今、AI/LLMによる技術革新は世界的に大きなインパクトをもたらしています。私たちメルカリもAIのポテンシャルを重要視し、プロダクトへの実装だけでなく、メルカリで働くメンバーの生産性向上においてさまざまな活用を試みてきました。メルカリのAI活用の取り組みは、最近になってはじまったものではありません。その歴史は古く、ディープラーニングの勃興期には、いち早くプロダクトへのAI実装を行ってきました。
そして、これからのメルカリはAIを戦略的に活用する、言わば「AI-Led Growth Company」を目指していこうとしています。メルカンでは向こう数ヶ月にわたり、メルカリのAI活用の現在地とこれからのビジョンについて、AI活用を推進していくキーパーソンたちに聞いていきたいと思います。
株式会社メルカリ 執行役SVP of Japan Region 兼 CEO Marketplaceの山本真人(@mark)と執行役員 CTO Japan Regionの木村俊也(@kimuras)に加えて、「生成AI頑張るぞ担当」としてこの7月にメルカリに入社したハヤカワ五味(@gomichan)に、メルカリがなぜ事業においてAIを最重要するのかを聞いていきました。
この記事に登場する人
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山本真人(Masato Yamamoto)
2004年 東京大学大学院 学際情報学府 修士課程修了。NTTドコモを経て、2008年よりGoogle JapanのEnterprise部門 Head of Partner Salesを務める。2014年にはSquare JapanにてHead of Business Development and Sales、2016年からはApple JapanにてApple Pay 加盟店事業統括責任者を務める。2018年4月にメルペイに参画し、CBOとして金融新規事業(Credit Design)や加盟店開拓など、ビジネス全般を担当。2022年1月よりメルペイ代表取締役CEOに就任し、2022年7月よりメルカリ執行役員 CEO Fintech、2023年11月よりメルカリ執行役員 CEO Marketplaceを兼務。2024年1月よりメルカリ執行役 SVP of Japan Region 兼 CEO Marketplaceに就任。
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木村俊也(Shunya Kimura)
2007年より株式会社ミクシィにてレコメンデーションエンジンの開発やデータ活用に関する業務を担当。そのほか、機械学習を活かした広告開発やマーケティングデータ開発にも携わる。2017年よりメルカリにて研究開発組織R4Dの設立を担当し、AIを中心とした幅広い研究領域のリサーチを担当。その後、AIと検索エンジン領域のエンジニア組織を設立しDirectorに就任、メルカリへのAIの導入をリード。2022年7月より、社内のプラットフォーム開発を統括するメルカリ執行役員 VP of Platform Engineeringを担当。2024年7月より現職。
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ハヤカワ五味
2015年頭に株式会社ウツワを創業後、ランジェリーブランド『feast』、フェムテック事業『ILLUMINATE』など、多数の事業を展開。2022年3月にはユーグレナグループに参画し、はたらく女性向けの新規事業開発に取り組む。24年4月に退職後、2024年7月にメルカリにジョイン。生成AIの利活用に関してSNSでも積極的に発信している。
AIを活用していくことこそがバリュープロポジションになる
──メルカリはこれまでにもプロダクトへのAI実装を行ってきましたが、なぜAIの活用を重要視するのか、改めてその意図するところから教えてください。
@kimuras:今現在の世の潮流でいうと、AIを活用して生産性を上げるといった話題が多いと思いますが、メルカリの場合はもっとも重要視すべきことはお客さま体験の向上です。最終的にそこにつながっていく手前のところで、全社員のAI活用のリテラシーが最大限に向上している必要がある。僕自身は、お客さまにとってAIであるかは重要はなく、体験が良くなっているかが重要だと思っています。
これはよく社外でもお話してることなんですけど、2015〜2016頃年に社内でものすごくこだわっていたのはUI/UXの改善です。お客さまの声も聞きながら、たくさんトライルアンドエラーをしてきましたが、さらにお客さま体験を向上させるため、2017年にはAIを本格導入していくことを指針にしました。お客さまにマーケットプレイスというサービスを提供していく上で一番のボトルネックは、やはり出品の大変さなんです。そこを解消していくにはAIの力を借りていくべきだろうと。
この9月、写真を撮ってカテゴリーを選ぶだけで商品情報の入力が完了する新機能「AI出品サポート」の提供を開始しました。出品をいかに楽にするかというのが僕らの原点でありコアバリューです。2018年の「AI出品」と呼んでいた機能にはじまり、AIが画像からお客さまが出品してる商品を特定して、商品情報を補完するということにこだわって開発してきました。簡単に買えるだけでなく、簡単に売れるというところが重要で、AIを活用していくことが自分たちのバリュープロポジションを強化すると考えています。
AI出品を提供した当時(2016年〜2017年)は、ディープラーニングは技術的な難易度の高さから、ハイトラフィックなコンシューマー向けサービスには活用された事例があまり多くありませんでした。それでもメルカリはいち早くプロダクト実装して、すべてのお客さま全員に提供することができました。それは今思い返してもすごくBoldなことで、正直なところ当時は上手くいくかもわからなかったですし、そんな中でもリスクを恐れずリリースしたという歴史があります。
その後、同様にAIを活用した違反検知システムだったり、レコメンデーションだったりと、いろいろな領域でのAI活用がはじまったのは2017年から。ディープラーニングをはじめ様々なMLの技術を使って、お客さまに提供することができたのがその時代の価値だったと思います。
今は全世界的にLLMが流行していて、世間一般的にもAIを活用しなくてはいけないという機運になっていますが、実際のところ多くの会社が悩んでいるのではないかと思うのです。まだまだ参考になるユースケースがそこまでない状況ですし、コンシューマーに提供するにはどうしたらいいんだろうか、と。
現在、LLMをコンシューマー向けに提供するのは、当時のAI出品にディープラーニングを活用しはじめた時と同様に、様々なリスクがありますが、できることのポテンシャルが莫大に増加しています。LLMはまだまだ実験段階で、比較的小さな課題の解決に使っていることが多いと思うのですが、LLMのポテンシャルはそんなものではない。社会構造や働き方すら変えてしまうものだと思っています。
AI出品を開発した当時もそうでしたが、今がまさにお客さまに価値提供する最大のチャンスだし、メルカリは先駆者的にトライし続ける会社でありたい。僕自身は新しい技術に積極的に取り組み、お客さまに価値を提供できることに誇りを持っているし、挑戦のしがいがある領域なので、実際に様々なユースケースを示していくことで社会的に還元できることがあると信じています。
@mark:僕もshunyaさん(kimuras)と全く同じ考え方です。「AIカンパニー」を目指してるというより、その大前提として世界で戦えるテクノロジーカンパニーでありたい。AIというテクノロジーによって初めて「Unleash」されるユースケースが多くあるはずで、それを提供できる会社であるべきと思っています。AIを使うこと自体が目的ではないですが、まずはとにかくやってみて使いこなせるようになることが近道であると思っています。
実はメルコインでも全く同じ道を通ってきているのですが、「メルコインをやる目的は何か?」「ビットコインを使うとどんないいことがあるのか?」といった疑問を投げかけられることがすごくありました。テクノロジーによって拓かれる新しいユースケースをつくり、誰もがそれを使える世界を実現するために、まずやってみる、お客様が使えるようにすることを重要視していました。それなくして、世の中を変えられるようなテクノロジーの利活用に一足飛びで辿り着くようにはならないと思っているんです。
とにかくAIを使い倒すということを全社的にもOKRにも組み込んでいますし、その使い倒した先までも見据えた上で取り組んでいくことが重要です。
──「その先までも見据える」というのは、どのようなビジョンがあるんでしょうか?
@mark:究極はやっぱりテクノロジーがサービス溶け込む状態になっていて、お客さまに「AIを使っている」ということを意識させず、「メルカリって最高に便利!」と思ってもらえることだと思っています。
@kimuras:これは常に徹底していることなんですけど、究極的に便利にするために我々は取れる手段を全て取っているつもりです。AIはその中の重要な要素ではありますが、考え方としてあくまでパーツの一つにすぎない。とは言え、出品まわりの改善もそうだし、プロダクト外においてもカスタマーサポートやロジスティクスなども自社で構築しているから、AIが抜本的に便利さを底上げをしてくれるものであることは間違いありません。
──では、メルカリグループとしてAIの活用にどう投資していこうと考えていますか?
@kimuras:先ほどmarkさんが言っていたように、まず社内の人間がAIのポテンシャルを理解しない以上、需要を突いた良いAIのサービスをつくれないと思ってるんです。本音を言うと、LLM以前にディープラーニングが流行したときはそれが難しかった。ディープラーニングをはじめAI全般の技術は、モデル作成から推論まで技術的な難易度が高く、手間もコストがかかるものだったので、非エンジニアが主導したようなPoCを行うことが難しいものでした。だけどLLMの場合は、ChatGPTをはじめ既にユーザーインターフェースがあって、すぐにでも自分たちの仕事のユースケースに合わせて使い倒すこともできる状態になっている。
これまでにも定期的にAIをテーマにしたハッカソンを実施してきて、社内ではAIへの関心がかつてないぐらい高まっていますが、これをどう自分たちの仕事に落としこんでいくかが重要。だから社内へのインフルエンスというのが、gomichanの重要なミッションの一つだと考えています。
AIの活用を強力に推進するために、社内にインフルエンスを与えていく
──では、改めてgomichanのミッションをうかがっていければ。
@gomichan:「なんでメルカリに入ったの?」とよく聞かれるんですけど、私がいま興味があるのは、LLMが多くの人に使われる瞬間に立ち会うことです。いわゆる“非エンジニア”がAIを活用することによってできなかったことができるようになる、それが自分が一番見たい瞬間だなと思ったんですね。私自身ずっとゲームが大好きで、大学生時代につくる側に進むことも考えたのですが、入学当初から起業しちゃってたのでゲーム業界は諦め自分のブランドに向き合うことを選びました。でも、最初に生成AIをさわったときに「私にもゲームが作れるようになるのでは…!?」と思い衝撃を受けました。非エンジニアでもしかしたらゲームをつくれるかもしれない、そして実際につくれるようになりつつある。すごいことが起きてるぞ、と。
これはいろんな仕事においても同様で、非エンジニアがAIを徹底的に活用することによって未来が大きく変わると思っています。自分も技術畑の人間ではないのですが、多くのメルカリ社員にAIを活用してもらって、それぞれの現場でどういった変化や進化があるかを見たいし、それをサポートするのが自分のミッションと捉えています。
──それがメルカリだと実現できるということですか?
@gomichan:そうですね。やはり2,000人規模の会社だからできることがあるというか、生み出せるインパクトがあると思うんですよね。2,000人のメンバーの仕事がAIによって1時間ずつ減ったら、合計2,000時間じゃないすか?そのインパクトは圧倒的だと思っています。かつ、これだけの規模の会社になると、なにか行動をしはじめると、興味を持ってくれる人があちこちから出てきます。企業のカルチャー的にも新しいことへの取り組みとの相性が良い。だから、私も「生成AI頑張るぞ担当」として動き回りやすいですね。
@kimuras:取り組みが可視化されることの影響はすごく大きいなと思っていて、世間的なAIへの関心ももちろんありますが、gomichanがさまざまな切り口で勉強会を開いてくれていることで確実に関心人口が増えた。当時は啓蒙活動をしようとすると、なかなかノってきてくれないというか、自分ごと化できずにモメンタムを保つことが難しい時代もありました。
@gomichan:あ、そんな時代があったんですね(笑)。
@kimuras:でも、今回はかなりみんな前のめり。AI関連のハッカソンに多くのメンバーが興味を持ってくれていましたし、AIへの関心の高まってきたタイミングで、インフルエンス力を持っているgomichanが入ってくれたことは大きい。これまでの取り組みがレバレッジできるので。
@mark:gomichanの採用選考の段階で、僕は活躍してもらえるイメージが明確に湧いたんですね。「AIはこういう使い方があるんだ!」とイメージできる人をいかに増やしていくか、そして実際に触れる人を増やすとなったときに、社内にインフルエンスを与えていく人が絶対に必要。もちろん外へ向けて発信することは大事なんですけど、それ以前にそもそも外に発信ができるような取り組みを内部で生み出せないといけない。
社内にインフルエンスを与えて、実際の取り組みを加速し、それを外部にも発信し、それによって社内外のインフルエンスがさらに強まっていく…そういう良い循環をつくっていきたい。gomichanには早くも結構無茶ぶりしていますけど(笑)。
@gomichan:ノープロブレムです!入社後にkimurasさんやmarkさんとコミュニケーションを取っていくなかで、めちゃくちゃAIに対しての熱量を感じました。しかも、メルカリとして、これまでの歴史と積み重ねがすごくあるなと思っていて。これまで取り組まれてきた皆さんに感謝しつつ、ここでコケてしまったもったいないことになってしまうので、しっかり形にしていけたらとすごく思ってます。
また、kimurasさんもそうですけど、社内には熱量あるメンバーがたくさんいるので、そういう人たちがもっと世に出ていくきっかけをつくれたらと思っています。メルカリに入社して感じたのは、なにかきかっけさえれあれば、興味持ってくる人がすごい多い。熱が伝播する組織だなと改めて感じています。
@kimuras:gomichanは今まで足りなかったパーツをはめてくれた感じがします。非エンジニアでありながら、AI活用の可能性をよく理解して、情報収集やネットワーク構築も積極的にされています。加えて、プレゼン力とオーナーシップが強いので、社内でのAI活用のスピードが爆発的に上がったなと思います。
@gomichan:そういうふうに言ってもらえるので、私は自分の役割がシャープになったと思います。今は、いかにモメンタムを作って、みんなに対してアクションを促していくかという段階。その次のフェーズは、みんながそれぞれ動いていくという感じになると思うのですが、最初の発火点をつくることが自分のやるべきことだと捉えています。
AI時代を生き抜くためには「考え方を変えなくてはならない」
──では、AI活用をより力強く推進していくうえで、最重要課題だと考えていることを教えてください。
@mark:このAI時代に、プロダクトのつくり方や組織づくりで僕が最も大切だと思うのは、「考え方を変えなくてはならない」ということ。今までの考え方を完全に忘れてUnlearnすることが必要だと思っています。これからは、AIがない時代のテクノロジーの山の登り方と、全然違う登り方が求められるようになる。今までのやり方に固執してしまっていると、過去の知識や経験が逆に盲点を生み出してしまうと思うんですよね。いかに「アハ体験」みたいなモーメントを沢山つくれるかということは意識している。
だから、期初に行ったRoadmap発表会のときに、AI活用した未来を提示したデモ動画を見せることにかなりこだわりました。「当たり前のように使っている感じに見える動画にしてください」とか、けっこう無理を言ってつくってもらったんですけど(笑)。やっぱり、イメージを示すことが重要だと思うんです。AI活用による新しい道があることを、みんなが「わかる状態」をつくることを重視しました。
@gomichan:Roadmap発表会あのデモ動画があったからこそ、社内が「マジでやっていくんだ…!」という空気になりましたよね。
@mark:案の定「こんなこと1年ではできません」と言われたりもしたんだけど、でも少なくともやろうとしない限りできないですから。やっぱり世界のテックカンパニーって、発表会でやたらとユースケースの動画を出してくるじゃないですか。「誰が使うの?」みたいなものもあるとは思いますが、本気になって取り組んでいくんだという姿勢をみせる。「こういう世界が来るんだよ」「こういう道をつくっていくんだよ」ということを、僕たち経営陣は誰よりも多く考え抜いて、しかもイメージとして見せていくことがなによりも大事なことだと思います。
@kimuras:共通のイメージが持てたことは収穫だった一方、やっぱりそれをどうやって使っていくのかというところは今後も考え続けて、アクションを起こしていかなくてはならない。
僕はどんなに便利なテクノロジーでも、仕事に組み込まれないと使われないと強く信じています。仕事に組み込まれるから覚えられるし、自分でもっと工夫したくなる。メルカリには非エンジニアであってもSQLを書ける人が多いんですけど、それも仕事に組み込まれてるから書けるんですよね。なので、ビジョンを示すことと、実際に仕事に組み込むこと、これをどこよりもといち早くやっていく必要があります。
LLMを業務改善やプロダクト改善に活用しないという選択肢はもはやなく、活用を進めなければ世界の技術の発展に遅れをとってしまうと思っています。
@gomichan:本当にそのとおりですね。PCやガラケーからスマホに移り変わっていったときに、世の中の潮流って一気に変わったじゃないですか?メルカリの場合は、そのタイミングを見誤らずにBoldにチャレンジしてきたからこそ成長してきた会社だと思うんですよね。ですが、今は、これから次のステージに行けるかどうかの岐路でもあると思うんです。厳しい言い方をすると淘汰される可能性もないわけではない。私自身、10代の頃からいちユーザーとして『メルカリ』をめっちゃ使ってきたので、ここで淘汰されて欲しくないという気持ちが強いです。
@kimuras:これから来る時代をUnlearnして受け入れるか否かが重要で、Unlearnできない組織はどんどん取り残されていってしまうのではないかという危機感があります。これまで世の中にあったニーズやディマンドの潮流は大きく変わると思うし、その変化にアダプトするのは大変なことではあるのですが、同時に我々人間が本来集中するべきタスクに時間を使えるようになる。
一番投資すべきところに時間を使えるようになるというのが重要なことなんです。それを我々が正しくと理解してビジョンをアップデートし、そこに投資をしていく。そして会社のカルチャーをも大きくアップデートとしていくいうのが最重要ミッションだと考えています。
編集・撮影:瀬尾陽(メルカン編集部)