず、前を向いて組織と人に向き合っていこうと思っています。
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深貝晋平(Shimpei Fukagai)
公認会計士・税理士。2011年12月にPwC税理士法人の金融部に入所。国内外の大手金融機関に対して、国際税務アドバイザリー業務を提供。同部およびM&A Taxチームのマネージャーとして、数多くのクロスボーダーM&A案件に従事。2017年7月にメルカリへ入社。それ以降、メルカリのIPO、新インセンティブ制度の導入を経験。現在は主にグループ全体の税務業務を担当している。