メルカリが掲げる「世界有数のAIカンパニー」というビジョン。このビジョンは、単なる技術革新の追求ではなく、ユーザー体験の本質的な進化を目指す、同社の戦略的な取り組みを表現したものです。その実現に向けて中核を担っているのが、AI/LLMチーム(社内通称:Elizaチーム)です。
生成AIやLLMといった最新技術の実用化に取り組むだけでなく、既存のAI資産を活用しながら、サービス全体をよりインテリジェントなものへと進化させることを目指す彼ら。チーム発足からおよそ1年、クリックレート改善や画期的なAI出品サポート機能の実装など、具体的な成果を着実に積み上げてきました。
しかし、これはまだ始まりに過ぎません。全社的なAI活用の基盤づくりや、より革新的なユーザー体験の創出など、彼らの視線は常に未来に向けられています。今回、チームリーダーのMax Frenzel(@maxfrenzel)とRyan Ginstrom(@ryan)に、これまでの成果と今後の展望について詳しく話を聞きました。
二人が描く未来像には、テクノロジーとユーザー価値の融合という、メルカリならではの視点が色濃く反映されています。
この記事に登場する人
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Max Frenzel
2023年入社。創造的技術者、ベストセラー作家、起業家であり、AI分野での10年以上の経験を持つ。ロンドンのインペリアル・カレッジで量子情報理論の博士号を取得し、東京大学でのポスドク研究員を経て、AI研究とプロダクトデザインの交差点に焦点を当てた様々なテックスタートアップに関与。著書「TIME OFF 働き方に“生産性”と“創造性”を取り戻す戦略的休息術」は国際的なベストセラーとなり、AIと未来の仕事に関する彼のアイデアは、Fast Company、Financial Times、Entrepreneur Magazineなどの出版物で特集された。現在はメルカリのAI/LLMチームを率いる。
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Ryan Ginstrom
2021年入社。20年以上のソフトウェア開発とAIの経験を持つエンジニアリングマネージャー兼ML(Machine Learning)エンジニア。技術的な日本語翻訳と起業のバックグラウンドを持ち、任天堂、ライブパーソン、コンヴァーシカでの役割を通じて、会話型AI、検索システム、およびMLオペレーションの専門知識を築く。現在は大規模言語モデルに焦点を当てた機械学習の取り組みをリード中。
「Building」と「Enabling」メルカリAI戦略の二本柱
── まずは、チームの立ち上げの背景について教えていただけますか?
@Max:私たちのチームは、メルカリのAI戦略における重要な転換点として設立されました。「Building」と「Enabling」という二つの重要な役割を担っています。「Building」では、生成AIを活用して新たな体験や価値をエンドユーザーに提供することを目指しています。たとえば、AI出品サポートのような、ユーザーの日常的な活動をAIでサポートする機能の開発がこれにあたります。
もう一方の「Enabling」では、社員や会社全体の生産性を向上させていくことを目的としています。業務プロセスの改善や自動化を進め、より効率的な働き方を実現することで、組織全体の生産性を高めるサポートをしています。
── その二つの役割が、今どのように発展しているのでしょうか?
@Max:現在は、さらに広い視野でAIを用いた変革のドライバーとなることを目指しています。AIの取り組みを検証し、他の機能やプロダクト開発チームと連携しながら進めていくことで、より大きな価値を生み出そうとしています。
特に重要なのは、個々のチームが持つAIケイパビリティを全社で活用できる形に発展させていくこと。たとえば、あるチームが開発した画像認識の技術を他のチームでも使えるようにしたり、自然言語処理の機能を全社で共有できるプラットフォームにしたりすることを進めています。これにより、技術の再利用性を高め、開発効率を向上させることができます。
── メルカリはこれまでもAIやMLを活用してきた歴史がありますよね。その中で、このチームはどのような位置づけなのでしょうか?
@Max:メルカリはAIに強みを持ち、長くMLを活用してきました。しかし、これまでは各チームの取り組みが孤立しがちで、横の連携や成果物、リソースの共有が充分ではありませんでした。この状況を変えることで、さまざまな既存の取り組みを一堂に会し、会社として統一されたAIの取り組みに成長させていきたいと考えています。
特に生成AIやLLMの分野では、従来のAIの取り組みと組み合わせることで、より大きな変革をもたらすことができると確信しています。たとえば、既存の画像認識技術と生成AIを組み合わせることで、より高度な商品推薦システムを構築することが可能になります。
@Ryan:以前のAI部門は一つにまとまっていましたが、現在は各チームに分散することで、よりお客様に近い開発ができるようになりました。この変化により、各チームがより具体的なユースケースに基づいて開発を進められるようになっています。同時に、技術やナレッジの共有をしっかりと行い、会社全体としての強みを最大化することも重視しています。
世界レベルの技術基盤を目指して
── お二人の役割分担について、詳しく教えていただけますか?
@Max:私は昨年11月にプロダクトマネージャーとしてチームに加わり、今年の3〜4月からチーム全体のリーダーとしてプロダクトとエンジニアリングの両方を見ています。主な役割としては、ユーザー課題の特定と解決策の検討を行いながら、各機能開発チームとの協働におけるステークホルダー管理を担当しています。また、チーム全体の戦略とビジョンの構築、そしてシニアリーダーやエグゼクティブとのコミュニケーションも重要な責務となっています。
@Ryan:私は主にエンジニアリングの観点からチームを支えています。技術選定や実装方針の決定はもちろんのこと、他チームとの技術的な協働の推進にも力を入れています。特に重視しているのは、個々の機能開発に閉じない、再利用可能な技術基盤の構築です。これにより、チーム全体の開発効率を高めながら、品質の向上も実現しています。
── 現在のチーム構成と、今後の展開について教えていただけますか?
@Max:現在は、MLエンジニアとバックエンドエンジニアを中心とした構成です。チームメンバーは比較的若く、新しいテクノロジーへの探究心が強いのが特徴。今後1年かけてチームの規模を倍程度に拡大する予定で、より多様な専門性を持つメンバーの採用を進めていきます。
特に注力しているのが、小規模なリサーチチームの立ち上げです。このチームには、AI/MLの研究者を配置し、中長期的な視点でのイノベーション探求を担ってもらう予定です。単なる研究に留まらず、グローバルなAIトレンドの調査と、それらの知見を実際のプロダクトに活かす橋渡しの役割も期待しています。
また、クライアントエンジニアやUXの専門家、データサイエンティストなども順次採用していく予定です。これにより、アイデアの創出から実装、検証までを一気通貫で行える体制を整えていきたいと考えています。
協働がもたらした改善効果
── この1年間で、具体的にどのような成果を上げられましたか?
@Max:最も印象的な成果の一つが、サーチチームとの協働プロジェクトです。我々がMLのリサーチを行い、新たなモデルを開発・テストして本番環境に導入したところ、類似品のクリックレートが13%も向上しました。この成果は、サーチチームとの緊密な連携があってこそ実現できたものです。
既存のML基盤を効果的に活用しながら、迅速なイテレーションとテストを重ねることで、大きな改善を実現することができました。また、このプロジェクトを通じて、チーム間協働のモデルケースを作ることもできました。
さらに、AI出品サポート機能の開発では、バックエンド部分を完全にオーナーシップを持って担当しました。画像認識技術を高度化し、自動タグ付けシステムを改善、さらにレコメンデーション機能を強化することで、ユーザー体験の大幅な向上を実現しました。UXチームとの密接な連携により、技術的な優位性を失うことなく、使いやすいインターフェースを実現できたのも大きな成果でした。
── コーポレートエンジニアリングチーム(CET)との関係性はどのようになっているのでしょうか?
@Max:現時点では、境界線は流動的な状態です。CETとは主に社内の生産性向上施策で協力関係にあり、既存MLシステムの改善やナレッジマネジメントの改革などを共同で進めています。我々は主に生成AIやLLMの新しいユースケース開発に注力し、CEは従来型のMLを活用したツール開発を担当するという形で、相互補完的な関係を築いています。
今後は、さらに協力関係を深め、我々が“Enabler”としての役割を強化していきたいと考えています。具体的には、新規AIツールの開発と展開において、CETのナレッジと我々の最新技術を組み合わせることで、より強力なソリューションを生み出せると考えています。
AIイノベーションを加速させる
── 技術面での課題や、その解決アプローチについてお聞かせください。
@Ryan:現在、私たちが直面している主な技術的課題は、大規模言語モデルの効率的な運用、リアルタイム推論システムの最適化、そしてデータの品質管理とプライバシー保護です。これらの課題に対して、段階的かつ体系的なアプローチを取っています。
まず、モデルの軽量化と最適化を進め、必要に応じてエッジコンピューティングも活用しています。同時に、データガバナンスの強化とセキュリティフレームワークの確立にも力を入れています。これらの取り組みは、単なる技術的な改善に留まらず、ユーザーの信頼を確保するうえでも重要な意味を持っています。
@Max:技術面での取り組みに加えて、組織的な課題にも注力しています。特に重要なのが、「縦」と「横」の二つのアプローチのバランスです。縦のアプローチでは、特定の機能をend-to-endで開発し、直接的なユーザー価値を創出することを目指します。一方、横のアプローチでは、AIプラットフォームの構築や再利用可能なコンポーネントの開発を通じて、全社的な技術基盤の整備を進めています。
テクノロジーで描く、体験価値の未来
── 新たに立ち上げられるリサーチチームについて、詳しく教えていただけますか?
@Max:リサーチチームは、UXリサーチとAIリサーチという二つの重要な領域を担当します。UXリサーチでは、生成AIに精通したシニアメンバーの参画を予定しています。特に生成AIの領域では、従来とは異なる形でユーザーとシステムが対話することになるため、その相互作用を深く理解し、最適な体験を設計することが重要になってきます。
ユーザー行動の深い理解に基づいて、新しいインターフェースの検証やプロトタイピングを行い、実際のユーザーテストを通じて改善を重ねていく予定です。この過程で得られた知見は、プロダクト開発の早い段階から活用していきます。
AIリサーチの面では、ML研究者を中心としたチームを構成し、最先端の技術探求を行います。ただし、純粋な研究に留まらず、その成果を実際のプロダクトに反映させていくスピードを重視します。定期的なプロトタイプの開発と検証を行い、実験的な機能のβテストを実施することで、理論と実践のバランスを取っていきます。
特に重要なのは、研究成果を実際のプロダクトに反映させていく速度です。ユーザーフィードバックを継続的に収集・分析し、開発チームと密接に連携することで、研究成果の実用化を加速させていきたいと考えています。
── 最後に、これからの展望についてお聞かせください。
@Ryan:社会に対して特に伝えたいのは、LLMの持つ可能性についてです。現在、LLMは一般的にまだ曖昧なイメージで捉えられがちですが、これは単なる技術のデモンストレーションではありません。実際のビジネスや日常生活で具体的な価値を生み出す技術として、その可能性を広く理解していただきたいと考えています。
社内に向けては、新しい技術への挑戦を促進していきたいですね。各チームが持つ専門知識とAI技術を組み合わせることで、これまでにない価値を生み出せると確信しています。特に、若いエンジニアたちの持つ情熱とアイデアを、実際のプロダクトという形で具現化していける環境を整えていきたいと考えています。
@Max:私たちが目指しているのは、AIが自然な形でサービスに溶け込んでいる世界です。例えば、商品推薦の面では、よりパーソナライズされた提案が可能になり、ユーザーとの対話もコンテキスト(文脈)を深く理解した形で行えるようになります。さらに、品質管理や不正検知といった領域でも、AIによる高度な自動化を実現していきます。
組織としても、AI技術の全社的な活用を促進し、チーム間の知識共有を活性化させていきたいと考えています。技術基盤の統一化を進めながら、継続的なイノベーションを生み出せる文化を醸成していくことが重要です。
今後、特に注力したいのは、これらの変革がユーザーにとって自然で価値のあるものになること。技術そのものを前面に出すのではなく、ユーザー体験の質を高めることに焦点を絞っています。出品プロセスをより簡単に、取引をより安全に、コミュニケーションをより円滑にするといった、具体的な価値の提供を目指しています。
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