連載「AI Agent Dayから紐解く10の問い」。前回の#0では、メルカリの全社プログラム「AI Agent Day」の概要と「なぜ全員対象なのか」「スキルとは何をつくるのか」という2つの問いを紐解きました。
今回は、企画の着想から経営合意までの裏側に迫ります。2月の箱根合宿で何が起きたのか。「楽しかった」で終わらせないために、何を設計したのか。前回に引き続き、企画を推進する3人にさらに2つの問いを投げかけました。
*この記事は、取材内容のメモ・文字起こしをもとにAIツールを活用して構成、執筆を行っています
この記事に登場する人
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塗木 冴(@sae)
メルカリAIエージェント開発&推進。2018年に東京工業大学情報理工学院を修了後、AIとiOSアプリ開発を中心としたプロダクト開発に従事。カナダ・トロントに留学しData Analyticsを学ぶ。東京を拠点とする国際ハッカソンコミュニティ「MeltingHack」を創設し、国内外を問わず多様な背景を持つ人々が学び合い・共創する場づくりを実践。そこで培った「テクノロジーへの心理的障壁を取り除き、熱量を引き出す設計」のノウハウを、社内のAI浸透施策にも還元している。
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小泉 剛(@ISSA)
メルカリAIエージェント開発&推進リード。ソフトウェアエンジニアとしてキャリアを開始。プロダクトエンジニアおよびプロダクトマネージャーとして、ナレッジマネジメント、経費精算、工数管理、HR系システムなど、数多くの法人向け業務システムの開発・成長に携わる。2020年に株式会社メルカリへ参画。プロダクトマネジメントおよびコーポレートIT領域での組織マネジメントを経て、2025年7月より現職。現在はAI基盤の構築からソリューション開発までを現場でリードし、AIエージェントを通じた組織とプロダクトの変革を推進している。
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Shu Kojima(@shuuk)
AI Task Force Engineering Manager。AIコンサルを経て、メルカリグループでData Analyst、機械学習エンジニアを経験。AI Agent DayではPjMとして参加。
問い3:なぜこのタイミングだったのか
箱根合宿で「翻訳されていない言葉」がチームを動かした
—— AI Agent Dayが動き出したきっかけは、2月に行われたAI Task Forceの箱根合宿だったと伺いました。あの場で何が起きたのでしょうか。
@ISSA: 箱根合宿は、各領域に対する忌憚なきフィードバックが飛び交う場だったので、メンバーがmarkさん(執行役 SVP of Japan Business)やkimurasさん(執行役員 CTO Japan Business)からの「翻訳されていないダイレクトな言葉」をバンと受け取る形になりました。
1泊2日の合宿が終わって、帰りのバスの中でも「あの指摘はどういうことなんだろう?自分たちはどうすればいいんだ?」とチームでずっと話していて、六本木のオフィスに戻ってきてからもその議論が止まらなかった。「何か行動に移さないと」という空気が自然と醸成されていった感じはあると思います。
@sae: 僕自身も箱根合宿に参加する中で、AI-Nativeの浸透戦略を全社でやる必要があるという話を聞いていました。日々ハッカソンの企画・開催はやっていたので、「もし1dayのハッカソンをやるとして、果たしてそれだけで本当に浸透するかな」と、疑問の目を持ちながら聞いていたんです。
ですが、箱根合宿が終わった週末に一人で落ち着いて考えていたところ、「1日で終わるハッカソンではなく、前後に期間を設けて行動変容まで設計したらどうだろう」というアイデアが降りてきまして。その構想を一気に書き起こしたのがAI Agent Dayの企画書です。
合宿後の週末に生まれた構想——「300点」の企画書が実行に移るまで
—— その企画書を最初に見たとき、ISSAさんは率直にどう思われましたか。
@ISSA: 私は以前から、全従業員にエンジニアリング体験が必要だと考えていました。コンピューターサイエンスの基礎である「基本情報」のような科目を全社員が履修すべきだと思っていて、そのためにはプログラム的に提供する必要があるとずっと考えていたんです。
そこへ、saeさんがこの取り組みの企画書を出してきてくれました。企画書を見た瞬間に「あ、これだ」と思い、「300点です」と太鼓判を押して、kimurasさんにも即報告して開催が決まりました。

@shuuk: 僕は途中から合流しました。前回もお話しした「業務委託感」の課題を、セキュリティ部門でまさに半年間実感していたんです。構造的に解消しないとスケールしないとわかっていたし、僕自身なにか現場でAI教育的なことをやろうかって話もしていたところに、この企画がボンと出てきて。ISSAさんと「一緒にやりたいですね」と話していたら、じゃあ一緒にやろうという流れになりました。
問い4:AI Agent Day当日をどう設計したのか
「楽しかった」で終わらせない——定着の仕掛け
—— 前回の記事でAIチャンピオン制度やピアラーニングサークルについて触れましたが、改めてそれぞれの設計意図を教えてください。
@sae: チャンピオンは、AIエージェントに詳しい人というわけではなくて、積極的に取り組む前向きな姿勢や、相談に乗ってくれやすい人柄といった基準で選んでいます。そもそもAI活用に慣れている人に聞くと「AIに聞いたらいいよ」で終わってしまうこともあります。でもチャンピオンは同じスタートラインで始めているから相談しやすいし、ドロップアウトしにくい。なおかつ、チャンピオンに選ばれるとその人たちも責任感を持ってもっと頑張ろうという気持ちになるので、認定してあげることで好循環が生まれる仕組みです。
—— ピアラーニングサークルの7人から10人という規模にも意図がありますか。
@sae: 2〜3人だと、当日のペア組みの調整が発生して難しい。一方で20〜30人、ましてや150人になるとコミュニケーションコストが高くなる。例えば、全社のランダムチャネルに「こんなの作りました」って投稿するのはハードルが高いじゃないですか。 でも、その発信のハードルを下げつつ影響力を担保できるのはだいたい8人くらいだろうなと仮定し、バッファを持たせて7から10人で設計しました。ちょうどいい心理的安全性の中で、「こんなのができました」と共有もできるし、「こういうので困ってる」と言えば誰かしら答えてくれそうなサイズ感を狙っています。

攻めと守りのバランス——ツール選定とセキュリティ
—— 使用ツールを「Notion AI」と「Claude Cowork」に絞った理由を教えてください。
@sae: 2025年7月に実施したAI/LLM合宿ハッカソンでは「何でも使っていいよ」と幅広にやった結果、ある人はNotebookLMを使いたい、ある人はSlackにつなぎたい、ある人はJiraにつなぎたい…。というように、使いたいツールがバラバラになってしまいました。その結果、十分なサポートが提供しきれず、学びはあったものの不完全燃焼感が残ってしまったという反省がありました。今回は全社員が使える環境が整っている「Notion AI」と「Claude Cowork」にフォーカスすることで、学びとサポートの質を両立させています。
@shuuk: セキュリティの観点では、リテラシーが一般に高くないエンジニア以外のメンバーにも安全に使ってもらうためのガードレール設計にかなり時間をかけています。「Claude」が賢すぎて、生半可なガードレールではすぐに迂回路を見つけてしまうという課題があり、当初はこのセキュリティ上の整理が難航しました。その上で、「Claude Cowork」が一番中央集権的な制御が効きやすいということで、こちらを採用したのですが、それでも調整は難航しました。
いっそ「Claude」をカリキュラムからなくしてもいいんじゃないかという話もあったんです。それでもやはり「Claude」の凄さを全ての人に実感してほしかったので、最大限のセキュリティ制約をかけた上で「Claude Cowork」も使える設計に。サンドボックス化やアクセス権限の制限など、パワーユーザーであれば不便に思う環境ですが、AI Agent初心者が0→1のジャンプをする環境としては十分な利便性を提供できるバランスを追求しています。
実際にバッチ1を実施して、蓋を開けてみたらこのような制限下でもかなりポジティブな反響はありました。今後、皆が習熟してもっと幅広いタスクにトライしてみたいとなった時には、できることの幅を段階的に広げていきたいですね。
バッチ1の手応え——事前ワークで9割超え
—— 5月のゴールデンウィーク明けに実施された初回のバッチ1(主にHR・コーポレート部門のメンバーが参加)の手応えはいかがでしたか。
@sae: 事前ワークの完遂率が9割を超えたことが、まず大きかったです。
事前準備を徹底したことで、当日「使い方が分からない」というパソコン教室のような状況をかなり避けられて、より本質的なアドバイスに集中できました。セキュリティやITのメンバーには既にAIエージェントに詳しい方も多いのですが、逆にHRには初めてAIエージェントを使うという人もいて、「このデータは入れていいのかな?」といった疑問もサークル内でその場で解決できていました。事前準備でみんなを同じスタートラインに揃えられたことは、すごく有意義でしたね。
バッチ1の当日、サークルのいたるところで拍手が起きていたんですよ。1人でやっているときの感動とは違って、みんなでやるから得られたより大きな感動があったのではないかと思います。また、HRの方など初めてAIエージェントを使う人も、疑問点をその場で解消できていて、小規模単位のグループ設計が効いているな、と実感することができました。
@ISSA: 我々の準備がどんなに良くても、メンバーがどれだけやる気を持ってAIエージェントを使いたいと思ってくれるかはコントロールできない領域でした。
想定よりも多くの人が参加してくれたこと、これはAI推進を加速させるにあたって、経営陣が全体に号令をかけてくれたことも大きかったと思います。トップダウンで方向を示してもらいつつ、ボトムアップで現場の熱量が上がっていく。その両方が噛み合った結果ですね。

全日程の完了後に見据える景色
—— 全6バッチが完了したとき、組織にどんな変化が起きていてほしいですか。
@shuuk: もうすでに変化は始まっている感じがしています。たとえば、かなり長い時間をかけて1つのプロンプトを作っていたプロジェクトがあったのですが、AI Agent Dayの1日で今までやってきたことの何倍もの進捗が一気に出たんです。
AIで何とかしたいなと思った瞬間には、まず自分で着手してみて、本当にわからないときだけエンジニアに話を聞くという動き方が出始めています。メルカリ社内に限った話ではなく、そういう時代になっていくんだなという感覚はありますね。
@sae: 嬉しかったのは、自分も真似してみたいと思えるような、部署を超えて使い回せるスキルがたくさん登場していたことです。
そういったユースケースが社内に共有されていくとナレッジが溜まっていくし、AIエージェントにとって読みやすい形で情報が整理される、より「AI-Readable」な組織になっていくんじゃないかと思います。
@ISSA: 私はこの一連の取り組みを「AIツール・AIエージェントの使い方教室」だとは思っていません。
もう少し抽象的な話をすると、AIは自分の専門性を拡張してくれる道具。たとえば、広報なら対社内外コミュニケーションの能力を、リーガルなら法務の専門性をより広げてくれるものであって、今回はその第一歩だと感じています。
それに、AIエージェントへ仕事を渡すときに、自分たちが今まで何気なくやっていた仕事を言語化し、分割するという、普段は意識しない仕事のやり方を覚えられるのも大きい。AIエージェントと共同して仕事ができるようになった人は、例えば数年後に新しい技術が出てきたときにも自分で学んで順応できるようになっているはずなので、そのような思考・姿勢そのものを身につける機会になったらと期待しています。
次回は「参加者の声」へ
AI Agent Dayの裏側には、過去の試行錯誤から導かれた具体的な設計判断の積み重ねがありました。
次回の#2では、実際にAI Agent Dayに参加したメンバーの声をお届けします。エンジニア以外のメンバーが本当にAIエージェントのスキルをつくれたのか? 一番驚いた成果物は? その答えを、参加者自身の言葉で紐解きます。
撮影:タケシタトモヒロ

