2024-12-19
最短3タップで完了する出品体験を。商品の出品が“劇的に”楽になる、メルカリ「AI出品サポート」の開発経緯とビジョン
LLMをはじめとする生成AIは、サービスのユーザー体験を革新し、新たな価値を提供するものとして、ますます重要性を増しています。メルカリが2024年9月10日に提供を開始した新機能「AI出品サポート」もその一例。出品時に商品の写真を撮ってカテゴリーを選ぶだけで、自動で商品情報が入力され、商品説明や価格設定を考える手間が省けます。
これまでも、メルカリは出品体験を向上する様々な取り組みを行ってきましたが、今回のプロジェクトは「これまでの前提を覆すような出品体験を目指した」といいます。開発経緯と新機能により変わるお客さま体験、そして今後のビジョンについて、本プロジェクトをリードしたプロダクトマネージャーの菱井康生(@hisshy)と、Head of AI/LLMのMax Frenzel(@maxfrenzel)に聞きました。
この記事に登場する人
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菱井康生(Yasuo Hishii)
富士通に新卒入社し、インフラエンジニアとしてキャリアをスタート。その後、ITベンチャーでアプリケーションエンジニアやPMを経験した後、2018年7月にメルカリへ入社。メルカリ入社後は、PMとしてiOS/Androidのモバイルアプリ体験の改善に従事し、現在は中長期での購入者/出品者体験の改善方向性を定めリードしている。
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Max Frenzel
2023年入社。Creative Technologist、作家、起業家。AI研究と製品開発における10年以上の経験を持つ。インペリアル・カレッジ・ロンドンで量子情報理論の博士号を取得し、東京大学でのポスドク研究員を経て、博士研究員として働いた後、AI研究と製品設計の横断、ならびに創造性、デザイン、音楽へのAIの応用に焦点を当てた様々なテックスタートアップに関与。著書『Time Off』は国際的なベストセラーとなり、広く注目された。現在はメルカリのAI/LLMチームを率いる。
これまでの前提を覆すほど出品を楽にする「AI出品サポート」
——まずは「AI出品サポート」の開発経緯から伺えますか?
@hisshy:『メルカリ』において大事な指標は、お客さまにとって不要なものをいかに出品していただくか、つまり“お客さまの出品数”です。しかし、「商品の写真を撮って、商品情報や説明文などを記入する手間」が、その大きなハードルになっているという事実がありました。
過去にも出品体験の改善には様々取り組んできたのですが、「これまでの前提が覆るくらい、出品を楽にする」ため、AIを活用しようと考えたのが「AI出品サポート」のはじまりです。
——過去の取り組みは、どのようなものがありましたか?
@hisshy:直近で取り組んできたのは、出品する商品のカテゴリやブランドをサジェスチョンし、お客さまが選択するだけで記入が完了する機能や、『メルカリ』内の類似商品を参考にしながら出品できる機能です。これにより、出品体験はある程度楽になりました。
しかし、今回はAIを活用することで、①商品を撮影するまたは写真を選ぶ ②カテゴリーを選択する ③AIが生成した情報を確認し出品する、という最短3工程で出品が完了。これにより、大幅に手間を減らすことができます。初心者のお客さまはもちろん、頻繁にご利用いただいているお客さまにも、これまで以上の使いやすさを提供できると考えています。
実装された「AI出品サポート」の使用イメージ。現在は「商品名と説明文を自動で入力」という表記へ変更されています
「楽な出品」=「売れる出品」を実現する
——開発においてチャレンジングだったことはありますか?
@Maxfrenzel:たくさんありました。そもそも、開発に取り組み始めた当初は、やりたいことが本当に実現できるかもわからなかったくらいです。特に問題になっていたのは、AIの精度、スピード、コストをどう両立するかでした。
LLMモデルというのは、精度を求めてレベルを上げれば上げるほど、スピードは遅くなり、コストは高くなります。実際、「生成AIで情報を自動記入する」というアイデア自体は、当時使っていたLLMモデルでも実現可能でしたが、コストやスピードの面で実用に耐えうるものにはなりませんでした。
しかし、AIの領域はものすごい勢いで進化するので、遅れをとるわけにはいきません。技術が追いついてくることを信じて、実用化に向けて新しいモデルの開発を進めたんです。その結果、予想通りにLLMのスピードは上がってきて、コストは徐々に低下。最終的には、コストの問題をクリアしつつ、ごく短い時間でタイトルと説明文の生成が実現できるようになりました。
——技術の進化を信じて開発を続けたことが実を結んだんですね。
@Maxfrenzel:そして、もうひとつのチャレンジは「良い出品とはなにか」を定義づけることでした。まずAIに「良い出品」をインプットする必要がありますが、人によって「良い出品」の定義は様々。情報の正誤ならまだしも、商品の説明文のフォーマットや文体まで考慮すると、非常に多くの学習データが必要でした。
そこで、様々なユーザーを交えて、社内で最大規模のドッグフーディング(新機能の試運用)を実施。信頼に足る大量のデータを収集し、「良い出品」を定義づけていきました。
@hisshy:AI関連のプロジェクトは、最終的にクオリティをどこまで高められるかが課題になります。例えば、説明文の自動記述がいい感じにできたとしても、最終的にお客さまに満足いただけるレベルに達していなければ、使ってはもらえません。
そこで今回のドッグフーディングでは、60名の社内のメンバーに協力してもらって、デモツールを触ってもらったんです。AIにより生成される説明文を、いちユーザーとして評価してもらうといった地道な取り組みによって、リリースできるレベルにまでクオリティを高められました。
——「良い出品」というのは、お客さま側から見れば「売れる出品」だと捉えていいでしょうか?
@hisshy:お客さまのゴールは出品した商品が購入されることなので、「良い出品」とは「売れる出品」と同義と考えていただいていいです。ただ、今回のプロジェクトにおいて、現段階では「売れる」ことよりも「思ったように出品できる」ことにフォーカスをしてきました。
@Maxfrenzel:もちろん、「出品者が思った通りの情報が入っていること」と「購入者が買いたいと思う情報が入っていること」は、必ずしも同じではありません。例えば、情報が完璧に入っていても、AIが書いた文章に人間らしい温かみがなければ購入はされづらいでしょう。
理想としては、「出品者にとって情報が揃っている出品」=「購入者にとって魅力的な出品」になることです。そのためには、今後は検索やレコメンデーション側のチームとも連携し、購入者の考え方や行動の観点も取り入れてアップデートしていくことが大切だと思っています。
——チーム連携の話が出ましたが、今回のプロジェクトにおいてプロダクトサイドとLLM開発サイドの連携で難しかったことはありますか?
@Maxfrenzel:かなりチャレンジングなタイムラインだったので、お互いの理想をすり合わせながら着地させることの難しさはありました。例えば、LLM開発サイドからすると、「AI出品サポート」を実装するカテゴリーを絞ることで、より確実に「良い出品」を実現に近づけると考えていました。
しかし、hisshyさんらプロダクトサイドは「質もカテゴリの数もどちらも取りたい」と言うんです(笑)。結果的には、その押し上げのおかげで、質と量のどちらも実現できたのは素晴らしいことだと思っていますが、何を優先するかという点での議論は色々としてきました。
@hisshy:お互いプロフェッショナルな領域があるなかで、それぞれの理想をすべて同時に叶えるのは、今回のプロジェクトに限らず、なかなか難しいことです。ただ、そうした制約があることも踏まえて、各チームのリーダーがしっかりとアラインして、チームメンバーに対しても「本当に届けたいものはこれだよね」と方向性を共有し、密にコミュニケーションをとってきたことが功を奏しました。
出品者と購入者のデータを活用し、双方にベネフィットのある機能を目指す
——9月にリリースしてからの反響はいかがですか?
@hisshy:一定規模のサーベイを実施したわけではありませんが、身近な利用者からは好反応を得られていますし、データによると、出品時に「AI出品サポート」を活用してくれるお客さまは増え続けています。もともと考えていた「出品の手間がハードルになっている」という事実は、一定正しかったようです。多くの方に使っていただくため、今後はディテールの品質改善に取り組んでいきます。
——どのような改善を考えていますか?
@Maxfrenzel:現在、本当に多くの商品が出品されていて、お客さまの行動データがどんどん溜まりはじめています。それらを用いて、短期と中長期の改善を考えています。
短期でいえば、AI出品サポートで出品した商品がそうではないものと比べて売れているのか、どのカテゴリーがうまくいっているのか、などを分析して機能に活かしていきたいです。また、お客さま体験においても、AIが生成した情報をキャンセルするボタンの配置を変えることで、どうしても一定発生する、テキスト生成中の誤ったキャンセルを防ぐといった小さな改善もしていきたいと思います。
——中長期の改善にはどのようなものがありますか?
@Maxfrenzel:大きくいえば、蓄積されたデータをもとに『メルカリ』のお客さま体験を高めていきたいと思います。それには、学習データを用いてLLMを進化させるといった技術的なチャレンジも含まれますし、「AIの透明性」などについて考えていくことも含まれます。
また、お客さまの体験面でいえば、よりインタラクティブなものにしていきたいです。現段階では商品全体の写真を撮って、ボタンをいくつか押して、少ししてから説明文等の情報が追加されるようになっています。それを例えば、商品のラベルを撮るだけで情報が生成されたり、写真を撮っている段階からAIによるガイドが始まったりといった体験にしていけたらいいですね。
@hisshy:理想をいえば、商品の写真を撮るだけで出品が完了するようにしたいですが、それにはまだ技術的なことも踏まえて大きな壁があります。それもひとつの選択肢として捉えつつ、実現可能性の高い機能から着実に実装していければと思います。
——最後に、より「売れる出品」を実現するために取り組んでいきたいことを教えてください。
@Maxfrenzel:いくつかありますが、ひとつは、商品のメタデータを収集・活用して、検索や発見のためのアルゴリズムを改良することです。出品データからメタデータを抽出し、それを使ってサーチアルゴリズムが必要な情報を的確に得られるようにする。これにより、今の検索アルゴリズムを最適化し、ユーザーが求めている商品を見つけやすくすると同時に、商品をより魅力的に表示できるようにしたいと思っています。
また、先ほどの発言に重ねて、購入者側の体験を理解して落とし込んでいくことも重要だと考えています。使われている検索キーワードや、商品のトレンドなどをデータをもとに捉えていく。それによって、時期や時代によって「良い出品」の定義を更新し続けられたらと思います。
@hisshy:加えて、「売れる出品」を実現するには、出品者に対してのフィードバックも重要になってきます。我々が収集して分析した購入者側のデータをもとに、商品の情報、説明文の書き方、価格などの改善を提案していく。そうした働きかけを通じて、出品者と購入者の双方にとってベネフィットがある機能にしていきたいです。
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