
メルカリがミッションに掲げる「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」。このミッションの実現には、組織の血液ともいえる「議論」における壁を取り払い、多様なバックグラウンドを持つメンバーが対等に議論できる環境が不可欠です。
AI技術の進化により、多言語コミュニケーションのあり方は劇的に変わろうとしています。単なる「言葉の変換」を超え、AIを使いこなしながら、いかに人間同士の深い理解とインクルーシブな議論を両立させるか。今、私たち自身の行動も新たな定義を必要としています。今回、メルカリは、新たに「インクルーシブミーティング・ガイドライン」を策定。
今回のガイドライン策定に携わったGOT(Global Operations Team : 通訳・翻訳チーム)とLET(Language Education Team:言語教育チーム)のメンバー3名に、なぜテクノロジーが進化しても「人のマインドセット」が重要なのか、取り組みの背景について聞きました。

この記事に登場する人
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小林 絵里 (@Eri)
Global Operations Team マネージャー。大学卒業後、英語教師を経て会議通訳者にキャリアチェンジ。銀行・外資系保険会社など金融業界で役員付き通訳として勤務し、同時通訳に従事。InsurTech事業の立ち上げに携わったのを契機に、グローバル組織でのプロダクト開発に近い環境を志向しテック業界へ。スマートニュース株式会社で社内通訳および英語教育プログラムを担当。2023年7月にメルカリ入社。
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親松 雅代(@Maz)
Organization & Talent Development / Language Education Team所属。国際物流会社(ユーピーエス・ジャパン株式会社)を経て、2013年に日本語教育の道へ。2018年メルカリ入社、日本語プログラムとスピーキングテストの開発・実践に従事。現在は従業員の英語教育、日本語教育、「やさしいコミュニケーション」トレーニングのプログラムマネジメント、リーダーシップ開発に携わる。単著『組織文化をつくる言語戦略』(三修社、2025年)を出版。
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Sherry Zhang(@sherry)
Global Operations Team 所属。ニューヨーク大学で東アジア研究と日本語を専攻。副専攻でビジネスとプログラミングを学び、卒業後、日本で就職する。日本のポップカルチャーを世界に届けるスタートアップ企業にて翻訳、コピーライティングを始め、カスタマーサポート、マーケティングなど、幅広い業務を経験。2018年にメルカリに入社し翻訳・通訳に従事するが、フリーランス活動のため一度離れる。2024年に再びメルカリに入社し、現在翻訳リードを担当。
「情報の格差」は議論の質の低下を招く。多言語環境の切実な課題
ーーメルカリは日本語と英語を共通の言語とする多文化・多言語組織として知られていますが、今回のガイドラインやツールキットを導入する前、現場では具体的にどのような課題に直面していたのでしょうか?
@Eri:私たちGOT(Global Operations Team)は通訳と翻訳を通じて、全社会議やイベントからチームの打ち合わせまで日々のあらゆる社内コミュニケーションをサポートしています。その中で直面したのは、無意識のうちに「会議が特定の言語に偏った運営」になってしまうという課題でした。
例えば、Notionなどのドキュメントツールには優れた翻訳機能があります。「日本語で書いておけば各自好きな言語で読めるからいい」という考え方もありますが、実際のメルカリでのミーティングでは、資料を画面共有をしながら、そこに書かれた情報やコメントに沿って猛スピードで議論が進みます。その際、画面上にシェアされている視覚情報が片方の言語のみに偏っていると、どうしても言語によってリアルタイムで得られる情報に格差が生まれてしまう。

@Sherry:翻訳資料が手元にあっても、投影画面と手元の資料を交互に確認しながら発言のタイミングを図るのは、参加者にとって非常に大きな認知の負荷になってしまいます。その結果、メンバーが本来持っている力を出し切れず、自由に議論に参加できないという状況がありました。
@Eri:通訳音声だけに頼るしかない状況だと、咄嗟に意見を言うことさえ躊躇ってしまうことも。
また、過去には会議ツールや通訳リソースの制約上、片方の言語を同時通訳ではなく逐次通訳(話し終わってから訳す形式)でサポートせざるを得ないこともありました。これでは議論のテンポが損なわれ、大勢が参加する場ではさらに発言のタイミングを失ってしまいます。双方向同時通訳を全社的に提供できる環境をツールとリソースの両面で整備してきたのも、少しでも議論に参加しやすくし、会議本来の目的達成を後押しするためでした。
@Maz:私はLET(Language Education Team)として、言語教育の観点からメルカリの環境を見ていますが、多言語環境である以上、この状況に対して何も手を打たずにいると「必ず誰かを置き去りにしてしまう」という事態になることは容易に想像がつきます。
「やさしいコミュニケーション」という考え方の背景も、そこにあります。みんな、英語能力も日本語能力も「0か100か」ではないんです。メルカリには英語話者であっても英語が第一言語ではない方や、日本語が第三言語という方も多くいます。それぞれの言語的バックグラウンドはさまざまですし、習熟度も幅があります。30%の力、あるいは70%の力は持っているけれど、一番得意な言語ほどは力を出し切れない。自分にとって不利な言語で議論に参加するのは、想像以上に難易度が高いので、「多文化・多言語環境であれば、絶対に格差は生まれてしまうよね」という大前提を強く意識していました。
こうした環境での議論の難しさをどうインクルージョンするかは、組織の格差をなくすために極めて重要なポイントです。
なぜメルカリは「社内公用語化」ではなく「日英併用」を選ぶのか
ーー多くのグローバル企業が「英語の社内公用語化」という選択をする中で、メルカリが日本語・英語の併用を選んだ理由と、GOTによる通訳・翻訳のサポート、そしてLETによる言語教育の取り組みをしている背景を教えてください。
@Maz:まず、業務によって日本語が必要な場合と英語が必要な場合があり、メルカリではどちらの言語も必須の言語であるというビジネス環境があります。それから一番大事なのは、メルカリが掲げるグループミッションとの合致です。私たちのミッションは「あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる」こと。ここに立ち返って考えたとき、「英語を社内公用語化します」あるいは「日本語を社内公用語化します」とするのは、非常にパワーの強いものであり、どちらかの言語に権威を与えてしまうことになります。それはすなわち、言語による上下関係を作ることになり、その言語が得意でない人は不利な状況に置かれます。そうなると、人の可能性をUnleash(解放)するどころか、制限してしまいかねません。だからこそ、どちらかの言語を社内公用語にすることは私たちのミッションに合わないと考えています。

@Eri:多様な人材が世界中から集まり、バックグラウンドに関係なくそれぞれが個のパフォーマンスを最大化することで、組織としての力が最大化されていく。言語や文化の違いを乗り越え、質の高い議論と意思決定、その先にあるアウトカムの最大化を繰り返していくことでミッション達成に向かっていく。これはメルカリの大きな強みですし、組織としても非常にユニークな点だと思っています。
異言語間やりとりへのAI活用が発展していくなかで人に求められる「仲介する力」
ーーAIやLLM(大規模言語モデル)の進化により、異言語間のやりとりのハードルは下がっていると思います。それでもなお、「ガイドライン」という形で人の行動を推奨する必要があったのはなぜでしょうか。メルカリ流のプラクティスを教えてください。
@Sherry:これまでは「インクルーシブにミーティングをやりましょう」と言っても、具体的なアクションや基準は定義されていませんでした。そのため、個人の意識や判断に委ねられ、全社的に一定の質を担保するのが難しかったのです。今回の「インクルーシブミーティング・ガイドライン」は、会議のインクルーシブさを担保するための共通スタンダードです。
@Eri:まずはこの「スタンダード」を定めることが今回の大きな目的でした。また、ガイドライン策定でこだわったのは、単なるベストプラクティスの提示で終わるのではなく、一人ひとりの「気づき」につながり、全員が自分ごと化して議論の基盤を整えられる組織にすることです。ツールキットに「議論に置き去りにされる疑似体験」を入れたのもそのためです。
@Sherry:メルカリでは、全員が言語的な不自由を感じているわけではないんです。日英バイリンガルの方や、普段の会議が自分の得意な言語で開催されているという方もいます。そういった方にこそ、誰にとっても参加しやすい会議にするための協力をしていただきたいのですが、そういった方には得意でない言語で議論に参加するとどういったペインポイントがあるのかが想像しにくい部分があります。なので、ガイドラインと共に「ツールキット」動画も用意しました。疑似体験動画を通じて、分からない言語で開催されている会議の参加者としてどういった大変さや課題があるのか、全員が参加しやすい環境を作る重要さを自ら体験して理解してもらう。そこから、自分のチームのメンバーや状況に応じて、会議をどうインクルーシブにしていくべきか、ガイドラインや動画を活用して、議論する「きっかけ」を作りたいと考えました。

@Maz:これまでの多言語でのミーティング運営は、一部の人による工夫やサポートに頼っていた部分がありましたが、私たちが大事にする考え方をしっかり言語化する必要がありました。コミュニケーションを複雑にさせる要素はいろいろありますが、AI-Nativeな組織になることで、仕事の進め方や人の行動が大きく変わっていくことも、その要素の一つだと考えています。こうした環境において私たちはどう行動を変えていくべきか、その指針としてのガイドラインの意義は非常に大きいです。
@Sherry:技術の進化は非常に早いですし、チームによってベストな方法も異なります。だから今回のガイドラインは、具体的な指示で縛るのではなく、あらゆる会議に応用できる「ポイント」を提示しています。皆さんが自分のチームやシチュエーションの中で、自らベストプラクティスを探して見つけてもらうような作りにしています。
@Eri:また、これまでのGOTの取り組みの中からお話しすると、過去の「議論の置き去り」を解消するため、同時通訳専用ツールの導入や、AIハッカソンから生まれた自動翻訳機能の開発といったインクルーシブな環境づくりを積極的に進めてきました。今はGOTメンバーが実装したバイリンガルの議事録ツールやドキュメント翻訳ツールが社内で広く活用されています。
さらに、全社でAI活用が進む中、どのようなテキストをAIによる機械翻訳にまかせ、反対に何を人の翻訳者が担当すべきかという「翻訳ポリシー」も定めました。GOTに依頼する翻訳と、各メンバーがAIを活用して効率化できる領域を整理し、最適な選択肢を持てる状態にしています。
@Sherry:今後は、技術の進化と共にその定義の見直しはもちろん、AIで翻訳をする場合に活用できる、より精度の高い翻訳を引き出すためのプロンプトやナレッジも、継続的にアップデートしていきたいと思っております。
メルカリの土台である「やさしいコミュニケーション」とAIの共存
ーーメルカリが大切にしている「やさしいコミュニケーション」についても改めて詳しく伺いたいです。
@Maz:皆さんもよくご存知の通り、英語も日本語もどんなに努力しても習得には時間がかかりますが、私たちのビジネスのスピードを考えると、誰もが完璧にやりとりができるようになるまで待つことは現実的ではありません。こうした環境で、学習者だけに努力を求めるというのではなく、母語話者も、相手が理解しやすいように話し方を調整することが求められます。これを私たちは 「Meeting Halfway(歩み寄り)」 と呼んでいます。Meeting Halfwayとは、例えば自分が英語での議論中に限界を感じたら「やさしい日本語」で補足し、周囲がそれを英語にするサポートをしたり、英語が得意な人は、どんなレベルの人でもわかる言葉を選んで説明したりといった行動を意味します。自分が持っているあらゆるスキルを総動員してコミュニケーションを成立させる責任は、伝える側と受け取る側の双方にあるという考え方です。

ーーAIがあれば、その「歩み寄り」は不要になるのでしょうか?
@Maz:むしろ正反対だと思っています。AIが全てを解決してくれるとは全く思っていません。むしろ「やさしいコミュニケーション」の重要性はますます高まると考えています。たしかにAIのおかげで異言語間のやりとりはしやすくなりますが、AIが通訳や翻訳をしてくれさえすれば、本当に分かり合えるでしょうか。
むしろこれまでうまくいかない原因を「言葉の違い」としていたことがなくなることで、コンテキスト(文脈)の違い、人それぞれの考え方や価値観の違いといった本質的な課題が可視化され「分かり合えないのは、言語だけの問題じゃなかったんだ!」と気づくことになります。そんなときこそ、話す内容の構造を整理した上で、誰もが理解しやすい言葉で伝える「やさしいコミュニケーション」を意識していないと、AIは期待する通りには機能しません。AIが私たちのコミュニケーションに介入する世界観においても、人間が情報を整理し、コンテキストを明らかにしていくことはますます不可欠になると考えています。
@Eri:今回ガイドラインの中にあらためて「やさしいコミュニケーション」を反映し、全社に公開できたことはAI-Nativeへと向かっている今のメルカリだからこそ、自然な流れでしたし、大きな意味があると感じています。これからさらに必要となる大切なマインドセットです。

小さな配慮が組織を動かす。現場で起きているポジティブな変化
ーーガイドラインの公開や取り組みを通じて、現場ではどのような変化やフィードバックが生まれていますか?
@Eri:少しずつ目にみえる変化が生まれています。例えば、ミーティングの主催者が冒頭で「通訳が必要な方は先にセットしておいてね」と一言添える。あるいは、参加者が多いイベントのスライドに発表言語を事前に記載する。また、ファシリテーターが意図的に「間」をつくり、同時通訳の数秒の遅れを考慮した進行をしてくださることも。ひとつひとつは小さな配慮に思えるかもしれませんが、こうした積み重ねがインクルーシブな会議環境をつくります。
@Sherry:翻訳においても、会議中の議事録をAIでリアルタイム翻訳し、全員が同時に情報を追えるような工夫が定着し始めています。ガイドラインが浸透するにつれ、理想のインクルーシブな会議が「当たり前」の文化として根付いていくことを期待しています。
@Maz:やさしいコミュニケーションのトレーニングを受けたメンバーからは、「英語の発言中に言葉に詰まった際、周囲から『日本語でも大丈夫ですよ』と声をかけてもらえたことで安心して意見が言えた」という話を聞きます。心理的なハードルを下げる意図的な声かけは、議論を活性化させる大事なアクションです。また、自分自身の発言を俯瞰し、「今の日本語は分かりにくかったかもしれない」と自ら気づいて工夫するような変化も聞こえてきます。

ーー今回公開したガイドラインで、今後アップデート予定の内容はありますか?
@Eri:GOTでは「AIによる会議通訳」のPoC(概念実証)も実施してきました。人の通訳に加えて、AI通訳という選択肢を増やすことで、事業スピードを落とすことなく、インクルーシブな環境を支えるサポートをよりスケールできるのではという仮説に基づく取り組みです。しかし、実際の議論の場でAI通訳がハルシネーションを起こしたり、コンテキストを取り違えたとき、人がどう能動的に仲介し、コミュニケーションを立て直していくのか。コミュニケーションにAIが介在する場面で、人がとるべき「仲介行動」を今後アップデートしていく必要があります。AIが入ったとしても、ハイコンテキストな会話のままでは議論の成立は難しい。「AIを使いこなしながら、人が議論や意思決定場面の最終責任をしっかり担える」ようにGOT/LETが一緒に言語化しているところです。

@Maz:具体的には「AI通訳を介したやり取りの中で、相手の理解との間に生じているズレに気づいて、その場で補足説明や言い換えを行うことで、正確な理解に調整する」といった、人間による能動的なアクションが重要になっていきます。これまで「人と人とのコミュニケーションへの仲介行動」については、言語教育の分野でも取り扱ってきましたが、さらにそこにAIがコミュニケーションに加わったときに「人はどんな仲介の役割を担うべきなのか」を定義しています。

ミッション達成に向けた未来
ーー最後に、今回の取り組みが浸透した先で、メルカリの意思決定や組織はどう進化していくのか、展望を聞かせてください。
@Eri:メルカリは今後さらにAI-Nativeな働き方へとシフトしていきます。領域の垣根を越えたメンバー同士のコラボレーションが加速する中で、インクルーシブな環境をつくることは決して他人事ではなく、全員がオーナーシップを持たなければなりません。この前提を組織として共有できてさえいれば、多言語コミュニケーションにかかるコストは確実に小さくなります。
@Maz:議論の質を高めることは、私たちが最も重視していることであり、会議の環境がインクルーシブであることは、そのための絶対条件です。「インクルージョンを重視すると、意思決定が遅くなるのではないか」というジレンマもありますが、私たちはAIも活用しながら、スピードを落とさずにインクルーシブな意思決定を目指す。それが私たちの理想の世界です。
@Sherry:メルカリはサービスを通じて、今までにないものを作ろうとしています。そのためには多様な視点が不可欠です。「あらゆる人の可能性を広げる」というミッションは、お客さまだけではなく、メルカリで働くメンバー自身の可能性を広げることでもあります。皆が自分の意見を出し合い、質の高い議論をした結果、世界中のあらゆる人の可能性を広げることにつながっていくのだと思います。
ーーGOT、LET、そしてI&Dが連携し、ここまで本気で「コミュニケーションのあり方」を専門的に追求している体制は、非常に稀有だと感じます。
@Eri:そうですね。言語やコミュニケーションについて、ここまで専門性の高いメンバーが集い、組織で本気で取り組もうとしているのは、他に類を見ないと自負しています。このチームによる推進体制をさらに強固にし、メルカリの成長を支えていきたいです。
撮影:タケシタ トモヒロ






